46話 歓迎会
髪を乾かした後……宴の準備をする。
姉上に美味しいものを食べて欲しいし……何作ろう?
そんなことを考えつつ、厨房に向かっていると……。
「えっと、またローストビーフを作りたいけど……もう暗いから間に合わないか」
その時、シロが俺の前に現れた。
「マルス様! 僕、用意してます!」
「なに!? シロ! えらい!」
「えへへ〜、褒められちゃった」
頭を撫でると、尻尾が揺れる。
「こうしてると昔のリンを思い出すなぁ」
「ほえっ? リンさんですか?」
「そうだよ、リンも昔は可愛くてね。それは、もう……俺の後ろを離れなくて大変だったんだから」
「あ、あのぅ……」
「うんうん、信じられないのは無理もないよね。でもね……あれ?」
シロの様子がおかしいので、後ろを振り返ると……。
「可愛くなくて悪かったですね」
「り、リン!?」
「ぼ、僕は料理しないと! 先に厨房に入ってますねっ!」
「シロ!? 主人を見捨てるのかい!?」
「リンさんには逆らえませんので〜!」
そう言い、ピューっと走り去る。
(……マズイ、ドウシヨウ?)
「あの、リンさんや?」
「なにか?」
「い、いえ……」
「別に良いですよ。どうせ、シルク様みたいに可愛くありませんから」
「き、綺麗になったって意味だから!」
「無理しなくても良いですよ」
「嘘じゃない——リンは綺麗だよ」
(……これだけは、嘘じゃない)
「マルス様……ふふ、そうですか」
「ほ、ほら! リンも行こう!」
「はいはい、わかりましたよ」
(ほっ……どうやら、機嫌は直ったようだね)
……口は災いの元って本当だったんだね。
厨房に入ったら、調理開始である。
「何を作るんです?」
「時間もないから、ローストビーフにかけるソースだけ作ろうかと思って」
「ソースですか? あれならありますよ」
「いや、あれとは別物さ」
(そうなんだよなぁ〜この世界には醤油とか味噌はあるし、調味料の類もある。でも、単純なソースしかないみたい)
「マルス様! 僕、見てますねっ!」
「うん、覚えてくれたまえ。これがあれば、肉料理が劇的に美味くなるからね」
「僕は、何を手伝えば良いですか?」
「じゃあ、肉を焼いた時にとっておいた脂を出してくれる?」
「えっ? バイスンのやつですか? 確かに、取っておけって言われましたけど……」
「まあまあ、とりあえず持ってきてよ」
「は、はい!」
シロが持ってきた、肉の旨味が凝縮された入れ物を受け取る。
「まずはフライパンで温めたら……バターを入れて……」
(馬に近いモノだから、そこまで美味しくない。やっぱり、牛に近いバイスンのバターのほうがいいけど……今は仕方ないよね)
「そこに粉を入れて……粉気がなくなったら、赤ワインを入れて……」
「わわっ!?」
「確かに、肉に合うと聞きますが……煮込みとかもありますしね」
「うん、それと似たようなものかもね。ここにはなかったけど、姉さんがお土産で持ってきてくれたから助かったよ。いずれ大量生産して、ここでも飲めるようにしたいね」
(ワインは高級な飲み物だしね……もっと流通させていけば、どんどん値段は下がっていく。いや〜それにしても、まさか貧乏だったのが役立つ日が来るとは)
俺は金がなかったから、安い肉しか買えなかった。
だからせめて、ソースくらいは美味しくしたかった。
ソースなんかも買えば高くつくし、使いきれない。
故に特売日を狙って、激安の赤ワインを買ったり……。
バターの代わりにマーガリンを使ったり……。
今考えると、色々と試行錯誤をしていたなぁ。
「マルス様? どうして泣きそうになってるんです?」
「いや、気にしないで……さて、塩胡椒と水を入れて……とろみがついたら隠し味にハチミツを少しだけ入れて……完成だ」
「これ、なんていうソースですか?」
「グレービーソースって言うんだよ。肉の旨味を凝縮させたソースって感じかな」
(これなら鶏肉にも豚肉にも使える)
ふふふ、夢が広がるね!
その後、姉さんのお付きの人も到着して……。
バイキング形式で、歓迎会の開始である。
「マルス! これは何!? 美味しいわよ!?」
「お、落ち着いて! まだありますから!」
鬼気迫る表情で、ライラ姉さんが迫ってくる。
どうやら、ローストビーフがお気に召したようだ。
「これは何?」
「ソースですね、肉によく合いますよ」
シルクとリンと姉さんに、ソースを差し出す。
見たことないので、少し様子見をしてたらしい。
「どれどれ……濃厚な肉の旨味? これと、ほんのりと上品な甘さ ……王宮でも食べたことないわ……」
「私も経験がございませんわ……肉の味が何倍にも引き出されていますし」
「もぐもぐ……美味しいですね」
あまりに美味しいのか、皆がしみじみとしている。
(ふふふ、隠し味にハチミツは大正解だったね)
「うめぇ! 口の中が肉の味で溢れやがる!」
「ライルさん! オレの分がなくなっちまうよ!」
「レオよ、野生では食事は戦いだ。覚えておくと良い」
「ベア!? オレの皿から取るなよ!?」
どうやら、兄さん達もお気に召したようだ。
「その……マルス殿」
「我々まで、この場で頂いてよろしいのですか……?」
ヨルさんとマックスさんが、恐る恐る聞いてくる。
さっきから静かだとは思っていたけど……。
「どうしたの?」
「い、いえ……場違い感がありまして……」
「マルス様やライル様は、何というか気さくな方なので慣れましたが……」
「ライラ様は、まさしく王族といった感じで……」
「シルク様がいることで、あそこだけ世界が違いますよ」
「輝いているというか……」
俺は視線を向けてみるが……どう見ても、ほんわか仲良くしているようにしか見えない。
(……なるほど、そういうことかぁ。平民である彼らからすれば、天上人だもんね。男の俺達ならまだしも……姉さんは女性だし、客観的に見て美女だしねー)
逆にレオやベアはわからないから、意外と平気で接しているけどね。
「二人とも、ついてきて」
二人を連れて、姉さんの元に行く。
「姉さん」
「あら、どうしたの?」
「この二人が挨拶したいってさ。俺、この二人にはすごくお世話になってるんだ。ヨルさんはね、ずっと前からいる人なんだ。平民だけど、ここの兵士達のまとめ役をしてるんだよ。
もう一人はマックスさんで、その副官って感じかな」
「は、初めまして! ご挨拶もせずに申し訳ありませんでした!」
「よ、よろしくお願いします!」
「ふふ、緊張しなくて良いわ。マルスが世話になったみたいで……ただの姉としてお礼を言わせてくださいね、ありがとう」
「「は、はいっ!!」」
……まあ、慣れるまで時間がかかるのは仕方ないよね。
さて……なんだか賑やかになってきたけど。
明日から、忙しくなりそうだ。
……スローライフは何処へ?
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