115話 今更
その後もお茶をしていると……。
「マルス様」
「ん? リン? どうしたの?」
外で稽古中だったリンが、部屋のドアから顔を覗かせている。
「いえ、お話は終わりましたか?」
「えっと……話し合いは終わったけど、姉さんとお茶してるよ」
「へっ?」
「マルス、行って良いわよ」
「あっ——申し訳ありません! ライラ様、お気遣いなく……」
なるほど……ドアから顔を覗かせた位置的に、姉さんが見えなかったのか。
「気にしなくて良いわよ。マルス、行ってあげなさい。私は充分楽しんだから」
「わかりました。また、いつでもお茶に付き合うからね」
「ふふ、約束よ……あと、さっきのことだけど……」
姉さんが、俺の耳元で……。
「五歳差なんて関係ないって言ったら……貴方とリンが付き合ってもおかしくないってことだからね?」
「………へっ?」
「ほら、行きなさい。後の話し合いは、こっちでまとめておくわ」
そう言い、俺の背中を軽く押す。
俺は放心しつつも、リンに近づいていき……。
「マルス様、すみません」
「い、いや、良いよ」
よくわからないけど、リンの顔がうまく見れない……。
リンと俺が付き合ってもおかしくない? いや、おかしいでしょ。
いや、おかしくないのか……前世の俺からしたら。
「マルス様?」
「うわっ!?」
「ど、どうしたのです?」
「い、いきなり覗かないでよ!」
「え、えっと……」
……今更、なにを動揺している?
待て待て……マルスとして生きてきた俺は、リンをそういう対象としてみてこなかった。
奴隷と王族だし、無理矢理は嫌だし……歳が離れていたから。
しかし、前世の記憶が蘇った今……それらの感覚はない。
そっかぁ……今なら、リンと付き合ってもおかしくないのか。
なんだが……変な感じがするね。
◇
その後、リンと庭に行くと……。
ベアが俺の前に跪く。
「ちょっ!?」
「主人よ、すまなかった。リン殿やレオとの稽古で感は戻った。今日より戦線に復帰する」
「わかったから! 普通でいいよ〜」
「クク、すまない。主人が嫌いなのは知っているが、俺が我慢出来なかったのだ」
「まあ……なら仕方ないけど」
意外と義理堅いというか……まあ、人間嫌いが治ってきた証拠かな。
「うん? それで呼んだの?」
「それもありますが、今日の予定をどうしますか?」
「なるほど……流石に今日は森に入るのはやめた方がいいかな」
「では、今日は何をするので?」
……うん、そうしよう。
「うーん……だ」
「それはダメです」
「……まだ早くない?」
「マルス様の、『だ』から続く言葉は『ら』しかありませんから」
「……ご名答、名探偵リンさん」
「誰にでもわかりますよ」
でもなぁ……こう陽気がいいと、ついお昼寝とかしたくなっちゃうよね!
「キュイー!」
「ルリ? どうしたの?」
外で遊んでいたルリが、俺の周りをパタパタと飛んでみせた。
そして、その目はなにかを訴えているかのように見える……。
「キュイキュイ!」
「わわっ!? 転ぶって! ルリ! いけない!」
「キュイ〜……」
うーん……どうしたんだろ?
引っ張られるから叱ったけど……誰かを怪我させたら大変だからね。
しっかり躾はしないといけないし……甘やかすこととは別だから。
「お腹減った?」
ブンブンと首を横に振る……違うか。
「遊びたい?」
少し考えて……また横に振る……ちょっと可愛い。
「……わからん」
すると……。
「マルス様!」
「ヨルさん?」
屋敷の外から、ヨルさんが駆け寄ってくる。
「どしたの?」
「す、すみません。少し問題が起きまして……」
「ふんふん、俺で解決できる?」
ここでもありませんって言われたら……泣いちゃう。
「はい! もちろんです!」
「ほっ……良かった」
「へっ?」
「いや、何でもないよ。それで、どうしたの?」
「実は……」
要約すると……街道沿いの村々や貴族の屋敷に顔見せをして欲しいということだった。
これから街道整備を行うに当たって、理解を得るためってことだ。
一応、俺がこの一帯の領主だしね。
「わかった。じゃあ、そうするよ」
「す、すみません、お手を煩わせて……」
「気にしないでいいですよ」
「……リン、それは俺のセリフだよね?」
「何か問題ありますか?」
「ハイ、ナイデス」
その視線は鋭く、ダラダラさせませんと言っています。
いや、別にいいんですけどね?
ここで良いところ見せて、シルクに褒めてもらおうっと。
「はは……」
「じゃあ、すぐにでも行こうかな」
「助かりますっ! では、護衛の」
「ううん、いらないよ。今は森の開拓も大事だし。俺には、リンがいるから」
「マルス様……はい、私にお任せを」
あらら……尻尾がブンブン揺れてますね。
リンは、俺に頼られるのが好きらしい。
俺は人に頼るのが好き……win-winだねっ!
「そうですね……では、最低限の人数で行きましょう。マックスと、数人の護衛だけはつけさせて頂いてもよろしいですか? その方が、人族と獣人族の融和を図る上でよろしいかと思いますが……」
「なるほど……うん、その通りだね。ありがとう、ヨルさん」
「い、いえっ!」
最初、ヨルさんはリンのことも見下していた。
でも、この人は元々悪い人じゃない。
そういうものだと思い込んでいただけってことだ。
前の世界でも、こういう人って意外と多かった。
だから、知っていけば……少しずつ良くなると思うんだけどね。
「じゃあ、こっちからは……リン」
「はい、もちろんです」
「では、俺も行こう」
「……いいの? 人族多いよ? 多分……嫌な奴にも会うよ?」
良くなってきたとはいえ、ベアは人族は嫌いだ。
貴族と会わせるのはまずいかもしれない。
「わかってる。問題は起こさないと約束する。大丈夫だ、主人のような人がいることを知れたからな」
「そっか……わかった、連れて行くよ」
すると……それまで静かにしていたルリが、俺の服の端を引っ張る。
「どうしたの?」
「キュイ!」
「……ついてきたいのかな?」
「キュイキュイ!」
……森の方を見てる?
「もしかして……森に行きたい?」
「キュイ〜!」
「もしかしたら、戦いたいのでは? マルス様が、まだ子供だからと連れていかないので」
「なるほど……そういうことか」
「キュイー!」
ルリは、もう一メートルを超える。
少なくとも、赤ん坊ではない。
だから、外の世界を知りたいってことか。
「わかった。じゃあ、次は連れて行くよ」
「キュイ!」
「ただ、今日はいかないよ。あと、みんなの言うことを聞くこと……できる?」
「キュイ〜!」
「よし、なら良いよ」
すると……リンがクスクスと笑う。
なぜか、俺は……少しドキッとしてしまう。
「な、なに?」
「いえ……マルス様が言うセリフかと」
「へいへい、悪かったですよ」
「キュイ?」
俺はどうしていいかわからず、ルリを撫で回すのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます