幕間~長兄の誤算~

 ……そうか、マルスは頑張っているのか。


 ライラからの返信を読み、俺の心が暖かくなる。


「国王陛下、顔がニヤついてますな?」


「仕方あるまい、マルスの奴が頑張っているのだ」


 結婚式の日取りが決まったことを、バーバラに手紙で送ったところ、数日後にライラから返事が来た。


 マルスは今、街道整備のために尽力していると。


 そして、それは上手くいっているとも。


「あのマルス様が……前も言いましたが、俄かには信じがたいことですな」


「まあ、正直なところ……俺もだ。それほど、マルスはダラけていたしな。だが、もう考える必要もあるまい。あと少しすれば、この目で確かめることが出来る」


「ええ、そうですな。ひとまず、国の内部も落ち着いてきましたし。国王陛下の統治も、上手くいっております。仮に神童として扱われても、基盤が揺らぐことはないでしょう」


 この間の件で、国の膿は大分吐き出した。

 ボルドー家の奴らも、勢いがなくなってきている。

 ここらで結婚式を挙げて、更に追い込みたいところだ。


「まあ、そのための結婚式でもあるしな。こちらの結束を固めるという意味でも」


「ええ、そうですな。無事に入籍すれば、アトラス侯爵家との繋がりが深まります。男子でも生まれたなら、それは次代を担う王太子ですから」


「おいおい、気が早いぞ。まだ、式も挙げていないというのに」


「いえ、早いに越したことはないかと。例の噂の件もございますから」


「……それか」


 どうやら最近、よくない噂が流れているらしい。

 マルスがバーバラにて反乱を企てているとか、王位を狙っていると。

 自分を辺境に追放した兄に、仕返しをしようとしてるとか。

 それこそ、獣人たちを懐柔して。

 あとは、成人を迎えるまではダメなフリをしていたと。

 終いには、セレナーデ王国と手を組んだとか。


「ええ。そして残念なことに、それを否定する材料がございません。なんというか、間違っていない部分もあるので……」


「……それだよなぁ」


 現にマルスはバーバラで人気だし、獣人を使って独自の文化を築いている。

 一流の魔法使いだし、元々は神童と呼ばれていた。

 何より、俺がマルスを追放したことは事実だし。

 マルスがダメなふりをしていたのも事実だ。


「ここで、怖いのは……ボルドー家の仕業なのかわからないとこですな。もしや、兄弟仲を引き裂く策略なのかと思いましたが。調べさせたところ、バーバラに行った商人達からも、噂されていたらしいです」


「なまじ、間違ってないからな。ただし、何かしらの動きはあるかもしれない。勢力が弱まったとはいえ、相手は三大侯爵家の一つボルドー家だ」


「ええ、注意は必要ですな」


「というか、色々と予想外すぎるんだよ……あのマルスが、ここまでやるとは誰も予想してなかった」


「それにつきますな。こちらの想像をはるかに超えてきましたので。こうなると、帰ってきた際にも何か……やめましょう」


「ああ、やめておこう。何やら、そんな気がしてならないが……」


 マルスよ……これ以上、兄の胃を痛くしないでくれよ?


「あとは、ロイス様のことです」


「俺のこと? ……何かしたか?」


 ルーカスが俺をロイス様と呼ぶ時は、大体がお説教の時だ。

 この時に限って言えば、立場は逆転する。


「そもそも、そう言われる原因は貴方のせいでもあります。貴方は責任感ゆえに、下の弟達に厳しすぎますから」


「ぐっ……し、しかし……」


「もちろん、気持ちはわかります。先代国王陛下から頼まれたこと、長兄としての役目を果たそうとしているのは。そして、御兄弟達も理解しているでしょう……マルス様はわからないですが。しかし、民にはそこまでのことはわかりません」


「……それはそうだな。きっと、下の弟達と仲が良くないと思われているな」


 俺はライルやマルスを叱ってばかりだったし、あんまり一緒にいる時間もなかった。

 ライルやマルスと違って、城下町に行くこともなかった。

 ゆえに、民は俺のことをよく知らない……二人のことは知っていても。

 忙しかったとはいえ、そこは反省すべきところだった。


「全く、私は言いましたよ? そういう嫌な役目は、私が引き受けると。どうせ、引退が近い身なのですから」


「いや、それはダメだ。その役目だけは譲れない。それが、俺の両親への誓いだから」


「相変わらず、頑固なお方ですな。まあ、今更言っても仕方ないですね。さて、ここからが本題です。マルス様と会っても、なるべく叱らないことです。ここは、仲の良さをアピールしましょう」


「なるほど、マルスと俺が悪い関係ではないと知らしめると。確かに、披露宴やパレードでは民も見ているしな」


「ええ、そういうことです。なるべく一緒にいてもらい、民や貴族達に仲の良さを見せれば良いかと」


「ふんふん、それはいい。合法的に、俺は可愛いマルスと一緒にいられるということだ」


「本当に、不器用な方ですな。では、そのように調整してまいります」


 ……マルスを叱らないようにか。


 よし、難しいが頑張ってみるとしよう。

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