52話 サーモスを食べる
……ところで、これ何処かで見たことあるような。
少し赤みを帯びている銀色に輝く身体。
「サーモスですわ!」
「シルク?」
「川に住む魔魚ですわ! 最近では見かけないとお父様が言ってましたわ!」
「へぇ、確かに食べたことないね」
「私も食べたことないですわ」
「やっぱり、森の奥にいるってことか。食材の宝庫ってことだよね」
(つまりは……サーモンだよね? それともシャケ? まあ、どっちでもいいか……)
「うぉぉぉ!! サーモスゲットだぜ!」
「きゃっ!? び、びっくりするじゃないですか!」
「ご、こめん。つい感極まってさ」
( ふふふ、楽しみだね)
「むっ……こやつ、孕んでいるのか?」
「本当ですね、お腹が大きいです」
「えっ!?」
リンとベアの台詞に、俺の胸が高まる!
(イクラか!? イクラなのか!? タラちゃんじゃなくて!?)
「どうしましたの?」
「確か、文献で見たことある。その卵は宝石のように光輝き、その美味しさに思わず笑みがこぼれると」
(いや、知らないけど。でも、そんな感じだよね)
「素敵な響きですわ……どういたし——」
その時——キュルルーと可愛らしい音がなる。
「シルク?」
「はぅ……! 淑女にあるまじき行為ですわ……!」
どうやら、お腹が鳴ったらしい。
「ふふ、お腹が空いたのかい?」
「マルス様のせいですわ!」
「ええっ!?」
「素敵な台詞を言うからです!」
「そんな怒られ方ある!?」
「はいはい、二人とも落ち着いてください。ここは森の中ですよ」
リンの言葉に、二人とも我に帰る。
「そ、そうだったね」
「す、すみません」
「でも、お腹空きましたね。もう二時間くらい歩いてますもん」
「ラビの言う通りですね。ここは川があって見晴らしも良いですし……マルス様、ここで昼食にしますか?」
「そうだね。包丁だけはあるし、皿やなんかは魔法で良いし」
「では、俺とベアで枯葉と木を集めてこよう」
「うし、任せといてください」
その間に、俺は土の壁を作る。
そこにいつものように、椅子やら机やらの準備をする。
「これでよしと……でかいね」
細長い石のテーブルを作ったが……そこで寝そべっているサーモスは迫力満点だ。
口元はギザギザの歯があるし、ラビくらいなら丸呑み出来そうだ。
「そっか、シロがいないから俺がやらないといけないんだ」
頭の部分に包丁を入れるが……。
「かたっ!? 無理無理!」
「私にお任せください——シッ!」
リンが刀を振り抜くと……首がちょん切れる。
「おおっ! 相変わらずすごいね!」
「ふふ、ありがとうございます」
「よし、これなら……いけるね」
切った箇所から包丁を入れていく。
すると……卵が見えてくる。
「これを上手くとって……」
「わたしが預かります!」
「よし、お願い」
30センチくらいの卵を、慎重に手渡す。
「これ、どうします?」
「そこの綺麗な皿においてくれる?」
「はい……置きました」
「じゃあ、危ないから離れてね——凍れ」
イクラさんを、瞬間冷凍保存する。
本当なら水気を切ったり、小分けしたいけどね。
まあ、前の世界と同じとは限らないし。
あとは、帰ってから処理しよう。
「そしたら、内臓をとって……」
「私がやりますね」
「リン、ありがとう」
リンが力ずくで内臓部分を取り出す。
「よし、そしたら……水よ」
全体も水で流し泥を落とし、中もしっかりと洗う。
「そしたら、三枚おろし……ああ! めんどくさい! 」
俺は咄嗟に、風の刃をイメージして腕を水平に振り抜く!
「あれ? ……できた?」
確認してみると……見事におろされている。
「そうか……イメージが大事ってこのことか……」
「す、すごいですね……私達など紙切れのように切れますね」
「はわわっ……! 怖いです!」
「マルス様、気をつけてくださいませ。私たちが後ろにいたから良いですけど……」
「ごめんね、みんな。うん、気をつけるよ」
ひっくり返して、同じように風の刃で……三枚おろしのようにする。
「あとは、これを一口サイズに切って……」
「ボスッ!」
「主人よ、持ってきたぞ」
「おっ、タイミング良いね。じゃあ、みんなで串に刺していって」
俺が切ったサーモスを、みんなが用意した石の串に刺していく。
「俺はその間に……よし。次は……火よ」
天井に穴の空いた土の壁を作って安全を確保。
その穴の真下に枯葉や木をおいて、火をつける。
「みんな、その周りの地面に串を刺してね」
火を囲んで、それぞれ座り、自分の前にサーモスの串を置く。
「これで良しと……おおっ……!」
すぐにパチパチという素敵な音と共に……。
香ばしい香りがやってきて……辺りを包み込む。
空いてる場所は天井だけなので、良い香りがダイレクトに伝わってくる。
「ゴクリ……!」
誰かが唾を飲む、いや全員かもしれない。
みんな黙ってしまい、視線がサーモスに釘付けになる。
「ボ、ボスッ!」
「まだだっ! 慌てるんじゃない!」
「ふぁ……良い匂いがするよぉ〜!」
「ラビ! 火に近づいちゃダメだよ!」
「あ、主人よ、よだれが止まらん……! なんだ、この感覚は!」
「ベア! 落ち着いて! よだれまみれになるから!」
(くまさんにとっては大好物だもんね。そりゃ、無理もないよね)
「マ、マルス様……! 食べたいです……!」
「リン! まただよ! もう少しだから!」
「わ、私としたことが……はしたないですわ……!」
「ふふ、無理もないよね。もう少しだからね」
リンは前のめりに、シルクは隣でずっと喉を鳴らしている。
俺の気分はさながら、待てをしている飼い主のようだ。
まあ、そういう俺も……さっきからずっとよだれが止まらないんだけどね。
そして……色合いを見て……。
「良し!」
俺を除く全員が串を取り——齧り付く!
「うめぇ!」
「旨い!」
「おいひい!」
「むぅ……止まりませんね」
「ハフハフ……塩っ気のある味があって……美味しいですわ!」
(ふふふ、どうやらみんな満足のようだ)
「では、俺も——っ!!」
(口の中で脂が溢れてくる! カリッと香ばしい皮と、厚みのある肉!)
「この濃厚な旨味がたまらん!」
みんなが顔を見合わせて、黙って次々と串に刺していく。
そして、再び焼き……齧り付く。
そして、黙々と食べる……焼く……食べる。
そして、十人前くらいあったサーモスはあっという間になくなった。
俺は全員に視線を向けて……。
「美味かったね!」
「「「「「はいっ!」」」」」
すると、みんなが満面の笑みを浮かべる。
俺たちは森の中にいることも忘れ、楽しい食事をするのだった。
……あっ——持って帰る分を取っておくの忘れた。
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