112話 初めての共同作業?

 さて、俺しか知らないし……作っていきますか。


「わ、私もお手伝いしますわ」

「へっ? 良いけど……どうしたの?」


 侯爵令嬢であるシルクは、もちろんお料理なんかしない。

 良いとか悪いとかではなく、そういうものだからだ。

 だから、今までも厨房に入ってこなかったけど……。


「だって……良いお嫁さんとか言うんですもの……ゴニョゴニョ」

「ん? よく聞こえないけど……」

「聞こえなくて良いんです!」

「ええぇぇ!?」

「もう!」


 な、何故だ? どうして怒られたんだろう?

 リンといい、相変わらず女の子というやつは難解です……解せぬ。





 ひとまず、落ち着きを取り戻し……。


「じゃあ、手洗いうがいしてね」

「はい、マルス様の指導の一つですわね。最初聞いたときは、効果があるか懐疑的でしたけど……実際、具合の悪くなる人や、患者の数が減ってますわ」

「別に大したことじゃないよ」


 この世界では、そういう習慣がなかった。

 だから初めの頃に、俺が領主権限で徹底的にやらせることにしたんだ。

 みんな渋々って感じだったけど、今ではお礼を言われたりする。


「そんなことありませんわ」

「だって、俺の知識じゃないもん。古い書物で学んだことだしね。つまり、偉いのは昔の人ってことさ」

「ふふ、マルス様のそういうところ……素敵だと思いますわ」

「そ、そう? ほ、ほら! それにシルクのためになるしね!」


 貴重な回復魔法の使い手であるシルクは、無償で民達を癒している。

 優しいシルクは無理をしてでも、怪我人を癒すだろう。

 でも、それではシルクの身体が心配だし。


「……えへへ」

「あ、あのぅ?」


 何だか……距離が近いのですが?

 あれ? これは……良い雰囲気というやつでは?

 今ここにいるのは……俺とシルクの二人きりだ。


「シ、シルク——」

「マ、マルス様?」


 俺が意を決して、シルクを見つめると……。


「えっと……その……」

「師匠〜!! 持ってきましたよ!」

「わたしも気になりますぅ〜!」

「ひゃい!?」

「うわぁ!?」


 い、いつの間に!? いつからいたのっ!?


「はれ? 御主人とシルク様、そんなにびっくりしてどうしたのですかぁ?」

「もしかして……はわわっ! ごめんなさい! 僕たち帰りますんで!」

「ま、待って! 何でもないから! ねっ! シルク!」

「そ、そうですのことよっ! 何でもありまてんわっ!」


 シルクの顔は真っ赤になってるけど……それより、今の何?


「ありまてんわっって……あははっ!」

「むぅ……マルス様のせいですわ!」

「はは……ごめんごめん。とりあえず、作ろっか?」

「……そうですわね」


 ……もしかして、千載一遇のチャンスを逃した気がしないでもない。


 いや、オーレンさんに殺されずに済んだと思うことにしよう……。


 結婚前に手を出したなんて知られたら……ガクブル。






 その後、みんなが手洗いをしている間に……。


 俺はシロが持ってきたものを処理する。


 解凍して、よく洗って……。


「よし……これで良い。あとは、最後に火を通すだけだ」

「師匠! 何からやりますか!?」

「それじゃあ、まずはボールに粉と卵、そこに馬乳と水を加えます」

「ふんふん」


 シロが鼻息を荒くして、俺の手元を真剣に見つめている。

 シロには覚えてもらわないといけないからね。


「それで、これを混ぜます」

「わたしがやりましゅ!」

「ラビがやるの? ……じゃあ、お願いしようかな」

「はいっ!」


 俺の目を見て、しっかりと頷く。

 これだけでも、はじめの頃とはえらい違いだ。

 ……相変わらず、かみかみだけど。


「量が必要だから、シロも同じようにして作ってね」

「了解です!」

「シロちゃん! 勝負だよっ!」

「なにをぉ〜! 負けないよっ!」


 ラビとシロが、一生懸命になって混ぜる姿は……。


「……癒されるなぁ」

「ふふ、そうですわね。前は弱々しかったですけど、すっかり元気になりましたわ」

「そうだね。二人とも、人間を怖がっていたし。まあ、それぞれの師匠としては感慨深いものがあるかな?」


 俺はシロの料理の師匠、シルクはラビの師匠ってわけだ。

 それぞれ、自分の知識を授けている。


「ええ、その通りですわ。最近は、礼儀作法やお勉強も出来てきましたし……妹がいたら、こんな感じかなって」

「うんうん、その気持ちはわかるかも。俺もシルクも末っ子だもんね」

「ほんとに……」


 いつも、誰かに世話をされる立場だった。

 自分が世話する立場になって……色々とわかることもある。

 兄さんや姉さんの気持ちとか、その大変さの一部を……。


「さて、じゃあ……お兄さんお姉さんチームも頑張りますか」

「ええ、頑張りますわ」


 俺は卵黄のみをボールに分けて、まずは混ぜる。


この卵は生で食べられることは、シロが確認しているから安心だ。


ある程度したら、そこに油を入れ……。


「そしたら、酢を入れると」


 そう、セルリア王国で手に入れた酢があれば……アレが作れる。


ここで大事なのは、しっかり乳化させることだ。


「よし……シルク、俺が混ぜるから、残りの油を少しずつ流してくれる?」

「は、はい。す、少しずつってどうすれば……」

「大丈夫、きちんと声かけるから」

「で、では……」


 俺が混ぜ、シルクが油を入れていく……。


 ただ、それだけのことなんだけど……。


「……なんだが、楽しいですわ」

「同じこと思ったよ」

「ふふ……共同作業ですね?」

「そういうことだね」


 そして塩と胡椒を入れ……念願のモノが完成する。


「わぁ……トロッとしてて綺麗な色……」

「ふふふ、この魅力に取り憑かれたら逃れられないよ?」


 そう——マヨネーズですねっ!


 あとは、これに合わせるメインを作るだけだ。

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