106話 決着

 ……我慢だ、今はまだ。


 ベアが血塗れになる中、俺は魔力を集中させる。


 隣にいるリンも、静かに闘志を燃やしている。


 ベアが、必ずや隙を作ってくれると信じて……。









 そして……。


「ブモォォォォ!」

「くっ!?」


 いよいよ、ベアがふらついて来ている。


「ッ——!」

「マルス様……!」

「わかってる! ベア!! 帰ったら——いっぱいハチミツ食べようね!!」


 俺の言葉に……ふらついていた身体が止まる。


「フッ……そいつは良い」

「ブモォォォォ!」

「そのためには——貴様は邪魔だァァァ!」

「ブモォ!?」


 なんと、両手で……空に掲げるようにミノタウルスを持ち上げた!



「ウォォォォ!!」

「ブモォォォ!?」


 そして、そのまま大木に向かって投げつける!


「リン!」

「はいっ!」


 ミノタウルスが大木に激突する前に、既にリンは動き出していた。


 そして次の瞬間——ミノタウルスが大木に激突する!


「ブモ!?」

「セァァァァ!」


 既に居合の態勢に入っていたリンにより……。

 すぐさま立ち上がったミノタウルスの胸に、刀が吸い込まれる。


「ブモォォォォ——!?」


 すると——ミノタウルスの胸から鮮血が溢れ出す!

 続けて、リンの連続斬りがミノタウルスを攻め立てる!


「ブモォォォォ!」

「今です! マルス様!」


 リンとベアを信じていた俺は、すぐに用意していた魔法を解き放つ!


「風よ! 我を押し出せ!」


 背中に待機させていた風を発動させる!


「うおっ!?」


 ジェットコースターに乗ったような感覚になりつつも、ミノタウルスに一直線に向かう!


「ブモォォォォ!」

「させるか!」

「やらせん!」


 抵抗するミノタウルスを、リンとベアが必死に押さえつける。

 そして、二人がタイミングよく俺の通り道を確保し……。


「くらえ——エアインパクト風の衝撃!!」


 俺は、リンがつけた傷口に……直接魔法を叩き込む!


「ブモォォォォ!?」


 奴が苦痛の悲鳴をあげる!


「どうだ!? やったか!? ——しまったァァァ!」

「へっ!? 何がですか!?」

「こういうのって、フラグって言うんだよ!」

「なんだ!? それは!?」

「ええっと……何でもない!」


 しかし、俺の杞憂は……問題なかったようだ。


「ブモォ……オォォォ」


 静かにミノタウルスが倒れ……魔石と化す。


「おっしゃァァァ!」

「ウォォォォ!」

「ふふ、やりましたね」


 すると……三人も駆け寄ってくる。


「やったっすね!」

「すごいです!」

「こ、怖かったですぅ〜」


 これにて、ミノタウルス退治完了だ!


 ふふふ、これでスローライフに一歩近づいたよね!


 ……近づいてるよね?






 ◇



 大丈夫か?


 やはり、俺がついていくべきだったか?


 兄貴は結婚したし、仮に俺が死んだとしても……。


それに今のマルスは、この国にとって必要な人間になった。


最悪の場合、マルスが継いでも良いだろう。


何より、大事な弟だ……死ぬのなら、俺の方が良い。


「いや、大丈夫に決まってる。奴らの強さは、俺に匹敵する」

「おいおい、落ち着けって」


 ゼノスが、そう言って俺の肩を叩いてくる。


「しかしだな、あれを見てると……」


 俺の視線の先では……。


「マルス達は平気かしら?」

「マルス様、リン……みんな、どうかご無事で」

「うぬぅ……やはり、私がついていくべきでした。マルス様に何かあれば、国王陛下に合わす顔がございません……」


 みんながテーブルにつき、それぞれ唸っている。

 あんなのを見ていたら、いくら俺とて心配になってくる。

 ……何せ、相手はミノタウルスだという話だ。

 ライラ姉さん曰く……俺でも、一人では勝てるかどうかわからない相手らしい。


「ったく、みんな心配性だな。俺達が鍛えたんだ、平気に決まってる。若手の中で王国最強と言われた俺たちがな」

「お前は能天気で良いぜ」

「ひどくね? といいうか、お前にだけは言われたくないし」

「くく……それもそうか」

「ほれ、風にでもあたってこい」


 そう言って……ゼノスは、今度は他の奴らを励ましている。

 本人には言わないが、あいつのああいうところは良いよな。

 ちゃらんぽらんしつつも、常に周りの様子を気にしているし。

 ……ああいうのが、世の中に必要な人間ってやつだな……俺とは違って。





 ベランダに出て、風に当たる。


「もう、風が冷たくないか……俺は……いつまでいるかね? リンと、ベアとレオといったか……奴らは、相当な強者になった……おれがマルスのお守りをする必要がないほどに」


 兄貴は、落ち着くまで帰ってこなくて良いと言っていたが……。

 兄貴が国を平定するには……俺は邪魔だからな。


「あとは、マルスを見届けて……それが終わったら……どうする?」


 帰ったところで、俺の居場所はない。

 騎士団や兵士となって、戦う日々も悪くないが……。


「周りは気を使うだろうな……何より、下手に功績を挙げてしまうと……また、俺を担ぎ上げる者達が現れるかもしれん……どうかしましたか?」

「いや、すまない。盗み聞きをするつもりはなかったのだが……」

「いえ、お気になさらずに」


 いつの間か、セシリアさんがいて……俺の横に立つ。

 その横顔は美しく……俺は思わず見惚れてしまう。


「どれ、気晴らしに散歩でも行かないか?」

「へっ?」


 は、初めて誘われたぞ!?


「い、嫌なら構わないが?」

「い、いえ! 行きます!」


 そして、部屋の中に戻ると……ゼノスがウインクをしやがる。


 全く……良いダチを持ったな。


 そうだな……まだ時間はある。


 俺がどうしたいのか……これから決めていくか。

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