125話 レオ視点
……強い人だ。
隣にいるシルクさんを見て、そう思う。
オレは初期の頃から、護衛や見回りに付き合ってきたからわかる。
◇
あれは、まだオレが彼女と出会って間もない頃……。
護衛を頼まれたオレは、彼女が街を見たいというので付き合うことになった。
「レオさん、お願いしますわ」
「は、はい」
当時のオレは、ボスの想い人だと思い緊張していた。
貴族……それも、侯爵家令嬢ということもある。
それ以上に、彼女から嫌われることで、ボスから嫌われることを恐れていた。
彼女の一言で、オレなんかは容易くどうにでもなるからだ。
「もっと気を楽してくださいね」
「う、うす」
「ふふ、行きましょう」
行く先々で挨拶をし、畑に行っては……。
「こんにちは。今日は、お野菜は採れましたか?」
「は、はい!」
「いつもありがとうございます。私も美味しく頂いておりますの」
「こ、侯爵家の方が……はい! これからも頑張ります!」
「あら、擦り傷が……手を出してもらっても?」
「えっ? は、はい」
「かの者に癒しを——これで平気ですか?」
「お、お代が……」
「そんなのはいりませんわ。その代わり、マルス様に協力してくださると嬉しいです」
「も、もちろんでございます!」
なんと……話には聞いていたが、市民に無償で……。
それに威張った様子もなく、ごく自然に対応している。
ボス以外にも、こんな貴族がいるのか……。
街の人たちに挨拶されれば……。
「こんにちは! お姉さんは、領主様の彼女なの!?」
「こ、こら! す、すみません!」
「ふふ、良いんですよ。そ、そうなれれば良いですわ」
子供の不躾な質問にも、笑顔で答えていた。
なるほど……ボスが選ぶ女性だけのことはあるな。
獣人たちが近くを通ると……。
「こんにちは」
「お、俺に言ったのか?」
「ええ、そうですよ」
「……こんにちは」
「ふふ、ありがとうございますわ」
そんな風に、獣人にも接する姿は眩しく見えた。
これは本性なのか? オレに気に入られようとしているのか?
ボスから好かれるために……わからん。
そして、ひと気のない通りで……。
壁際に、彼女を追い込む。
しかし、彼女は真っ直ぐにオレを見つめるだけだった。
「こ、怖くないのか?」
「……マルス様を信じてますもの。あの方が、貴方を信頼してるなら——私が信じなくてどうするのですか」
「……まいったぜ」
「それに、怖いのは貴方でしょう?」
「な、なに?」
「人を恐れている目をしてますわ」
「……ははっ! 参ったぜ! ……悪かった……いや、すみませんでした」
「いえ、お気になさらずに。じゃあ、これからもよろしくお願いしますわ」
「……叶わんぜ」
怖くないわけがないのに。
前を歩くその体は……誤魔化しているが、小刻みに震えていた。
しかし、結局……シルクさんはその出来事を誰にも言っていない。
なるほど……強く優しい方だと思った。
◇
それまで、強さとは力だと思っていた。
しかし、それだけではないことを知った。
それを、戦うことのできないシルクさんが教えてくれた気がする。
「俺達も動いた方が良いのではないか? やつは中々手強いぞ?」
「いや、ベア」
オレが何か言おうとすると、シルクさんがオレたちの手に触れる。
「大丈夫ですわ。ライル様の強さは知ってますでしょう?」
「ああ、それはそうだが……いや、わかった」
「うす」
オレとベアは、顔を見合わせて黙って頷く。
何故なら……オレたちを握るシルクさんの手が震えていたからだ。
戦えないのに、ここにいることが怖い事もあるだろう。
でも、王家を見守るという責任を持ってここまでついてきた。
さらに、ボス達のことが心配な事もある。
でも……こうして勇気を出して、目をそらさずに戦いを見ている。
……オレには、それが『強い』と思った。
力の強さではなく、心の強さといえばいいのか……。
付き合いの浅いのに、獣人であるオレたちに身を預ける事。
ボス達を信じて待つ事。
それが、とても美しいものに見えた。
「あっ——マルス様が!」
「むっ! 前に出たぞ!?」
ボスが前に出て、魔法を受け止めた!
しかし、なんとか上へと押し上げた。
「だ、大丈夫だったみたいっすね」
「ほっ……良かったですわ」
「だが、ところどころから血が出ているな」
シルクさんの手に力が入る。
きっと、今すぐにでも治療に行きたいのだろう。
「……平気ですわ。私は、マルス様を信じてますから——もう、二度と間違いません」
「……クク……レオ、主人は幸せ者だな」
「ああ、すこし羨ましくなるぜ。こんな良い女に惚れられてるんだからな」
「ふえっ!? な、何を言ってますの!?」
「大丈夫だ、主人は負けん」
「そして、貴女の身はオレたちが必ずお守りしますぜ」
「そういうことだ。あんたは、安心して見ているといい」
「……お二人とも、感謝いたしますわ」
その後オレたちは、戦いを見守り続け……。
ボスの魔法と、ライルさんの攻撃によって敵が地に伏せた。
「ふっ、流石は主人殿だ。そして、我々二人掛かりでも勝てない男だ」
「全くだぜ。やれやれ、とても人族を馬鹿にできないぜ」
「マルス様〜!!」
オレたちから手を離し、シルクさんが駆け出していく。
その姿を見て……何やら痛みを感じる。
「どうした? 苦しそうな顔をして……」
「い、いや、そんなことは……」
「……まさか、お前……」
「……へっ、情けねえぜ」
どうやら、オレは……シルクさんに惹かれていたらしい。
そのことに、今更ながらに気づいたということか。
「……まあ、無理もない。相手が主人じゃなければ、俺が口説いていたところだ」
「おまっ!?」
「我々と対等に接してくれる人族の女性は少ないからな。なにせ、俺たちは見た目が怖いらしい」
「へっ、それは言えてるな」
「ほら、行くぞ」
「おう」
そして、歩き出すオレの肩に手を置いて……。
「今夜は、酒でも飲むか。無論、主人のおごりでな」
「へっ、そいつは良い」
まあ、二人とも大好きな人だ。
しかし、まだまだ幼い部分が多い。
オレが二人とも、守ってやるとしますか。
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