162話 視察
その後、視察という名のデートを続ける。
「マルス様、行きたいところはありますか?」
「うーん、あるけどデートっぽくないしなぁ」
「だ、だからデートじゃありませんわ! これは、れっきとしたお仕事ですの!」
「そ、そうだったね! それじゃあ……あそこに行ってみようかな? シルクは下水道に行ったことある?」
「もちろんですわ。私達の生活を支える重要なお仕事ですから。きちんと労働環境や整備を確認しないといけません」
「……シルクは良い子だね」
思わず、そっと頭を撫でてしまう。
相変わらずきめ細かで、素晴らしい感触であります。
「ふえっ? な、なんですの!?」
「ううん、何でもないよ。じゃあ、そっちに行ってみようか」
自分が好きになった女の子が、そんな当たり前のことを言える子で良かった。
何より、自分の価値観と同じ感覚がある……それが嬉しいよね。
そんなことを思った、マルス君でしたとさ。
まずは、はじめの頃に来た下水道に入る。
すると、とある変化に気づく。
「あら、臭いがしませんわ」
「うん、そうだね」
以前は、地下に続く扉に入った時点で臭い匂いがしていた。
でも、今はそんなこともない。
階段を降りていくと……上がってくるヨルさんと遭遇する。
「これはマルス様にシルク様! お疲れ様です!」
「あっ、ヨルさん、お疲れ様ー」
「お疲れ様ですわ」
「お二人共、どうしてここに?」
「久々に帰ってきたから、散歩ついでに視察をしてるって感じかな」
「なるほど、ご苦労様です。きっと、中の者も喜ぶでしょう」
「丁度良かった。あのさ、臭いが無くなってない?」
「ああ、そのことですか。では、付いてきてください」
「ごめんね、戻るところだったのに」
「いえいえ、構いませんよ」
ヨルさんのお言葉に甘えて、そのまま階段を下り……下水道の扉を開ける。
そこには以前と同じように、獣人達が作業をしていた。
ただ違うのは、匂いももちろんだけど……彼らの顔つきがまるで違う。
「マルス様! ありがとうございます!」
「おかげさまで、楽しく働けております!」
「こんにちはー! 気にせずに作業を続けてくださいねー!」
働いてる人に挨拶をしたら、邪魔をしないように端っこの方に寄る。
「うんうん、大分改善されてきたってことかな?」
「はい、マルス様に言われましたので。きちんと休憩を取ったり、休みの日を交代で作ったりしております」
「それなら良かった。やっぱり、ダラダラする日も大事だからね」
「マルス様は、もっと働いてください」
「えぇ〜やだぁ」
「もう! ダメですの!」
これは分が悪い! 急いで話をかえないと!
「そ、それで、臭いが消えたのはどうして?」
「簡単な話ですよ。あそこにある草木が原因です」
ヨルさんが指をさす方を見てみると、あちこちにツボに入った草木がいくつか並んでいる。
「あれは……」
「魔の森で、獣人の方が探してくれた物ですね。なんでも、匂いを吸いとる効果があるとか」
「……そういうことか!」
匂いを吸い取る草木ってことか!
前世にも、観葉植物にそういう効果があったはずだ。
「そういうものがあるんですの……勉強不足でしたわ」
「ええ、私もです。獣人の方の有用性が、また一つ発見されましたな。マルス様は、心当たりがあったみたいですが……」
「ま、まあ、知識だけはね。じゃあ、ますます仕事環境も改善されたね」
「ええ、その通りです。では、上に戻りましょうか」
その後、階段を上がり、ヨルさんと別れて畑のあるエリアに向かう。
「マルス様! シルク様! お疲れ様です!」
「こんにちは!」
次々と住民から挨拶が飛んでくる。
うんうん、活気があって良いね。
「こんにちはー。俺達には気にせずに仕事を続けてください」
「こんにちはですの。マルス様、みてください……出かける前と大分違いますわ」
「ふんふん、野菜も育ってきたね」
「ええ、これもマルス様の政策のおかげですわ」
「いやいや、そんなことないよ。これも、魔法使いの卵達が頑張ってくれたおかげだよ」
ここに来たばっかりの時に、まだ未熟な水魔法使い達に畑仕事を頼んだ。
彼らは快く引き受けてくれ、そのおかげで畑の成長速度が上がった。
その成果が、ようやく出てきたって感じかな。
「ただ、結局マルス様のようにはいきませんでしたわ」
「まあ、それは仕方ないかなぁ。どうやら、魔力量や質によって違うみたいだし」
結果から言うと、俺が水を注いだ畑は他の物よりも育ちも良いらしい。
他の人に色々とアドバイスはしたけど、俺みたいにはいかなかった。
「……ルリちゃんって、マルス様じゃなかったらどうだったのでしょう?」
「ん? どういう意味?」
「えっと……ドラゴンが生まれるには、予想では相当な魔力が必要とのこと。もしかしたら、ルリちゃんは死んでしまっていたのでしょうか?」
……なるほど、俺以外の人が拾ってたら生まれてないってことか。
そもそも、親から逸れてるか捨てられているわけだし。
「そうかもね。俺が拾ってなければ、生まれてないかも。多分、姉さんでも無理だったんじゃないかって。俺の魔力量は桁が違うらしいし」
「……そうですか」
「どうしたの?」
「いえ、何でもありませんの。ただ、お父様が言ってましたわ。偶然が重なりすぎると、それは最早必然だと」
「まあ、わかる気はする。つまり、シルクが言いたいのは……ルリが、俺の元に来たのは偶然じゃないって言いたいんだね?」
「はい、そうですわ。ただでさえ、あの辺りにドラゴンの卵があることがおかしいですし」
それは姉さんも言っていた。
そこまで深くは考えてなかったけど、何かしらの意図があるって可能性か。
それこそ、誰かが俺にドラゴンを預けるように。
だとしたら、それは誰だ?
……思いつく人物は一人だけいるけどね。
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