129話 テンプレからの回想

 ……ひぃ〜!


 テンプレの嵐だよォォ!!!


 俺は、何故か……後ろからシルクを抱きしめるような形になっています。


 そして手を添える形で、野菜を切っております。


「こ、こうですの?」


「そ、そうだね」


 シルクには混ぜるとか、簡単なことをやらせようとしたのに……。

 やりますの!とか言い出したもんだから……こうなるよね!


「マ、マルス様?」


「う、うん? どうかした?」


「い、いえ……」


 ……はい! 照れ顔頂きましたァァァァ!

 ……落ち着け、俺……髪型を変えたくらいで動揺するな。

 調理するためか、何やらサイドテールにしているので……。

 うなじとか、ときおり感じる髪の香りとか気にしちゃダメだ!

 ……うわーん! 気になるよォォ! だって——男の子だもん!


「ぐぬぬっ……」


「ど、どうしたんですの?」


「だ、ダメだよ、振り向いちゃ。ほら、手元に集中して」


「は、はぃ」


 オノレェェ……オーレン殿の顔がチラつくよぉ〜!

 手を出したら殺すという……これ、どんな拷問なの?

 スローライフを送りたいが……手は出したい。

 手を出すためには……結婚するためには実績がいる。

 そのためには働かないといけない……あぁ——人生って難しいぃぃ!


「ふふ……」


「ん? どうかした?」


「いえ……マルス様に叱られるのって初めてで……少し新鮮でしたの」


「叱るって……ああ、さっきのね。まあ、基本的にシルクには叱られてばかりだったからね。昔は、よく追っかけられてたっけ」


 俺の脳裏に浮かぶ……まだ前世の記憶も蘇っていなかった日々が……。




 ◇



 ……シルクと出会って数年が経って、リンが俺たちにも慣れた頃……。


 リンがライル兄さんに稽古をしてもらってたり、ライラ姉さんに礼儀を学んだり、ロイス兄さんに政治について教えてもらっている中……。


 俺は相変わらず、だらだらした日々を過ごしていたっけ。





「マルス様ぁぁ〜! どこにいますの〜!? お勉強の時間ですわ!」


「げげっ、シルクだ……逃げないと」


 シルクは悪い子じゃないんだけど、すぐ怒るし厳しいからなぁ……。

 別に嫌いじゃないし、むしろ好き……まあ、そんな感じです。

 でも、一緒にいると……いつも困っちゃうんだよね。





 俺はこそこそと移動し、城の中を歩いていく。


 すると……ローブを着た魔女……もとい、宮廷魔導師見習いになったライラ姉さんがいた。


「あら、マルス」


「ね、姉さん」


「どうしたの? こんなところで」


「う、ううん! なんでもないよ!」


「マルス様〜!!」


 遠くから、シルクの声が聞こえてきた。

 ライラ姉さんにバレたら叱られる!

 姉さんはシルクには優しいし。


「あら……マルスゥゥ?」


「ヒィ!? ご、ごめんなさい!」


「……仕方ない子ね。あんまり逃げちゃ、シルクが可哀想よ?」


「わ、わかってるよ。でも……」


「まあ、貴方には貴方の気持ちがあるものね。でも、泣かしたら——わかってるね?」


「も、もちろん! 土下座します!」


「いや、泣かさない方向で考えて欲しいのだけど……」


「今……聞こえましたの!」


 げっ! 近づいてきてる!


「そ、それじゃ」


「フフ……ええ、怪我しないように」


 見逃してもらった俺は、移動を再開する。





 ふぅ……何とか逃げ切ったかな?


「おや? マルスか……」


「げっ! ロイス兄さんだ!」


「ほう……良い度胸だ。俺の顔を見てそんな口をきくとは」


「い、いやぁ〜本日はお日柄も良く……」


「曇っているが? ところで、何をしている?」


「ハハ……ごめんなさいぃぃ!!」


「こら! 廊下を走るんじゃない!」


「お説教は勘弁してぇぇ!!」


「こっちですの!」


「ギャァ! 気づかれた!」


 振り返ると、シルクが角を曲がってくるところだった。


「叫ぶなんて失礼ですの!」


「だってぇぇ——!!」


「おい! お前たち! ……ったく、仕方のないやつらだ」


 そんな兄さんの声を尻目に、俺は再び逃走する!






 その後、何とか逃げ切り……外に出る。


 すると、よく知った二人が向こうから歩いてくる。


「おい、マルス」


「マルス様?」


「あっ、ライル兄さん、訓練終わったの?」


「ああ、たった今な」


「そっか、リンもお疲れ」


「いえ、これも私の願いのためですから」


 リンは、俺のために立派な従者になろうとしている。

 ……それに対して、俺はダメだなぁ。

 どうしても、やる気が起きない……どうしてだろう?

 こんなに恵まれているのに……何が不満なのかな?


「お前こそ、珍しく息が上がってんじゃねえか。どうした?」


「いやぁ〜実は……」


「マルス様〜!!」


 後方から、シルクの声が聞こえてきた。


「……というわけです」


「ははっ! 相変わらずだな! 良いじゃねえか、あんなにいい子はいないぜ?」


「そうですよ、マルス様。あの方を逃したら、マルス様にお相手ができるかどうか……」


「わ、わかってるよ……そんなこと、俺が誰よりも」


 でも、俺にはその資格がない。

 何がやりたいかもわからず、ただだらだらしてる俺には……。






 ◇




「も、もう! マルス様が逃げるからですわ!」


「ご、ごめんなさい」


「……もう逃げないでくださいね。あれ、結構傷つきましたの」


「うん、わかった。大丈夫、もう逃げないから。というより——逃がさないが正解かな?」


「……ふえっ?」


 振り向いて、ポカンとしているシルクを見て思う。


 みんなの言う通り、こんな子滅多にいないよね。


 大事にしたいと思う、今日この頃です。




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