外伝~ライルの決意~

 ……あのマルスがねぇ。


 俺は午前中に剣を振るいつつ、ここ数日のことを思い出す。


 ここに来てから驚くことばかりだ。


 全然進んでないだろうと思って来てみれば……。


 すでに、俺が聞いていた都市とは違うものだった。


 通りを通ってみればゴミは落ちていないし、臭い匂いなんかもしない。


 街行く人には笑顔のやつが多い。


 奴隷ですら、悲壮感に溢れた顔はしていなかった。



「まあ、怠け者だが優しい奴だというのは知っていた。だから、ここまではそこまで驚いてはいないが……」


(知らない料理の数々、お風呂や経済のこと……俺と一緒に勉強を嫌がっていたくせにな。ん? ……よく考えてみると、確かに本だけは読んでいたな)


「そういや王族だけが入れる書庫に篭って、よく叱られていたな。いつまでも入ってるなって……クク、懐かしいぜ」


(そこで独学で学んだということなのかもしれん。そして、下手に知識を晒すと危険だと自己判断したか?)


「あいつは優しい子だからな……きっと、兄弟間で争いになるのを嫌がったんだろう」


(何より、問題はあの魔法だ。最初見た時は、目を疑った……あんな威力の魔法は、ライラ姉さん以外に見たことがない)


「あいつが、隠すわけだな。生まれた時神童と言われていたマルスが、あんな魔法を使えると最初から知れ渡っていたら……俺たち兄弟の関係性は変わっていただろう」






 一汗かいた俺は風呂に入った後、暖炉の近くのベンチに座る。


「ふぅ、良い汗かいたぜ。やっぱり、なまってんな」


(俺は王族であるゆえに、戦うことは少ない。この王国の誰よりも強いのにだ。俺が前線や魔の森に行けば、他の奴より役に立つっていうのに。あの頭の固い馬鹿大臣共が邪魔しやがる。だったら、兄貴の結婚の邪魔をするなって話だ)


「ようやく、結婚もしたし……これで、少しは自由に動けると思うが」


(それでも、連れてきた奴らはうるせえし。とりあえず、出来るだけここにいて、身体を鍛えなおさねえと……いざ戦いになってからでは遅い)


「ふぁ……真面目なことなんか考えてたらねみいな……少し寝るか」









 ……これは、昔の夢か?


 小さいマルスと俺がいるな……。


「兄さん!」

「どうした? マルス」

「僕はもう嫌です! 勉強も魔法の稽古も武道の稽古も!」

「おいおい、武道くらいはやろうぜ?」

「えぇ〜めんどくさいです」

「ハハッ! 相変わらずだな!」

「だって、だらだらしたいですもん」

「なんでだ?」

「うーん……わからないですけど」

「それじゃあ、兄貴は納得しないぜ?」

「むぅ……」


 そうだ……こうしてよく勉強から逃げ出していた。

 そして、木の上に登って……二人で話をしていたな。

 俺とマルスは変わり者同士で、よほど気が合ったのだろう。

 二人とも、問題児扱いをされてきたしな。


「マルス〜!」

「マルス! 出てこい!」

「げげっ……ロイス兄さんとライラ姉さんだ……!」

「おーい! マルスならここだぜ!」

「ちょっと!? ライル兄さん!? 裏切るの!?」

「ハハッ! すまんな、マルス。俺も、二人には逆らえん」

「ぐぬぬ……おのれ、ブルータスめ!」

「いや、俺の名前はライルだが?」

「あれ……? 今、なんで出てきたんだろう?」


 こいつは、時折不思議なこと言う奴だった。

 自分でも意味がわかっていないようなことを……。

 それもあって、変人扱いされてたっけな。



 マルスは仕方ないって表情で、木から降りていく。


 そして、いつも通り兄貴に叱られる。


「マルス!」

「ご、ごめんなさい!」

「まあまあ、兄さん。いいじゃないの」

「姉さん!」


 マルスはいつものように、ライラ姉さんの後ろに隠れる。


「まったく! お前はマルスに甘すぎる!」

「だって可愛いもの。兄さんは煩いし、ライルは可愛くないし」

「悪かったですね、可愛くなくて」

「ほんとよ、図体ばかりでかくなって」

「僕はライル兄さんかっこいいと思います!」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるな。しかし、その手には乗らん。大人しく兄貴に叱られるんだな?」

「ぐぬぬ……」

「ライル、お前もだぞ? 勝手に抜け出しおって……」

「げっ……」

「ヘヘーン! ざまぁみろ!」

「「マルス!」」

「姉さん! 助けて!」

「あらあら、仕方ないわね」


 ……そうだ、いつもこんな感じで過ごしていたな。

 まだ俺も騎士団に入ってなく、姉さんも宮廷魔導師でもなく、兄貴も即位する前だった。

 まだ幼いマルスを囲んで、四人で過ごしていた……いい思い出だ。

 そして……三人で誓ったんだ。

 俺達三人は、両親の顔や愛情を覚えている。

 しかし、マルスはほとんど覚えていない。

 だから、俺達で愛情を注いでやろうって……そう決めたんだ。

 兄貴は厳しくし、俺が遊び相手になり、姉さんが甘やかすと。








「さん……兄さん!」

「……あん?」

「風邪ひきますよ?」


 目の前にはマルスがいて、俺の髪を乾かしている。


「おっと、すまねえな。つい眠くてよ」

「まあ、気持ちはわかりますよ。でも、いくら脳筋の兄さんでも風邪ひきますからね?」

「脳筋言うなよ。全く……生意気になって」


 俺は昔みたいに、マルスの頭を小突く。


「イテッ……兄さんこそ、相変わらずですね。豪快で、無神経で、がさつで……」

「おい?」

「でも……いつでも、俺と遊んでくれましたね……優しい兄さんです」

「マルス……」

「ら、らしくないこと言いましたね! さあ、お昼ご飯を食べよう!」

「クク……ああ、そうだな」


(今のマルスだと……このままでは、何やら騒動を起こしそうだな)


 仕方ない、兄として……付き合ってやるとするか。


 それが、次兄である俺の役目だからだ。

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