~シルク視点~

 ……良かった、ご無事で。


 マルス様の胸の辺りに寄りかかり、その体温と鼓動を確かめます。


 生きてさえいれば、私の癒しの力で治して差し上げますが……。


 死んでしまったら……もう、どうにもなりませんから。


 私のお母様のように……。


「……あれ? マルス様? ……ふふ、可愛いですわ」

「スゥ……ムニ」


 何やら静かだと思ったら、マルス様は寝ているようです。


「あどけない表情がとても素敵ですわ……子供みたいな顔で」


 このサラサラな黒髪も、優しい黒い瞳も……。

 この世界では珍しいもので、嫌がる方もいますが……。


「私は……好きですわ」


 そういえば……お兄様にも言われましたわ。


『お前はマルス様が好きだなぁ』と……はぅぅ。


 その時に……マルス様について、お兄様に色々聞かれましたわね。






 ◇



 あれは、お兄様が来てから数日後のこと……。


 お兄様が、私の部屋を訪ねてまいりました。


「よっ、シルク」

「お兄様? お兄様といえど、軽々しくレディの部屋に入らないでください」

「おっと、悪い悪い」


 そう言いながらも、ずけずけと部屋に入ってきます。

 ほんと……相変わらず、デリカシーのないお兄様ですこと。


「それで、どうなさったのですか?」

「いや、可愛い妹の様子を見に来ただけさ」

「もう、相変わらずなんですから」


 いつもちゃらんぽらんで……そのくせ、有能だから始末におえない人です。

 堅物のお父様と違って、人の懐に入るのがとても上手な人ですし。


「よっこらせ……良い布団使ってんなぁ」

「ちょっ!? 殿方が未婚の女性の寝具に……!」

「なんだよ、マルス様だったら良いくせに」

「な、なっ——」


 ま、マルス様なら良い!?

 お、同じ布団に……それって、つまり……。


「そ、そんなこと……あぅぅ……」

「妹が女の顔してる……こりゃ、親父には見せらんねえな」

「う、うるさいですわ! そ、それで……本題はなんですの?」

「ほう? さすがは、我が妹だ」


 お兄様は……ごくたまに、真面目になります。

 ちょうど、今のような目をした時……。


「して妹よ——どうだ、マルス様は? あと、この地でお前は何をしてきた? 親父から確認するように言われている……ひいき目なしで答えろ」


 出ましたわね……主に領地で問題が起きると、この顔になります。

 もう、いつもこうでしたら……それはそれで寂しいかもしれませんね。


「そうですね……マルス様の魔法の腕は凄まじいです」


「そうだな。俺も、この目で確かめた。優秀な魔法剣士である俺から見ても……異常といって良いだろう」


「マルス様の魔法の凄いところは、貯める時間がないことですわ。想像した魔法が、すぐに発動してる感じです。何より、柔軟な発想をします。魔法は魔法……それ以上でも、それ以下でもないと思っておりますわ」


「なるほど……魔力や威力ではなく、そこに目をつけるか……流石だな。そう、強いだけの魔法使いなどたかが知れている。問題は、どう使いこなすかだからな」


「はい、そう思いますわ」


 マルス様はお風呂を作ったり、森林伐採にも魔法を使いますし……。

 魔法は選ばれし者が使えるのに、民のためにそれを惜しみなく使っていますわ。



 マルス様がしてきたことをお兄様にお伝えすると……。


「なるほど、民に優しい為政者か……」

「はい……少しエッチですけど、優しい方ですわ」

「それは仕方あるまい」

「も、もう! 即答しないでくださいませ!」


 お、男の人って……どうして、そうなんでしょう?

 胸ばかり見てくるし……マルス様だったら、別に嫌じゃ……。


「あぅぅ……」

「やれやれ……まあ、優しい……いや、甘い方だが……それは周りが補えば良いか。甘さは……やり過ぎると毒にもなる」

「はい、それを諌めるのが……私の役目かと」


 リンにとって、マルス様は絶対的な存在……。

 マルス様が決めたことには逆らわないでしょう。

 いざという時は、私が……マルス様に進言いたしますわ。

 たとえ……マルス様に冷たい女だと思われようとも。


「わかってるならいい。調整役が、ここでのお前の役目だな」

「ええ、そうですわ」

「そうかそうか……まあ、ひとまず良しとするか。あとは、ここで滞在して監査をするさ」


 そう言うと、口調と空気感が変わって……いつものお兄様に戻ります。


「にしても、お前は相変わらずマルス様が好きだな」

「ふえっ!?」

「マルス様を見る目が、完全に女だし……」

「あぅぅ……」


 そ、そうなのかしら?

 うぅ……恥ずかしぃ。


「まあ、親父には内緒にしといてやるから……夜這いでもすれば良いんじゃね?」


「な、なにをいいますの!?」


「ほら、リンとかいうライバルもいるわけだし。婚約者に戻りたいなら、既成事実を……」


「お・に・い・さ・ま?」


「い、いや! ほら! そうすれば、俺も領地を継がなくて済むし! マルス様が婿に入れば良いし!」


「む、婿に……マルス様が……」


「というか、最初はそういう話だったろ? そのために、俺は一度騎士団に入ったんだし」


「え、ええ……」


「マルス様が穀潰しと呼ばれるようになって、それは無くなったが……まあ、まずはお前が婚約者に戻ってからか」


 それだけ言い残し、部屋から出て行きました。


 マルス様と領地を継ぐ……昔は、そんな未来を夢見ていましたわ。




 ◇



 もちろん、今はそんなことは考えておりませんが……。


 こうして、マルス様と過ごせるなら……何処だって良いですわ。


 でも、一緒にいるためには……この地を栄えさせないといいけません。


 そのためには、まだまだやることがたくさんありますわね。


 この都市を立て直して、周辺の村々を整備して……。


 セルリア王国との流通も整えないといけません。


 それは……戦うことができない私の役目ですわ。


「……長い道のりですけど、平気ですわ」


 私はマルス様の顔を覗き込み……。


「もう、何年も待ってましたから」


 マルス様が、やる気を出すのを……。


 あと、数年くらい……なんてことないですわ。


「何より……ここでの日々は幸せですわ」


 ポカポカ陽気の中、私も目を閉じて……微睡みの中に……。


 マルス様と一緒にいられる幸せを感じながら……。

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