110話 リン、逃走する

 ……はて? なんで飛び出したんだろ?


「主人よ、頼むから追っかけてやってくれ」

「そうっすよ、ボス。今のはボスが悪いっす」

「そ、そうなの?」


 二人が、これでもかと頷いている。


「う、うん、わかった」


 言われた通り、リンを追いかけることにしたが……。







 リンが逃げ続けてます!


 ついには、今は人も建物もない元獣人地区に入っていく!


「待ってぇぇ〜!」

「ま、待ちません!」


 建物の外に出て、追っかけっこです!


「キュイー!」

「違うから! 遊んでるわけじゃないから!」


 何故か、ルリが並走してきた!

 どうやら、遊んでいると勘違いしたらしい。


「キュイ!」

「わぁ!? 服の端を引っ張らないで!」

「キュイ〜」


 ダメだっ! 力が強くなってきてふり払えない!

 例えるなら、大型犬に引っ張られてる感じだっ!


「見失っちゃうよ……うん? ——そうか!」

「キュイ?」

「ルリ、よく聞いて。捕まえるのは俺じゃない。逃げているのはリンだ……つまり、リンを捕まえるよ」

「キュイー!」


 よし、わかってくれたらしい。


 ふふふ……待ってろよ! リン!


 魔法の力を見せてやる!







 ◇


 ……どうして、私は逃げているのだろう?


 なんだか、よくわからない……。


 マルス様が、私を守ってくれとベアに頼んでいたのを聞いて……。


「身体が熱くなってきて……」


 どうしてだろう? 少し、喜んでいる自分がいる……。


「ショックを受けるならわかる……」


 もう、マルス様をお守りする必要がないから?……いや、違う。

 マルス様が、私を頼りないと思っているってこと……じゃないから?


「や、やっぱり……大事な子だって言われたから?」


 頼りにならない訳でもなく、必要でもなく……。


「ただの女の子として扱ってもらったから? ……はぅ」


 はっ!……ダメダメ! 私はカッコいい女性なんだ!

 マルス様がくれた『凛』という名に恥じないために!


「そ、それに……マルス様には、シルク様がいるもん……もんって何!?」


 ァァァ! もう! 昔の私は引っ込んでて!

 今の私は……泣き虫で弱虫だった頃の私じゃない!


「リン〜!!」

「マルス様!?」


 何故、マルス様の声が……マルス様の走りでは追いつけるわけがないのに。

 そう思い振り返った時……マルス様をのせ、猛スピードで飛ぶルリの姿があった。


「キュイ〜!」

「は、速い! くっ!」


 再び、走り出すが……中々差が開かない!

 おかしい……ルリはまだ、そこまで速くは飛べないはず。

 しかも、マルス様を乗せて……マルス様を乗せて?


「ルリ! もっと行くよ! 風に乗って!」

「キュイ〜!!」

「……そういうことですか」


 どうやら、マルス様の風の魔法で……推進力を上げているようですね。

 マルス様がルリの後方に風を放ち、スピードを上げていると。


「ふふふ……相変わらず、面白いことを考える方ですね」


 さっきの恥ずかしさは何処かに行き……。


「なんだか……楽しくなってきましたね」

「ちょっ!? 速いよぉぉ〜!」


 私はさらにスピードを上げ、マルス様に答えます。


「捕まえられるなら——捕まえてください!」

「言ったね! やったろうやないかい!」


 ……まさか、こんな日が来るなんて。


 いつも……私がマルス様を探し回ったり、追いかけたりしてましたね。


「ふふ……」

「何笑ってんのさ! 余裕なのも今だけだよ——土の壁よ!」

「なっ——!?」


 目の前に、突然土の壁が!?


「ですが——これしきのことっ!」

「えぇ〜!?」


 闘気をまとい、肩から体当たりをして……土の壁を破壊します!


「終わりですか?」

「むぅ……いいよ——手加減なしでいくよ!」

「望むところです!」


 その後次々と、私に魔法が襲いかかりますが……。


 そのどれもが、私に傷をつけないように調整されているのがわかります。


 なんだか、本当に女の子扱いされてるみたいで……嬉しいな。


 何よりマルス様が、必死に私を追っかけてくださる……。


 それがなんだが……途轍もなく楽しく、幸せな気分になります。


 この地に来たことによって、マルス様の周りには沢山の人が集まりました。


 王都にいるときは、もっと一緒にいれたのに……。


 それを後悔したことはありませんが……少し寂しかったのも事実なんですよ?






 ◇



 ……疲れたァァァ!


 リンの四方に土の壁を作ったりして、何とか無事に捕まえたけど……。


「ま、待ってよ……ぜぇ、ぜぇ……」

「す、すみませんでした……」

「い、いや、良いけどさ」


 リンってば、速いんだもん。

 俺の魔法でもってしても、簡単には捕まえられないくらいに。

 ほんと、リンがその気なら……とっくに俺から逃げられてるよね。


「あ、あの……さっきのは?」

「うん?」

「私を大事な女の子とか……」

「そりゃ、もちろんさ。リンは大事な女の子だよ」


 リンに助けられたのは……俺の方だ。

 孤独だった時期、リンだけがそばに居てくれたから。


「そ、それって……」

「だから! リンの恋人になる人は、俺が認めないとダメだからね!?」

「……はぁ……」

「な、なに?」

「いえ、何でもないです。さあ、戻りましょう」


 あれ? 何故呆れているのだろう?


 しかも、心なしか……不機嫌な感じだ。


 すると、先に歩き出したリンが振り向き……。


「マルス様……私が行き遅れたらどうします?」

「そりゃ……俺が責任もって相手を見つけるよ」


 十代の貴重な時間を、俺のために使ってくれたんだもん。

 何より、大事な女の子だし。


「ふふ……覚悟してくださいね?」

「へっ?」

「言質はとりましたからね? きちんと、責任とってもらわないといけませんから」

「な、なにが?」

「さあ? それはご自分で考えてください」


 さっきとは打って変わり……ご機嫌に尻尾が揺れている。


 本当……女の子って不思議だなぁ。

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