121話 ライル兄さん

 夕食は質素だけど、それなりに美味しい食事だった。


 肉は少ないけど、野菜たっぷりのスープや……。


 フランスパンのような、カリカリ食感のパンも美味しかったし。


 本当なら、もっと食材を持って来たかったけど。


 ……やっぱり、保存食が必要だね。


 手軽なのはベーコンだよなぁ。


 アイテムボックスが存在しないから、食材の長持ちが一番の課題だ。







 その後、ライル兄さんとマックスさんと一緒に話を聞く。


 ちなみに他のみんなは、俺が用意した即席お風呂に入っている。


 トラストさんは、俺たち二人に話があるらしい。


「トラストさん、ご馳走さまでした」


「すみません、大した食事も出せず……」


「いえいえ、十分美味しかったですよ。何か、足りないものはありますか?」


「えっ? い、いえ……」


「トラスト殿、マルス様は無下にはしない方です」


「マックス殿……食料が足りてません」


「まあ、そうですよね。バーバラに買い出しとかは来ないのですか?」


「その……噂では聞いていたのですが、何分出かけるだけで精一杯なのです」


 ……ああ、そういうことか。そもそも、バーバラに行くことが大変ってことだ。

 食料がなく体力が減ってるし、その分戦える人も少ないだろうし。

 お金だけはあっても、物が買えないんじゃ意味がない。

 やっぱり、街道の整備が必要ってことだね。


「なるほど、わかりました。なるべく早く、整備が進むようにします」


「……本当ですか?」


「へっ?」


 視線を向けると……なんとも言えない表情をしていた。


「この地は、長い間見捨てられてきました。自分のことしか考えない貴族や、中央に知り合いがいる貴族は我先にと逃げ出しました。残されたのは元々力のない貴族や、住民を見捨てられずに残った貴族。移動に耐えられなかった獣人や人族です」


「……それは」


「先王陛下が一度変えようとなさってくださいましたが……それも、結局は……も、申し訳ありません」


「いや、気にすることはない。俺の父上と母上が成そうとして失敗したのは事実だ」


「そうですよ。大丈夫ですよ、ロイス兄さんはきちんと考えてるはずですから……ねっ?」


「ああ、兄貴は二人の後を継ぐと言っていた。そのために、こいつを送り込んだ」


 ……はい? 初耳なんですけど?

 ただ、流石に空気的に黙っておこうと思う。

 マルス君は、空気を読むを覚えた!


「な、なるほど……」


「しかし、この近くには森があったと記憶してるが? そこから食料は取れないのか?」


「以前は、そういうことも可能だったのですが……数年前から、凶暴な魔獣が居着いてまして……」


「ほう? どんなやつだ?」


「……黒い魔獣です。とてつもなく大きく、この辺りの森の主です。オークやゴブリン程度なら、相手にならないと報告があります」


「へぇ? それはいいですね」


「マルス、いい土産になりそうだな?」


「はい、ライル兄さん」


「ま、まさか……?」


「ふふふ……お任せください! チャチャっと倒してきますから!」


「ああ、退屈しなくてすみそうだ」


「あ、ありがとうございます!」


 まあ、丁度良いタイミングだ。

 そんだけデカければ、この街で食べれそうだし。

 その他の食材も、手に入るし。





 その後、兄弟水入らずで風呂に入りに行く。


「そう言えば、ライル兄さんも行くの?」


「当たり前だろ。こんな楽しそうなことを見逃せるか」


 うーん……どうしよう?

 確かに、兄さんは強いけど……何かあったら、俺が大変だ。

 間違っても——王太子になんかなりたくないもん!


「えぇ〜残ってよ。ライル兄さんに何かあったら、ロイス兄さんに怒られちゃうし」


「平気だろ。もう結婚式もあげるっていうしな。何より、お前がいるし」


「だから、それが嫌なの」


「ははっ! 言うと思ったぜ!」


 俺が言い返そうと、ライル兄さんを見ると……。

 その言動と違い、その表情は……なんだが、寂しそうに見えた。


「ライル兄さん?」


「マルス……悪いが、今回は許してくれ。王都からきた側近は、バーバラにおいてきた。口煩い姉貴やバランもいない……俺が自由にできる……こんな機会は滅多にない」


「……兄さん」


 ライル兄さんは本人の気質とは裏腹に、自由とは程遠い生活だった。

 死んだ両親は連続で男の子が生まれたこと、跡目争いにしないために側室は取らなかったらしい。もちろん、二人が仲睦まじいかったことも理由だと思う。

 でも、そのせいでライル兄さんは……王太子として、スペアとして生きるしかなかった。

 そして、それはもちろん……穀潰しと言われた俺にも責任はある。

 でも、兄さんがそのことで……俺を責めたことなど一度たりともない。


「おっと、お前が気にやむことはないぜ? これは次男の宿命みたいなものだ。しかしだ……兄貴が結婚して子供が生まれれば、一度国に帰る必要があるだろう。色々な理由はあるが、男が生まれるとは限らないからな」


「そうかもね……どちらにしろ、一度は帰らないとね」


「その前に……まあ、その、なんだ……可愛い弟と遊びてえじゃねえか。お前、強いことを俺に隠してたんだ。全く、もっと早く知ってれば……遊んだのによ」


「そ、それは……」


「お前にも色々な考えがあるんだろう? なら、それはそれでいい。ただ……今回は大目に見てくれよな?」


「……わかったよ、ライル兄さん。よし! そうと決まったらこき使うからね!」


「おうよっ! 任せとけ!」


 すると、兄さんは……いつものように『ニカッ』と笑う。


 俺は昔から……その顔が凄く好きだったことを思い出した。

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