146話 姉と妹

 その後、俺達が食べていると……。


 隣に、妹のマリアさんを連れたセシリアさんがやってくる。


 それを察したリンとシルクが、少し場所をずれる。


「マルス殿、隣座ってもいいかな?」


「ええ、もちろんですよ。適当な作りの椅子ですみませんが、マリアさんもよろしかったらどうぞ」


 すぐに隣に魔法で椅子を作り出す。


「いいえ、しっかりした作り……何て魔力量なのかしら」


「ふふ、私も驚いたものだ。見た目こそただ座るだけの椅子だが、適当な作りなどとんでもない。実際に使うとわかるぞ?」


「……ほんとですわ、グラグラしません」


 二人が並んで、俺の横に座る。


 その空気感は、少し和らいでいるような気がする。


「マルス殿、我々も少し頂いても?」


「ええ、もちろんです。リン、悪いけど」


 リンに頼もうとしたら、セシリアさんが手で制する。


「すまないが、私がやっても?」


「……わかりました」


 その顔を見た俺は、静観の構えを取ることに決めた。





 ◇



 ……いい空気感だな。


 マルス殿達を見ながら、そんなことを思う自分に驚く。


 自国にいた頃は、獣人と釜を共にするなど考えもしなかった。


 私とて差別をしているつもりはなかったが……結局はわかっていなかった。


 彼らが、我々と同じ生きている人だということを。


 もっと、しっかりと向き合うべきだった。


 その傲慢のツケが、今になって問題になっていることを。


 そして、私達の関係もそうだ。


 妹とは親も違ければ価値観も違うし、同じ王女なのに育ち方も違う。


 だから、理解し合えないと思い諦めてきた。


 何も行動を起こしてもいないのに、そうだろうと決めつけて。





 今が、その行動を起こす時なのかもしれない。


 私は勇気を出し、マルス殿達を眺めるマリアに話しかける。


「マリア」


「な、なんですの?」


「……良かったら、あっちで一緒に食べないか?」


 マルス殿達の方を指差して言うと……マリアが下を向く。


 ……これはダメか。


「いや、すまな」


「行きますわ」


 私の言葉を遮り、マリアが顔を上げて言った。


「……いいのか?」


「いいですの。私も気になりますから」


「そうか……」




 その後、マルス殿達の中に入り、マリアと隣同士になる。


 そして、マリアの分もよそい、並んで食べる。


 目の前では、相変わらずわちゃわちゃしながら皆が食事をしている。


「ほら、食べてごらん」


「……美味しいですわ。心が安らぐというか、身体がほぐれてくる気がしますの」


「ああ、そうだな。私も、いつもそう感じている」


 相変わらず、マルス殿の作る料理は美味しい。


 何より、これが両方の国の素材というのが良い。


 これならば、利害関係も一致しているから説得力がある。


 ……まあ、マルス殿がそこまで考えているかは謎だが。


 だが、一番の良いところはそこではない。


 こうして、共に食べるから美味しいのだということを知った。


「……こんな食事、初めてですわ。騒がしくて、でも穏やかで……」


「まあ、マリアはそうかもな」


 そうか、もう忘れてしまったか。


 無理もない、もう十年以上前の話だ。


「……いえ、嘘ですわ。小さい頃、お姉様が屋台で買ってくれたことがありました」


「……覚えているのか?」


「たった今、思い出しましたわ……どうして忘れていたのでしょう」


「お前は小さかったから無理もない。あの時は『マリアもお外行きたい!』って駄々をこねていたか。それを皆が反対する中、私が連れて行くといった気がする」


「それは……いえ、そうでしたわね。あの時、お姉様が外に行くのがずるいって思っていた気がしますの」


 まあ、そのことがきっかけで……マリアの母親には嫌われてしまったがな。


 おそらく、マリアも叱られたはず。


 思えば、それ以降から関係がおかしくなったのだろう。


「すまなかったな……私が連れて行くなどと言わなければ」


「いいえ! それは違いますの!」


「マリア?」


 マリアの方を見ると、真剣な表情で私を見つめている。


 こんな風に顔を近づけて話すのはいつ以来だろうと、こんな時なのに思う。


「わ、私は……あの時、嬉しかったですの。お姉様が、外に連れてってくれて……街を見て回って、美味しいご飯を食べて……」


「だが、そのせいでお前は……」


「……ほ、ほんとは、街に出たいとか関係なかったのですわ」


「なに? どういうことだ?」


「わ、私はただ……お姉様に構って欲しかっただけですの。だから、いつも街に行くお姉様に……ああ言えば連れてってくれるかなって……」


「マリア……」


「お姉様はいつも城にいなくて、妹もまだいなくて、私は一人ぼっちで……多分、寂しかったのです。でも、結局は私のせいでお姉様が叱られて……私もお母様に叱られて……だから、私はお姉様と関わってはいけないって……お姉様が怒られるのが嫌だったの」


「そうだったのか……」


 私は、なんと愚かな姉だろう。


 自分ばかりが我慢して辛いと思い込んで……。


「でも、今更どうして良いかわからなくて……お姉様には嫌われてると——お姉様?」


 私は、マリアを強く抱きしめる。


「馬鹿を言うな。私は、お前を嫌ったことなどない。生まれた頃から可愛い妹だ」


「……うぅ……お姉ちゃん……!」


「ふふ、懐かしい呼び名だな」


 小さい頃のように、マリアの頭を優しく撫でる。


 妹の涙を見るのは何年振りだろうか……。


 そして、自分が涙を流すのも……。







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