90話 デート~シルク視点~

 ど、どういたしましょう!?


 か、肩を抱き寄せられてしまいましたわ!?


 マルス様も……当たり前ですが、男の人なんですよね。


 意外と力強くて……うぅー……ドキドキしてしまいますわ。


 でも……マルス様もそうなのかしら?


 さっきから視線が泳いでいるし……。


 視線が……胸に行くのは気になりますけど。


 でも、殿方ですものね……マルス様なら、悪い気はしないですし。


 少し、いや……かなり、恥ずかしいですけど……。


 それにしても……相変わらず、優しい方ですわ。


 さっきのことだって……。


 私の脳裏に、あの日の出来事が蘇ります……。




 ◇



 あれは、マルス様がリンを連れてきた頃かしら……?


 私は、いつものようにマルス様を探して……。


「マルス様! ここにいらしたのですね!」

「げっ!? シルク!? 」

「げって何ですの!?」

「ご、ごめんなさい!」


 当時のマルス様は、良い昼寝ポジションがどうとか言って……。

 王宮内のあちこちで、昼寝をしていました。

 私は、いつも探し回って……嫌な顔をされてましたわ。


「お出掛けしますわよ!」

「えぇ〜めん……はいはい、わかりました」

「はいは一回ですわ」

「はい……シルクは厳しいなぁ」


 嫌々ながらも、マルス様を街に連れ出して……。


「最近、また来るようになったね?」

「だ、ダメですか?」

「い、いや、ダメじゃないけど」


 リンのことがあって、私のマルス様を見る目は変わった。

 今まではダメだと思ってた部分が、途端によく見えたり……。

 そう……この日も、今日と同じように……。


「うわぁ〜い!」

「こ、こら! 走ると危ないわよ!」


 後ろから、声が聞こえると思ったら……。


「うわっ!?」

「イテッ!?」

「マ、マルス様!?」


 振り返ると、男の子が尻餅をついていました。

 そして、マルス様のお洋服には……べっとりと、何かのソースがかかっていました。


「あちゃー……」

「た、大変ですわ!」


 すると、すぐに男の子の母親がきて……。


「マ、マルス様!? も、申し訳ありません! わ、私はどうなってもいいので——どうか子供だけはお許しください!」

「お母さん!?」


 すると、マルス様は優しい口調で……。


「お母さん、顔をあげてください。子供のしたことですから」

「で、ですが……お洋服まで……」

「大丈夫ですから。君、悪かったね。食事を台無しにしちゃって」

「う、ううん! お、お母さんにひどいことしない?」

「ああ、もちろん。ほら、衛兵が来ると面倒だから行くといいよ」


 そう言って、二人を遠ざけました……少し、寂しげな表情をしながら。


 その後、すぐに見張りの兵士が駆けつけて……。


「マルス様! 何がありました!?」

「さっきの親子が何か?」

「ううん、何でもないよ。僕が食べ歩きをしてたら転んじゃったんだ。ほら、こんなに汚れちゃって」


 マルス様は、そう言って自分が悪いことにしました。

 もちろん、私に目配せもして……。

 私は戸惑いつつも、話を合わせて……。


「そうですか……。まったく、お騒がせな方だ」

「これだから……いえ、失礼します」


 兵士達は呆れた表情をして、去って行きました。


「マ、マルス様……」

「シルク、ごめんね。すぐに帰ろうか」

「え、ええ」





 王宮に戻ると……。


 国王陛下であるロイス様が、マルス様を叱りつけます。


「マルス! お前は洋服を汚して! それは民のお金で作られているのだぞ!?」

「ごめんなさい!ロイス兄さん!」

「まあ、いいじゃねえか」

「そうよ、怪我がなかったんだから」

「まったく! お前達はマルスに甘すぎる!」


 ロイス様は悪い方ではないのですが、少し頭ごなしなところがありました。

 だから、私は思わず……。


「あ、あの! マルス様は、ただ親子を庇って……」

「シルク!」

「ん? 何だ?」

「ロイス兄さん、何でもありません。では、シルクを送ってきます」


 私の手を取り、マルス様が颯爽と歩き出します。


「な、何故、本当のことを言わないのですの?」

「そしたら、あの親子が酷い目に合っちゃうよ。こんなんでも、一応王族だからね」

「で、ですが、悪いのはあちらで……そのせいで、マルス様が……兵士達にも呆れられ、国王陛下にも叱られて……」

「良いんだよ、それで。僕が怒られて済むならさ。あの親子の楽しい日常を壊したくないし……母親と出掛けられるのだって、いつまでかわからないしさ」


 そうでした……私以上に、マルス様には母親の記憶がありません。

 だから、あの親子に……羨ましいはずなのに。

 それこそ、何で自分にはって思っているはずなのに……。


「うぅ……」

「へっ!? ど、どうしてシルクが泣くの!?」

「マ、マルス様が優しいからですわ……ごめんなさい、私が連れて行ったから……」


 そうだ、私が無理矢理連れて行ったのに……。

 私のせいにだって出来たのに……。


「なんだ、そんなことか。シルクは悪くないよ。それに……実は、シルクに連れていかれるのは嫌いじゃないんだ」

「えっ?」

「本当に嫌なら……絶対に見つからない場所にいるから」

「ふふ……そうなんですね。じゃあ、また連れてってあげますわ」

「まあ……ほどほどにお願いね」


 この時、私が一番心に残ったのは……。


 マルス様が親子を庇ったことでも、私のせいにしなかったことでもありません。


 心の底から親子を羨ましいと思っても尚、それでも笑顔で許したことです。


 そんな優しくて、ある意味で強いマルス様に……私は惹かれていったのです。





 ◇




 そうでしたわ……あの頃から、ずっと変わってない。


 実は……最近、以前とは様子が変わったと思ってましたが……。


 こういうところは、私の好きなマルス様のままです。


「ふふ……」

「へっ? ど、どうしたの?」


 先程から、マルス様は目を合わせてくれませんでしたが……。

 ようやく、こっちを向いてくれました。


「いえ……少し昔を思い出しましたわ」

「そっか……よく、シルクに連れ出されてたね」

「そうでしたわ。マルス様ったら、逃げ出そうとするんですよ?」

「ご、ごめん。ほんと……よく付き合ってくれたよ」


 マルス様は、私が婚約破棄しなかったことを疑問に思っているみたいですが……。


 なんてことはありません。


 甘いと言われたり、穀潰しと言われたり……。


 その他にも、色々と言われてしまう方ですが……。


 私は、貴方が良いのです。


 そんな貴方を——好きになったのですから。

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