80話 調査~その二~

 ……なんだ? あれ?


「気持ち悪い……」


 前の世界でも、虫が大きくなったらみたいな番組を見たことがある。

 その時は『へぇ、そうなんだ』くらいにしか思ってなかった。

 だが、こうして間近で見ると……生理的嫌悪感が尋常じゃない。


「キシャー!」

「くっ!?」


 大きな二本の鎌。

 軽く二メートルを超える緑色の身体。

 口からは液体が溢れ落ち……口元がニチャニチャ音を立てている。

 あれなら……人の頭くらいなら、丸かじりできるだろう。

 

「あれ? もしかして……俺って危なかった?」

 

 丸かじりされそうになってた?


「いや〜……リンがいてくれて良かったよ」


 しかし、不思議と恐怖心は感じていない。

 死が間近に迫っていたというのに……。

 そっか……みんなを信頼してるからか。

 何より、リンなら守ってくれると……男としてはどうかと思うけどね。


「じゃあ、少しはカッコつけないとね。リン! 魔法を撃ち込むから隙を作って!」


 すると、リンは強い視線を向けて……。


「マルス様! ここは私に!」

「へっ? そ、そいつ、結構強そうだよ?」

「だからです! 私は——強くならなくては!」


 その声は、とても真剣なものだった。

 どうやら、何か訳がありそうだけど……。


「わかった! ただし、危ないと思ったら手を出すからね!」

「感謝します!」

「みんなもいいね!?」


 それぞれが頷き、リンの戦いを見守ることにする。


 ◇



 ふぅ……マルス様をお助けできるように、細心の注意を払っているが……。

 こいつは緑色の身体で擬態をしていたので、気づくのが遅れてしまった。

 もし、気づくのが遅れていたら……考えたくもない。

 私の大事な方を許さない——万死に値する!


「シッ!」

「キシャー!」


 くっ、強い……!

 二本の腕から繰り出される鎌は、鋭く凶悪だ。

 刀で受け止めたら、おそらく折れてしまう。

 うまく、受け流さなくてはいけない……!


「キシャー!」

「チッ!」


 二本の鎌が交互に襲ってくる!


「しかし!」

「キシャー!?」


 二本の鎌より早く、刀を一閃する!

 そうだ……私は強くならないといけない。

 シルク様のように、私は役に立つことができない。

 強さならベアやレオも、徐々に私に近づいてる……負けられない。

 何より、腹が立つことがある。


「……バカか、私は——何のために強くなったのだ?」


 いつの間にか、マルス様の力をあてにしている自分に腹がたつ!

 命の恩人である、あの方をお守りするため……。

 お世話になった恩に報いるため……。

 そして……大好きなマルス様と一緒にいるため!

 強くない私は、一緒にいる資格がない!

 炎狐族の血よ! 最強というのなら——今すぐ出てこい!


「キシャー!」

「——虫ごときが!」


 刀を一閃し、鎌を弾き返す!


「ギャシャ!?」


 なんだ? 身体が熱い……燃えそう。


「キシャー!」


 今なら……いけます!


「シッ!」

「ギャシャ!?」


 一つの鎌を根本から斬り裂く!


「ギシャー!」

「くらえ——炎刃!」


 私の袈裟斬りは、もう片方の鎌ごと身体を斬り裂いた。


「ギ……ギャ……ガァ……」

「ふぅ……何とかなりましたか」


 それにしても、今のは?

 何か、とてつもない力が発揮されましたが……。

 刀は折れないし、敵の動きが手に取るようにわかりましたし。



 いや、今はそんなことはどうでも良いですね。

 私はマルス様の元に向かいます。


「マルス様」

「リン、すごかったね!」

「お怪我はありませんか? 何処が痛くないですか?」

「もちろん! リンが守ってくれたからね」

「ふふ、もちろんですよ」

「いつもありがとね」


 そう言って、私の頭を撫でて……微笑んでくれる。

 そうか……私は褒められたかったのかもしれない。

 シロやシルク様、ラビ達に嫉妬していたのかも……。

 やれやれ……カッコいい女性への道は遠いですね。



 でも、今は……この感触を感じていたい。





 ◇



 何やら、リンの様子が変だね。

 頬が赤くなってるし、モジモジしてるし。


「えっと……もういいかな?」

「はい、満足です」


 尻尾がブンブンしてる……可愛い。

 よくわからないけど……喜んでいるなら良いか。




 その後、血の匂いの元に行くと……。

 魔獣の死骸が、いくつもある。


「なるほど……罠ですか」

「へっ?」

「ああ、そういうことだろう。血の匂いを撒き散らして、我々の鼻や精神状態を惑わせ……それを静かに待ち構えるということだ」


 そういえば、前の世界でもそういう生き物はいたね……。


「うわぁ……怖いね」

「主人よ、帰るか?」

「ううん、まだ来たばかりだし。それに、調べる必要もあるよ。他の人に注意点とか、攻略法を教えてあげないと」


 こんなのが何匹もいたら、開拓どころじゃないし。


「ボスッ! 良く言ったぜ!」

「うむ、それでこそ我が主人だ。だが、無理はしないほうがいい」

「僕も、気をつけます!」

「わ、わたしも!」

「そうだね、みんなで気を引き締めよう!」


 そこでふと気づく……リンが黙っているのを。


「リン、どうしたの?」

「いえ……マルス様、私は必要ですか?」

「うん? 何を当たり前のこと言ってるのさ?」

「当たり前ですか……」


 もしかして……以前言ったことを気にしてるのかな?

 逃げても良いよって言ったことを……でも、なんで今更?

 いや……そんなことはいい、おれがいうべきセリフは……。


「そうだよ。リン、勝手にいなくなったら怒るからね」

「……はい、いつまでもお側に」


 そう言って、微笑んで……俺の肩に寄りかかってくる。


 良い匂いがするけど……シルクとは違って、なんだか安心する。


 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る