外伝~ラビ~

 ……うーん、わたしには何ができるのかなぁ?


 シロちゃんは、色々と頑張ってるみたい。


 でも、わたしには戦う術なんてないし……。


 でも、わたしだってお兄……御主人様の役に立ちたいもん。


 わたしに、温もりを教えてくれた人に。




 ◇


 あの日あの人に会うまで、わたしの生活は酷いものでした。


 ボロ雑巾のような格好で、いつもお腹を空かせていて……。


 ただ、訳もわからず生きていました。


 お母さんもいないし、お父さんもいない。


 同族の人たちはいたけど、身内という人はいなかった。


 でも、リンさんが来てくれた時から、家族ができました。





 ある日、前の御主人様のところで働いているときに、リンさんが訪ねてきました。


 なんと、わたしを雇いたいと言ったんです。


 なんの役にも立たないと言われてきたわたしを。


 力もないし、体も弱いし、頭も悪いし。


「ふ、ふぇ!? わ、わたしですか……?」


「ええ、貴女です。貴女は兎族の者ですね?」


「は、はい!」


「さっき、私が来る前に振り向きましたね?」


「ふえっ?」


「ここにいる獣人の中で、貴女が一番先に私に気づきました」


 確かに、知らない気配と音だったからすぐに気づいたけど……。


 でも、それはわたしが臆病だから。


 人族も怖いし、大きな獣人さんも怖い。


 だからいつも怖くて、ずっと震えている。


「そ、それがどうかしたんですか?」


「それは、我が主人にとって必要な能力です」


「その人が、わたしを雇いたいんですか?」


「ええ、人族ですが優しい方です」


 それは、この人を見てればわかる。


 わたしの耳は、人の嘘を多少は見抜ける。


 何より、臆病だから顔色を伺うことには慣れてるから。


 自慢じゃないけど……怒鳴られたことはあるけど、殴られたことはないもん。


「でも、わたし役に立たないし……力もないし戦えないし」


「大丈夫です。そういうことをさせません。貴女に求めることは音を聞き分けることと、日々の雑務くらいですので。とりあえず、会ってみませんか?」


「…………」


「そこではご飯もお腹いっぱいに食べられますし、綺麗な洋服も着れますよ」


「でも、わたしだけ……」


 ここには、わたしと同じような獣人達がいます。


 役に立たなくて、雑用しか任されない弱い獣人達が。


 わたしだけが、良い思いをして良いのかな?


「大丈夫です。私の主人が、彼らを救いますから」


「ほ、ほんとですか?」


「ええ……優しいのですね」


「そ、そんなことないです!」


「いえ、優しいです。私なんかより、よっぽど……きっと、マルス様と気が合いますね」


 そう言って、私の頭を撫でてくれました。


 嬉しかったけど……リンさんが、少し悲しそうな感じがしたのを覚えてます。




 安心したわたしは、その人に会うことにしました。


 マルス様と名乗るその人は、優しい瞳をしていました。


 一目見た瞬間から……ぁぁ、この人なら大丈夫と思えるほどに。


 私たちを見下すわけでもなく、ただただ普通の扱いをしてくれました。


 魔物が出る森に行くのは怖かったけど、わたしでも役に立てるんだって嬉しかった。


 ……御主人様のお手伝いに関しては、失敗ばかりだけど。





 でも、屋敷での日々はとっても楽しくて……。


 シロちゃんと遊んだり、毎日御主人様を起こしに行ったり。


「御主人様〜! 起きてください〜!」


「うーん……あと、三時間……」


「そ、そんなにたったらお昼ご飯になっちゃいますぅ〜!」


「じゃあ、それが朝ごはんってことで……ぐぅ」


「ね、寝ないでくださいよぉ〜! うぅー……」


「わ、わかったから! 泣かないで! 俺がリンに殺されちゃう!」


 そういって起き上がり、わたしの頭を撫でてくれます。


 実は……わたしにとって、一番の幸せな時間だったりします。


 この時間だけは、わたしが独占できるもん。


 あっ—といっても、リンさんやシルク様みたいな感じじゃなくて……。


 お、お兄ちゃんって感じがして……その人に構ってもらえて嬉しい。


「さて……仕方ないけど活動するとしますか。というか、お腹減ってきたな」


「わ、わたしもいきま——ひゃっ!?」


「おっと、危ない」


 転びそうになったわたしを、御主人様が受け止めてくれました。


「あ、ありがとうございます、おに……」


「おに? ……鬼ってこと? 俺ってば、そんなに厳しくしてないつもりだったけど……」


「そ、そうじゃなくて……!」


「まあ、良いや。ほら、行こう」


 ニコッと笑い、わたしの手を取ってくれます。


 ……本当は、御主人様じゃなくて、お兄ちゃんって呼びたいんです。





 ◇



 ……でも、呼べないもん。


 多分、みんなは許してくれる。


 でも……わたし自身が何も出来てないのに、そんな甘えることできない。


 せめて、自分に自信が持てるようになったら……。


 わたしも、シロちゃんみたいに頑張りたい。


 そう決めたわたしは、とある方の元に向かいます。


「あ、あの!」


「あら? どうしたの?」


 御主人のお姉さんであるライラ様です。


 御主人様をお兄ちゃんって呼びたいなら、この人を避けては通れない。


「わ、わたし、ごしゅ……マルスお兄ちゃんの役に立ちたいんです!」


「お兄ちゃん……?」


「ひぃ!? ご、ごめんなさい!」


「ふふ、冗談よ。王都なら問題だけど、ここなら良いわ」


「あ、ありがとうございます!」


「まあ、私に許可を求めたことは評価するわ。それで、役にとは?」


「わ、わたし、弱くて……シロちゃんみたいに強くはなれそうにもなくて……」


「なるほど」


「でも、足手まといにはなりたくなくて……そのためには、どうしたら良いかわからなくて」


「それで、私を訪ねてきたってわけね」


「は、はいっ! ご、ご教授願いしたいです!」


 この方は物凄く賢いって、御主人様が言ってた。


 それに、見かけと違って優しいって。


 でも……やるときは怖いって。


「礼儀作法や言葉遣いは、シルクに任せるとして……私はマルス達と違って甘くないわよ?

 貴女の働きがマルスの私生活および——マルスの安全に直結する以上は」


「が、頑張ります!」


「……いいわ、私が貴女の長所を伸ばしてあげる。その聴覚を生かしたやり方で」


「よ、よろしくお願いします!」


 わ、わたしも頑張る!


 友達とありライバルでもあるシロちゃんに負けないためにも!


 それで、自分に自信がもてたら……御主人様にお願いするんだ。


 マルスお兄ちゃんって呼んでいいですかって……。


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