78話 ライラはみんなのお姉さん

 そして、翌朝……。


 バーバラの入り口で、みんなに見送られる。


「マルス、平気? 私もついてく?」

「俺もいくか? 今回は回復役もいないし……」

「だから、平気ですって。というか、お二人の身に何かあったら……俺がロイス兄さんに怒られちゃいますよ」

「あら、生意気なこと言って……ふふ、大きくなって」

「ちょっ!? 頭を撫でないでください!」


(みんなの視線が生暖かいんですよ! ……少し恥ずかしいお年頃です)


「ははっ! 撫でやすい頭で良いな!」

「ちょっと!? 兄上は乱暴すぎですよ!」

「アンタも撫でる?」

「へっ? い、いや、俺は……」

「良いから、撫でさせなさい——跪きなさい」

「ぐぅぅ……オノレェェ」


 呪詛のように言葉を吐いて、兄上が膝をつく。

 さながら、女王に謁見するかのように。


「本当にでかくなって……」


 その量のある硬い髪を、姉上が撫でる。


「お、おい? どういう罰ゲームだ? そうか!俺を辱めるのが目的か!」

「ふふ、どうかしら? 小さい頃は、こうやって撫でてあげたんだけどね」

「……覚えてるよ」

「あら? そうなの?」

「ああ……寝る前に、こうしてくれて……マルスが生まれた時、少し嫉妬したくらいにはな」


(……そっか、俺が生まれたから。兄さんは、末っ子じゃ無くなったんだ)


「おっと、マルス……勘違いするなよ? 最初こそ、あれだったが……俺は、お前が俺の手を握って笑ってくれた日から……そんな思いはなくなったぜ。可愛い弟が出来て……嬉しかったんだよ」

「兄さん……」

「この姉貴からも解放されるしな。ところで……いい加減、状況を説明してくれ」


(確かに、何でこのタイミングで?)


「別に意味なんてないわ。たまには、お姉ちゃんらしいことしようと思っただけよ」

「んだよ、それ……わけわかんねえ」


 すると、姉上はセシリアに視線を向ける。


「セシリア」

「何だ?」

「この通り……バカでガサツな弟だけど、一応可愛い弟なのよ」

「おい? 姉貴?」

「うむ……」

「そんなわけで……お茶でも付き合ってくれると助かるわ」

「へっ? あ、姉貴?」


(なるほど……ある意味、姉さんらしいや)


「そうそう! 兄さんはアホですけど、真っ直ぐでカッコいい人なんです!」

「おいおい、マルス……」

「ふむ……別に構わないが」

「ほら、アンタ……しっかりやんなさい。大丈夫、兄さんには私から上手く言っておくわ」

「姉貴……」

「まあ、アンタがフられるは目に見えてるけどね」


(まあ、素直じゃないこと……この辱めも、照れ隠しってことだよね)


「けっ……うし!」


 ライル兄上は自分の頬を叩き……。


「セシリアさん! 俺とお茶してください!」

「う、うむ……やぶさかではない」

「よっしゃ! で、では、行きましょう」


 そう言って、二人が歩き出す。


「姉さんも素直じゃないね」

「何のことかしら?」

「ううん、何でもない。ライラ姉さんが、俺の姉さんで良かったよ。みんなの優しいお姉さんだもんね」

「な、何よ……別に、私は……」


 すると、シルクとリンが姉さんの両手をそれぞれ握る。


「そうですよ、ライラ様。母が亡くなり、家族が男性しかいない私を、貴女はお姉ちゃんって呼んでと言ってくださいましたわ。それが、どれだけ嬉しかったか……」

「奴隷である私を、貴女は大事なマルス様の側に置くことを許してくださいました。僭越ながら……私も、そのように思っております」

「……ふん、そんなの当たり前じゃない。貴女達は、私の妹よ……お母さん、ずっと欲しかったものは……もうあったわ」


(そうだよなぁ……良く良く考えたら、シルクやリンにとってもお姉ちゃんなんだよね)


 ロイス兄さんに近づく、ろくでもない女を排除したり……。

 ライル兄さんに、無理矢理礼儀作法を教えたり……。

 俺に優しく、時に厳しくしてくれた。


(姉さんも幸せになって欲しいなぁ……誰か、良い人いないかな?)







 ◇



 ……はぁ、どうして……こう問題ばかり起きる?


 しかも、どいつもこいつも恋愛ごとばかり……。


 いや、俺も人のことは言えないし……。


 今は戦争もなく、国の情勢も落ち着き、比較的平和だというのはわかるが。


「俺が行く」

「いやいや〜近衛騎士団が国王様から離れるとか……バカなの?」

「何をいう。王女であるライラ様をお守りするのも近衛騎士のお役目だ。何より、お前みたいな軽薄な男を、ライラ様や他国の王女に近づけさせるわけにはいかない」


 呼び出したオーレンの息子ゼノスと、近衛騎士団バランが言い争っている。

 この二人とライルは同じ士官学校の同級生で、よくつるんでいたな。

 発端は、マルスとライラの手紙だ。

 マルスとライラの両方から、護衛についての手紙が届いた。

 確かに平民ばかりでは大変だろうということで、誰か派遣しようとしたのだが……。


「参りましたな」

「すまぬな、オーレン」

「いや、こちらこそ申し訳ない。愚息は、要領も良く優秀ですが……あの通りなもので」

「お主とは正反対だな?」

「……いえ、どうでしょうね?」

「ん?」

「いや、お気になさらないでください」


(何だ? ……いや、今はこっちが大事だ)


 ……宰相以外には誰にも言ってないが、ライラには縁談がいくつか来てる。


 俺が結婚したことと、マルスが出て行ったことが原因だろう。


 ライラが身軽になって、今なら申し込めるのではと。


 しかし、ライラが嫌がることはわかっていた。


 それもあって、ひとまずライラを辺境に送ったが……。


 はぁ……結局、妹もか。


 父上、母上、長男は辛いよ……。


 でも……可愛い奴らのために、お兄ちゃんは頑張るとしよう。


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