141話 セシリア視点
……ふむ、どうなるかな?
マルス殿が去った後、私とワーレン殿と妹だけが残る。
「……セシリア様、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、答えられることならな。ただし、マルス殿の不利益になるようなことは言えんが」
「お姉様? どういうことですの? ここには誰もいませんし、我が国の利益が一番なのではありませんこと? マルス殿の弱点とか、あっちの弱みとか……」
「マリア、それは……」
「ワーレン殿」
私は視線だけでワーレン殿を止める。
ここの夫婦間の仲を悪くすることは良くない。
私ならば、元から嫌われているので問題あるまい。
「ふむ……」
「マリア、それではだめだ」
「な、何がですの?」
「マルス殿……フリージア王国とは対等な取引を行うことが大事だ。そのためには、そのような手は使うべきではない。何より、私が向こうの国に行ってから……誰一人として、我が国の内情を聞いてくる者はいなかった。そのおかげで、私がどれだけ救われたか」
マルス殿を含め、彼らの周りには優しさがある。
いや、マルス殿がいるからこそといったところか。
マルス殿が、そのような空気を作っているような気がする。
お陰で私は、あの地で気まずい思いをせずに過ごせている。
「こ、こっそりやれば……」
「いや、おそらく気づかれる。あちらには優秀な女性陣がいるのでな。何より、我が国は……というより、お父様が一度マルス殿の不興を買っている。あれはお父様だから切り抜けたが、もう一度あれば……マルス殿が優しいとはいえ、限度はあるだろう」
「むぅ……わ、私の意見だから反対なのですわね!? お姉様はいつもそうですわ! 私ということに文句ばかり!」
そう言い、マリアが部屋から出て行く。
……はあ、嫌われたものだな。
やれやれ……どうしたら良かったのだろうか?
「セシリア様、申し訳ない」
「いや、お主のせいではあるまい。あの母親と、私たちの責任だ。妻とはいえ、元王族には言いづらいこともあるだろう」
マリアの母親は人を見下し、貴族至上主義的なところがある。
その影響を受けてしまったのだろう……昔は、良く懐いて可愛かったのだがな。
「いえ、私が言うべきでした。まだ結婚して日が浅いとはいえ」
「うむ、いずれはそうすべきだと思う。だが、夫婦間の仲が一番だ。後継も含め、この地は重要な場所だ」
「ええ、わかっております。して……マルス殿は、見たままの印象の方でよろしいでしょうか?」
「ああ、あの通りの方だ。甘い部分もあるが、優しく誠実な方だ。こちらが真っ当な取引をすれば、それを無下にはしないだろう。裏工作や駆け引きは逆効果になる」
「なるほど……フリージア王国そのものも?」
「いや、それはわからない。私とて、フリージア国王とは会っていない。ただ、王妹であるライラ殿、王弟であるライル殿が、マルス殿に全権を委ねると言っている。つまり、マルス殿の意思はフリージア国王の意思と思っていい」
「王族が、奴隷解放……いや、緩和に向けて動いていると? その利益を得ているトップにいる方々が?」
「それを承知の上らしい。そもそも、彼らの両親がそれを望んでいたと」
「国王陛下から聞いたことはありますが……本当でしたか」
「ああ、そして……我が国も変わって行かねばならないと思っている。このままでは、いずれはジリ貧になるのは目に見えている。幸い、マルス殿が海の主を倒してくれたお陰で、あと数年は余裕があるが」
「そうですな……人が住める場所は、どんどん狭くなっています。なのに、その狭い範囲でさえ人が満ちてない状況ですから」
海や魔の森、そして山々からくる魔物は凶悪だ。
いずれ、人類が侵食されるのも時間の問題だろう。
誰かかが、この流れを変えない限り……それはマルス殿かもしれない。
「さて、どうする? 先ほども言ったが、最終的な判断はお主に任せる。私から言えることは、マルス殿は怒らせない方がいいということくらいだな」
「……わかりました。では、朝までに考えをまとめておきます」
「わかった。では、私も部屋に戻るとしよう」
そして、私が立ち上がり去ろうとすると……。
「セシリア様」
「うん? どうかしたか?」
「少し、雰囲気が変わりましたな」
「そ、そうか?」
「ええ、失礼ながら……以前は、もっと硬かったかと。そして、人を寄せ付けない感じだったとも思います」
「ふむ……もしかしたら、マルス殿のお陰かもしれん。あの地での生活が、私という人間を変えたのかもしれないな」
「ほほう? それはマルス殿に好意を持っているということですか? 女性らしさも出てきましたし」
「国の重鎮として気になるのはわかるが……」
「これはすみませんでした」
「いや、いいさ。そういうアレではないな……だが、そういう人もいるかもしれない」
「ほほう?」
「も、もういいだろ……私は部屋に戻る!」
私が部屋を出て、玄関の方に向かうと……。
「セシリアさん!」
「ライル殿? どうかしたかな?」
「いやぁ……なんか、凄い勢いで妹さんが走って行ったんで……」
「これは済まない……少し言い争いになってな」
「そうっすか……まあ、喧嘩ぐらいしますよ」
「……そうなのか?」
私の目から見た彼らは、とっても仲良しに見える。
「そうっすよ。俺と姉貴なんか取っ組みあいの喧嘩とかしてましたし。マルスと兄貴は、そんなに仲良くはなかったですし。もちろん、歳をとった今は仲良いっすけど」
「そうか……私も、もっと喧嘩すれば良かったのかな?」
「今からでもいいんじゃないっすかね?」
「……なに?」
「マルスも今まで隠してたことで、俺や姉貴と言い合いになりましたし……みずくせえなって思ったり……でも、マルスにだってマルスの考えがあると思うんすよ。それと同じように、セシリアさんの考えはセシリアさんの考えが……妹さんには妹さんの考えがあるのかと……だから、一度腹を割って話してみたらいいんじゃないっすかね……すみません、うまく言えないっすけど」
「いや……ためになる話だったよ」
「それに……生きてるうちしか言いたいことは言えないっすから」
「……ああ、その通りだな」
「そ、それじゃ!」
私は、照れ臭そうにして去ろうとする彼に向かい……。
「ライル殿!」
「は、はい?」
「感謝する——貴方は良い男だな」
「あ、あざっす!」
耳まで真っ赤になった彼が去るのを見て……。
私の中に、感じたことのない気持ちが芽生えた気がする。
……ふふ、そんな自分も悪くないな。
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