153話 ひとときの別れ

 それからの一週間は大変だった。


 なにせ、我こそマルス君は、便利な雑用係……あれ? おかしいぞー?


 まあ、魔力も多いし、使える属性もみんなとは桁が違う。


 なので、俺がいるうちに出来る作業をひたすら行なっていた。


 土魔法でお風呂用に地面に穴を開けたり、火魔法で風呂を沸かしたり、風魔法でお風呂用の木材を切ったり、水魔法でお風呂に水を溜めたり……。


 ……あれ? 俺のしてることって、風呂関係が多くない?


 ……まあ、良いか。


 ある意味で、俺にしかできないことだし。


 ただ、心残りは……シルクに対して何もできてないってことだ。




 そして日が暮れて、ようやく最後の作業を終えた。


 天幕の中に戻り、柔らかなクッションの上に寝転がる。


 隣では、リンが見守っている。


「疲れたァァァ!」


「マルス様、お疲れ様です」


「リン、ありがとう。そして、俺はもうダメです。ここから一歩も動けないです」


「仕方のない人ですね」


「いや、もう無理だって〜」


 朝から晩まで、ずっと魔法を使って。


 ぶっちゃけ魔力は余裕あったけど、精神的にキツかった。


 俺はダラダラしたいのに!


「まあ、頑張ったのは事実ですし……では、膝枕でもしますか?」


「はい! お願いします!」


「はいはい、わかりましたよ」


「うむ、苦しゅうない」


 リンのムチっとした太ももに、いつものように頭を乗せる。


 うむ、極楽である。


「でも、これで良かったかと思います」


「そう? どの辺が? 俺、すっごい疲れるけど?」


「それは日頃の行いのせいです。とにかく、これで好感度も上がったかと」


「……ああ、そういうことね」


 確かに……結果的に、その疲れた感じが、色々と都合が良かったみたいだけど。


 みんなは、俺を化け物扱いしなかったし。


 逆に疲れながらの作業が、立派な人と映ったりしたらしい。


「……結果オーライってやつだね!」


「はいはい、そうですね」


 そのまま、しばらく休んでいると、天幕の中に誰かが入ってくる。


「おい、マルス」


「あっ、兄さん。どうしたの?」


「いや、俺だけが残る予定だったろ?」


「そうだね」


 一応、俺が領主であり、この事業の責任者だ。


 だから、本来なら離れてはいけない。


 だけど、ロイス兄さんの結婚式があるので、早めに領地に帰らないといけない。


 相談の結果……その代わりに、ライル兄さんが残ってくれるって話になった。


 何より、セシリアさんも残るっていうしね。


「それがよぉ……おっ、きたか」


「主人よ、失礼する」


「ボス、邪魔するぜ」


「マルス様、お休み中失礼いたします」


 レオとベア、そしてマックスさんが、天幕の中に入ってくる。


「どうしたの?」


「いや、俺達も残ろうかと思う」


「ああ、ベアと俺は残るぜ。あと、マックスもな」


「ええ、そうしようかと思っております」


「えっと……理由は聞いても良いかな?」


「ライルの兄貴だけじゃ心配だからな」


「おい?」


「まあ、そういうことだ。この男は、人はいいが口が悪い」


「こ、こら! 王族の方に向かって……だが、否定はできません」


「あのな、お前ら? 人の話聞いてるか?」


 ライル兄さんを無視して、三人が話を続ける。


 うんうん……呼び方といい、大部仲良くなってきたね。


 領地ではないここで、寝食を共にしたことが良かったのかも。


 獣人族、人族の王族、人族の平民……姿も育ちも違うけど、仲良くなれないことなんかないんだよね。


 きっと、お互いを理解して知る機会さえあれば。


 そして俺にできることは、その機会を与えることだね。


「とまあ、それもあるんすけど……やっぱり、獣人と人の溝は大きいっす」


「ああ。主人が頑張ってくれたが、長年積み重なったモノは一筋縄ではいかない」


「うん、そうだろうね」


「だから、王族であり人族であるライルさんでは、獣人達が反発する可能性がある」


「ライル様は王族ですし、言い辛いことも多いかと。なので、私が人族の受け皿になろうかと思います」


「んで、オレ達が獣人達の受け皿になるっすね。そうすれば、少しはマシになるかと。さすがに、リンの姉御を置いていくわけにもいかないっすね?」


「ええ、申し訳ないですが……私は、マルス様のそばを離れることはできません」


 すると、兄さんが前に出てくる。


「おい、お前ら……いい加減、人の話を聞けって」


「兄さん、三人をよろしくね。どうやら、意思は硬そうだから」


「……ちっ、仕方ねえ。マルス、三人を借りるぜ」


「うん、兄さんもお仕事よろしくね」


「おうよ。お前も、兄貴によろしくな。きっと、俺らが帰る頃には、お前は王都に行っているはずだからな」


「あっ……そうだね」


 ここでの作業は、最低でもあと一ヶ月はかかる。


 その間には、王都に行っているはずだ。


 つまり、三人とは一ヶ月以上は会えないってことだ。


「姉御、ボスを頼んます」


「うむ、主人は任せた」


「リン、マルスを頼むぜ? ……何も起きないとは限らないからな」


「はっ、私の命に代えても」


「えっ? どういうこと?」


「はぁ……これだから。リン、すまん」


「いえ、私がいますから」


「……俺の知らないところで会話が成立してるし」


「 少しは自分で考えろ」「少しは自分で考えてください」


「ど、当時に言わなくても……くすん」


 でも、そっか……しばらくは三人とはお別れか。


 やっぱり、少しさみしいね。

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