43話 思い出す日々

 ……あれ?


 ……昔の夢かぁ。


 神童と呼ばれ……でも、すぐに呼ばれなくなり……。


 まだ、前世の記憶もなくて……。


 そういえば、いつも理由もなくダラダラしてたっけ……。


 今なら、その意味はわかるけどね……。






「マルス〜!」

「はい! ライラ姉さん!」

「あら、こんなところにいたのね」


 小さい頃、俺はよく城のあちこちでお昼寝をしていた。

 そんな時、いつもライラ姉さんが心配して探しに来てくれた。


「うん!」

「ダメよ、勝手に動いちゃ。貴方は王子なんだから」

「別に平気だよ。誰も、僕には期待してないからね」

「マルス……もう、仕方のない子ね」


 そうだった……俺は当時から、達観していた。

 神童と呼ばれて調子に乗ることもなく……。

 かといって、腐るわけでもなく……。

 ただ、ダラダラしなきゃという強迫観念に囚われていた。

 それが、前世の想いということだったんだろう。


「姉さんは、どうして怒らないの?」

「うーん、そうねぇ……マルスが可愛いからよ」

「じゃあ、僕が可愛くなかったら嫌い?」

「ううん、そんなことないわ。そうね、マルスが人を傷つけないからかしら」

「だって、痛いのは……辛いのは、可哀想だもん」

「ふふ、そうね。貴方は、優しい子に育ってくれたわ。私……いや、私たちはそれで充分なのよ。あとは、貴方が元気でいてくれればいいのよ」

「そうなの? ロイス兄さんは、いつも怒ってばかりだよ?」

「ふふ、それもいずれ分かるわ……大丈夫よ、お兄様も——マルスを愛しているから」


 いつも姉さんは、そう言って微笑んでくれた。

 あまり母さんの顔も覚えていない俺にとっては、唯一甘えられる存在だった。

 もちろん叱られることもあったけど、最後には甘えさせてくれた。

 そして今思えば……前世から含めてもそうだったんだろう。

 ずっと……甘えたかったのかもしれない。

 俺は親に捨てられ、孤児として生きてきたのだから……。


(……記憶を思い出した今、何となく思うことがある)


 俺が兄さんたちや、姉さんの前でダメな自分を見せること……。

 ダラダラしたいという気持ちに、嘘はないと思う。

 けど……その中に、

 自分がどんなになっても、家族達が愛してくれるのかと……。

 ……今となっては分からないけどね。








 ……うぅ……。


「あっ、気がついたかしら?」

「……姉さん」


 ……どうやら、姉さんに膝枕をされていたようだ。

 ここは……俺の執務室……よく見れば、みんなもいるね。


「ご、ごめんなさいね。つい、興奮しちゃって……」

「ううん、良いよ。姉さんが、魔法バカなのは知ってたし」

「まあ、失礼ね。私は、マルスバカよ」

「うん、それも知ってる……姉さん」

「なぁに?」


(今思えば……姉さんは、俺に母性を与えてくれた。経験がないからわからないけど、多分……この感情がそうなんだと思う)


「ありがとね」

「へっ?」

「小さい頃から、俺を可愛がってくれて。俺、姉さんがいたから寂しくなかったよ?」

「マルス……そんなことないわ……貴方がいて寂しくなかったのは私の方よ」

「泣かないでよ」

「ふふ、いいじゃない……こんなに嬉しいもの」


 すると……まだ傷跡が残っているライル兄さんが近づいてくる。


「おい? ここにお前のために体を張った兄がいるんだが?」

「でも、最後は見捨てたよ?」

「ぐぬぬ……」

「冗談だよ。ライル兄さんも、ありがとう。俺の遊び相手になってくれて」

「……ふん、当たり前だろうが」

「わわっ!?」


 膝をついて、頭をゴシゴシされた。

 すると、すかさず、拳骨が飛ぶ——兄さんの頭に。


「いてえよ!」

「うるさいわよ! マルスの可愛い頭に傷がついたらどうするのよ!?」

「いや、さっきマルスを吹っ飛ばしたのは……」

「なに? 文句あるの?」

「い、いえ……ナンデモナイテス」

「マルス、ごめんなさいね、痛かったわよね」

「お、俺は平気だよ」

「おかしいなぁ……俺も弟なんだが?」

「アンタは可愛くない」

「ひでぇ」


(……この感じ、懐かしいなぁ。二人が働くようになって……兄さんが国王になってからは、こういうのも減っていった。そのかわりにリンとシルクが励ましてくれたけど……やっぱり、少し寂しかったんだよね)


「あはは!」

「マルス? ほら! アンタがぶつから!」

「はぁ!? ちげえし! 姉貴が魔法で吹っ飛ばしたからだろ!?」

「あぁー……ごめんね、二人とも。大丈夫……少し昔を思い出したんだ」

「そういえば……久々ね、アンタを殴るのも。それに会うのも」

「……まあよ。俺は殴られたくなかったがな。というか、何で俺は魔法を食らったんだ?」

「だって、アンタが私の顔を見るなり逃げ出すからよ。そのせいで、無実の獣人を傷つけちゃったわ」


 俺が視線を向けると……シルクが二人を治療していた。

 その横では、リンが俺を優しい目で見つめている。


「二人とも、姉さんがごめんね」

「いや、気にするでない。俺が早とちりをしてしまった」

「ボス、オレもだぜ。ライルさんが一所懸命逃げながら『狙いはマルスか!?』なんて言ってからよ」

「そうなのよ、それでマルスを守ろうとしたらしいのよ。つまり、全てこいつが悪いのよ」

「ふふ、そうですわね」

「ええ、間違いないですね」

「へいへい、俺が悪かったよ」


(……楽しいなぁ)


 新しい仲間と、リンとシルク……。


 兄さんと姉さんがいて……。


 記憶を思い出してから、なおさら思う。


 素敵な家族がいて良かったなって。

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