68話 夜這い?

 その日の夜……。


 無駄にどでかい部屋の中、俺がベッドで微睡んでいると……。


「ボス、起きてくだせい」

「うーん……? どうしたの、レオ」

「誰か来ますぜ」

「リンかな? シルクなわけがないし」


 シルクは、夜遅くに男の部屋を訪ねるような女性ではないし……。

 リンは、そのシルクの護衛をしているはずだけど……。


「いや、足音が聞こえるので違いますぜ」

「なるほど、リンならしないね……一応、警戒しておこうか」

「へい。この命に代えてもお守りしやす」


 いくら、国王陛下やセシリアさんが友好的とはいえ……。

 俺を気にくわないと思う奴はいるだろうし。

 それもあって、リンにシルクの護衛を頼んだんだし。




 そして……ドアがノックされる。


「どちら様ですか?」

「私だ、セシリアだ」

「へっ?」

「少し良いだろうか?」


(ん? どういうことだ? 何か聞きたいことでもあるのかな?)


「レオ、開けてあげて」

「へい」


 レオがドアを開けると…… 。

 髪の色と同じ、青いドレスを着ているセシリアさんがいた。

 まさしく、お姫様というか、お姉様って感じだ。


「えっと……?」

「すまぬな、こんな時間に。こんなものを着ることなど滅多にないのでな」

「そ、そうですか」

「入って良いだろうか? もちろん、護衛はそのままで良い」

「ええ、どうぞ」


 セシリアさんが部屋に入ってきて、俺の隣に腰掛ける。


(うわぁ……めちゃくちゃ良い匂いする……というか、美人さんだなぁ)


 騎士服と違い、女性らしい格好をしているので……ドキドキしてしまう。


「レオとやら、部屋にはいて良いが、少し離れてもらえるか?」

「レオ、平気だよ」

「へい、ボス」


 レオが部屋の端に行くと……。


「それで……何か問題がありましたか?」

「……ほう? 参考までに何が気になったか聞いても?」

「俺を快く思わない人がいるので、それを伝えに来たか……牽制の意味を含めて、セシリアさんがやってきたとか……ですかね?」


(例えばだけど、英雄扱いされた俺に取り入ろうとして……女の子を寄越したりとか)


「なるほど、頭も回ると……まあ、似たようなものだ。我が国に引き込もうとする動きがあってな。マルス殿は、末っ子だし問題も少ない。そして、年増の私では相手にされないとみて……貴族達が自分達の娘を送り込もうとしたのでな」

「はぁ……めんどくさいですねー」

「ハハッ! 相変わらず面白い方だ」

「それに失礼ですよ。セシリアさん、凄く綺麗ですし」


(うんうん、別に年増じゃないし。確か、二十三歳とか言ってたし)


「ふふ、嬉しいことを言ってくれるな。しかし、貴族の娘というのは二十歳を過ぎると貰い手もいないのだよ」

「まあ……それはわかりますけど」

「どうだ? ……マルス殿がもらってくれるか?」

「へっ!?」


(お、俺!? い、いや、お姉様タイプは好きですけど……)


 すると、俺に耳打ちをしてくる。


「実はな……父上に子種だけでも貰ってこいと言われてな」

「そ、そうですか……」

「どうだろうか?」


 俺の下半身は、すでに臨戦態勢に入っていた。

 でも、脳裏によぎったのは……。

シルクの悲しそうな顔と——何故か、リンの悲しい顔だった。


「有難いお話ですが……申し訳ありません」

「魅力が足りないか?」

「いえ、魅力的過ぎて困りますね。俺も年頃ですし、セシリアさんはお綺麗ですから」

「ふむ」

「ですが、シルクを悲しませたくないので」

「ふふ、シルク嬢は幸せ者だな」


(あと、そんなことしたら……オーレンさんに殺されちゃうし——怖い)


「どうでしょう? 俺ってば、怒られてばかりだったので」

「ふふ、それは照れ隠しだろう。私から見れば、彼女はマルス殿に恋してるさ」

「そ、そうなんですか……」


(ウォォォォ! 嬉しいかも! )


「それに……いや、これは私が言うべきことではないな」

「はい?」

「さて、ただ……牽制は必要になってくるな」

「えっと?」

「このままでは、明日にでも他の女が送られてきてしまう」


(話し合いが済んでないから、今すぐ帰るわけにはいかないし……俺も、まだ色々と見てみたいし……)


「どうしましょう?」

「ふふ、そんなこともあろうかと……」


 セシリアさんが立ち上がり、壁に手を当てると……。


「……隠し扉?」

「ああ、下の階の部屋に繋がっているな。そして、扉を知っているのは王族だけだ」

「何のために?」

「浮気とか、愛人の元に行くときに誤魔化せるようにな」


(……あぁ、なるほど。そっちに待機させておいて、この部屋から出て行き……ことを済ませたら、戻ってくるってことか)


「というわけで、マルス殿とレオは下の部屋で寝てくれるか?」

「なるほど……そうすれば、朝ここからセシリアさんが出れば……」

「そういうことだ。あとは、あっちが勝手に勘違いするだろう」

「でも、セシリアさんが……」


(それで、婚期が遅れたら……)


「気にするな。私には、その気は無いと言ったであろう? むしろ、未だに少数だが独身貴族が私を娶ろうとしてくるが……うんざりだ。私の身体と顔、王女を娶るという優越感に浸りたいという欲が見え透いている」

「それは嫌ですね」

「ふふ、わかってくれるか。もちろん、迷惑料として色々と便宜を図るつもりだ」

「それなら良いですよ」





 その後、俺はレオを連れて下の階の部屋に行く。


「ハァァァァ——」


 俺は膝をついて、大きなため息を吐く。


「どうしたので?」

「いやぁ……勿体なかったかなって……」

「シルクさんに言いつけますぜ?」

「や、やめてぇぇ!」

「クク、ボスはシルクさんに弱いですな」

「うーん……頭が上がらないことは確かだね」


 そのあと、布団に入ったけど……結局、中々寝付くことができませんでした。


 はぁ……お、惜しいことしたなんて——思ってないんだからねっ!

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