外伝~ セシリア~

 ……不思議なお人だな。


 我が国、そして——マルスを眺め、そんなことを思う。


 獣人や平民と宴をしている姿は、王族の者とは思えない。


「セシリア、どうしたの? マルスを見つめて……まさか、マルスの方がタイプとか?」

「いや、そういうわけではない」

「なら良かったわ。流石にライルが可哀想だもの」

「ふふ、なんだかんだで弟想いなのだな?」

「……言わないでよ?」

「ああ、わかっているさ」


 確かに、からマルス殿の子種をもらってこいと密命は受けたが……。


 その気はないし……からは好きにしろと言われたしな。




 ◇



 ……あれは、父上に夜這いをしろと命を受けた翌日のことだった。


「セシリア……失敗したか」

「はい、父上。だから言ったでしょうに……そもそも、私は反対でした」

「ぐぬぬ……敵対することだけは避けねばなるまいか」

「はい、それだけは確かかと。かのオーレン殿の、娘の想い人でもありますから」


 かの英雄の強さと賢さは、父上が一番よくご存知のはすだ。

 敵には回したくないだろう。


「オーレン殿は怖いからな……あの才能と血筋は欲しいが、我慢せればならないか」

「神童と言われる容姿のことですね?」

「ああ、そうだ。マルス殿は、この世界を救ったと言われる聖女の血を引いている。その方は異世界から女神により召喚され、黒髪黒目という珍しい容姿をしていたと」

「ええ、そう聞いています」


 その話は、我が国にも伝わっている。

 フリージア王国は、聖女と結ばれた男が建国したそうだ。


「まあ、惜しいが……ひとまず、良しとしよう。マルス殿のおかげで、代々にわたり苦しんできた問題が解決したしな」

「はい。かの二体の魔物さえいなければ、今までよりは安全に漁が行えるでしょう」

「うむ、それだけでも十分だと思うが……惜しい」


 ……ほんと、懲りない父上だ。

 常に、何が国の利益になるかならないか考えている。

 だからこそ……王に選ばれたのだがな。


「では、どうするので?」

「うむ……お主を先遣隊として送り込もう。そして、あわよくば……マルス殿の子種をもらってこい。ただし、無理はするな。敵対だけはしないこと」

「はぁ……わかりましたよ」


 無駄だと思うが……そもそも、あれだって……私的には精一杯の色仕掛けだったのだ。

 あんなこと……もうできない。


「それに……お主を休ませる意味もある。お主には苦労をかけた。才能があったばかりに、男子がいない代わりとして、戦いを学ばせてしまった。そして王族の者として、兵の指揮官となってくれた」

「父上……」

「下の娘達には、お前が好き勝手に生きているように見えているだろう。しかし、お主が無理をしていることは知っている」


 確かに、下の妹達にはよく言われていた。

 お姉様はお稽古もしないし、自由に外を出歩いていると。

 なのに自分たちは嫌なお稽古をさせられ、自由に行動もできないと。


「確かに、戦うことが……男らしく振る舞うことが好きだったわけではないです」

「うむ、そうしないと舐められるからな。それに、戦いの稽古も辛いものだ。それに自由に出歩くのは危険を伴う。魔物と戦うし、野党などもいる。普通の王女として育てられた二人にはわかるまい」

「……人は、その者の立場にならないとわかりませんからね。無論、私もです。妹達の苦労はわかりませんから」


 仲が悪いわけではないが、あまりに育ってきた環境が違いすぎた。

 大人になって、妹達も私の立場を理解するようになったが……。

 それまでのしこりが残り、微妙な関係となってしまった。


「うむ……あぁー……いや……しかし……」

「父上? どうしたのです?」


 珍しい……いつもは、割とはっきり物を言うのだが。

 何か、重大な任務を与えられるのかもしれない……これは身を引き締めなくては。


「……これから言うのは国王としての言葉ではない」

「へっ?」

「セシリアよ、苦労をかけてばかりですまない。もしかしたら、結婚もしたかったかもしれん。しかし、様々な要素から叶わなかった。しかし、それでも……ただの父親としては、普通の幸せを掴んで欲しいと思っている」

「父上……」

「矛盾するようだが……それが本心なのだ。セシリア、この国ではお主の相手を探すのは難しい。故に……ここを出て、良い人がいれば好きにするが良い」


 そうか……父上は、それもあってマルス殿に夜這いをと……。


 ……私だって、そういうものに憧れがなかったわけじゃない。


 これから、少し考えてみるのも……悪くないかもしれん。







 ◇



 ふふ……まさか、マルス殿の兄君に求婚されるとは思ってもみなかったが。


 そして、同じ立場の友ができるとはな。


 本当に、ここに来て良かったと思う。


「ライル殿は、良い殿方だな」

「そ、そう? バカ丸出しだけど……むっつりだし」

「ふふ、確かに。だが、不思議と悪い気はしない」

「へぇ?」

「彼は真っ直ぐで嘘がないからな」


 いやらしい視線は嫌いだが、それとはまた種類が違う。


 私を屈服させようという感じではなく、普通の男性の視線ということかもしれない。


 一緒に歩いた時も、優しくエスコートしてくれた……。


 まさか、この私が……普通の女の子扱いされるとは。


 そして、それを喜んでいる自分がいる……。


 まだわからないが……もう少し、この居心地の良い空間を楽しむことにしよう。

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