外伝~ライラの気持ち~
……あの、マルスがねぇ。
ようやく、少し慣れてきた部屋で、私は机の上で書き物をする。
「お兄様に、色々と報告しないとね」
ここに来てから色々なことがあった。
マルスの魔法、知識、人望……優しいのは知ってたけど。
「魔法の総量は私を遥かに超え、技術もすぐに上回るでしょうね。頭の悪い子だとは思ってなかったけど……まさか、あんなに色々と知っているとは思わなかったわ。それに、自分なりに考えて……私達に気を遣ってたのかしら? これじゃ、お姉ちゃん失格だわ……母様、ごめんなさい」
私の脳裏に、幼き日の光景が浮かんでくる……。
◇
……あれはいつだったかしらね?
マルスが二歳くらいで、私が十歳くらいかしら。
別宅である庭の中、ロイスお兄様を除く四人で、よく遊んでいたわね。
別に、お兄様を仲間外れにしてたわけじゃなくて……。
お兄様は王太子として、すでに父様のお手伝いをしていたから。
なので、私が二人の面倒を見ていたわね。
「おい! マルス! そっちに行くなよ!?」
「あいっ!」
「いや、わかってねえし!」
大体、ちょろちょろ動くマルスを、ライルが追いかけていたっけ……。
そして、私は縁側で母様とお茶をして……それを幸せそうに眺めていた。
「ふふ、マルスとライルは今日も元気ね」
「ライルは煩いだけです。言葉遣いも雑だし、でかいし可愛くないし」
「あら、そんなこと言って……昔は、ライルは可愛い、私はライルのお姉ちゃんって言ってたのに」
「か、母様!」
これは黒歴史ね……初めて弟ができたことで勘違いしたんだわ。
……確かに、小さい頃は可愛かったけど。
あいつってば、すぐに私より大きくなるし、生意気だし……フン。
「ごめんなさいね……」
「えっ? どうして謝るの?」
「貴女一人が女の子で……色々と寂しい思いをさせてるわ」
確かに、そう思ったことがないといえば嘘になる。
生まれ故に、対等な関係の女友達はいなかったから。
正直言って……マルスが男の子だと聞いてがっかりしたくらいに。
「ううん、平気よ。ライルはめちゃくちゃ生意気だし、お兄様は少し小言が煩いけど……マルスが物凄く可愛いもの」
そう……初めて会った時、黒髪黒目で……そのくりっとした瞳にやられたんだわ。
あっ——可愛い……って思ったのよね。
でも……最初は、それだけだった。
ただ、可愛がれば良いって……。
「ふふ、良い子ね」
「べ、別に……それに、母様がいるもの」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」
「あ、頭を撫でなくて良いから!」
「そんなこと言って、本当は嬉しいくせに〜」
「も、もう!」
そして……私に言ったのよね。
「でも……私は貴女より先に死んでしまうわ」
「母様!」
「それは幸せなことなのよ。順番通りにいけるっていうのは……そうじゃない人が、世の中には一杯いるのよ」
「わかってるけど……」
「だから……もし、私がいなくなったら貴女にはマルスをお願いね。あの子は……少し変わってるけど、何か特別な感じがするのよ。黒髪黒目であることとは、別の意味でね」
もしかしたら……母様は、何かに気がついていたのかもしれない。
母の勘ってやつかしらね。
「そうなの?」
「ふふ、貴女にだけは言っておくわね。ロイスは頭が硬いし、ライルは……うん、アレじゃない?」
「バカだからね」
「もう! 人がせっかく言葉にしなかったのに〜」
「いや。母様。それは無理があるわ」
「ま、まあ……貴女は頭も良いし、人の機微にも聡いわ。少し自分にも他人にも厳しいけど……とっても優しい子なの」
そうだ、みんなが私を冷たいとか怖いとか言っている中……。
母様だけは、そう言ってくれた。
「そ、そんなこと言うのは母様くらいよ」
「ふふ、不器用さんだものね」
「むぅ……」
「王家唯一の女の子として、貴女には苦労をかけちゃうと思うけど……ライルやマルスのこと、よろしくね」
「マルスは良いけど………ライルも? 仕方ないわね……わかったわ」
「ありがとう、ライラ……私の可愛い娘」
そして……それから間も無く、母様と父様は亡くなった。
三人が泣く中、私だけは泣かなかった。
私が、母様の代わりになろうと決めたから。
お兄様の地位を確立するために、私は魔法を極めて史上最年少で宮廷魔導師になった。
お馬鹿なライルを騎士団に入れる為、アレコレと手を回した。
そして、母様に変わって……マルスを育てると決めた。
◇
「でも……もう、それも必要ないのかもね」
(マルスは立派な子に成長してくれた)
優しいままに、強くなって……私がいらないくらいに。
「シルクとリンっていう、素敵な女の子もいるし……」
(私の役目は、終わったのかな?)
「まあ、マルスが可愛いことには変わりはないけど」
すると……扉がノックされる。
そういえば、呼んでいたわね。
「ライラ殿、良いだろうか?」
「ええ、良いわよ」
扉を開けて、セシリアが入ってくる。
「約束通り、お茶しにきたよ」
「ええ、いらっしゃい」
席に着いて、用意した紅茶を飲む。
「なっ——お、美味しい……!」
「ふふ、でしょ? マルスがハチミツを取ってきたから」
「なるほど……これは美味しい。マルス殿は、つくづく規格外だな」
「中身は普通の子なんだけどね……」
「ああ、それはわかる。あそこまで捻じ曲がっていない王族がいるとは」
(ほんと、良い子に育ってくれたわ……母様に見せたかったなぁ)
……不本意だけど、あいつも私の弟には違いないか。
母様にも、頼まれたことを思い出しちゃったし……。
「そうね。でも、ライルも悪い子じゃないのよ。少しお馬鹿だけど、真っ直ぐで人を差別したりしないから」
「ふふ、やはり仲が良いのだな?」
「そ、そんなんじゃないわよ。まあ……嫌じゃなければ、少し相手してやってちょうだい」
「嫌なことなどないさ。あんなに真っ直ぐに言われたのは初めてだしな」
(あら? 意外と悪くない反応ね……でも、よくよ考えてみれば……そうかも)
私もそうだけど、真っ直ぐに言ってくる男性なんかいないし……。
仕方ないわね……愚弟のために、少しは協力してあげる。
私は……あいつらのお姉ちゃんだしね。
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