第36話 文官の長はツンデレ

 ……人生とはままならないものである。


 そんな台詞を前の世界でも聞いたような気がするなぁ。


 オーレンさんが帰り、一夜明けて……俺は物思いにふけたかったが……。


「マルス様! 聞いてますの!?」

「は、はいっ!」


 そう言うわけには行かないようです。

 はい、ただ今シルクに叱られています!

 昨日、格好いいところ見せようとしたばかりなのに……。

 やっぱり、ままならないものだね。


「全く! リン! 貴女も悪いですわっ!」

「す、すみません」

「おいおい、シルク嬢、そんなに怒鳴る……」

「ライル様は黙っていてください」

「いや、俺一応王族……」

「庭に出て稽古でもしててください。まだ、お話は終わってませんから」

「お、おう……」


 ライル兄上が肩を落として、部屋から出て行った。


弱っ!? 兄上弱っ!? いや、この場合はシルクが強すぎるのか。


「さて……マルス様? 何故、怒られているかわかりますか?」

「えっと……俺がお金を使いすぎたから?」


 俺は、領主の館にあったお金をほとんど使ってしまった。

 獣人達の家作りや、館の増築、住民とほ宴や、民への一時的な税金の免除などに。


「いえ、それ自体は必要であったと思いますわ。ですが、マルス様は無給で働いているし、リンもお給料貰ってないって言うし……お父様が、昨日言ってはいましたが……まさか、ここまでなんて……」

「でも、貰っても使い道ないし……。それに、まだ来たばっかりだし……」

「私は、マルス様の側に好きでいるだけですので……」

「はぁ……それじゃ、ダメですわ。トップがしっかり貰わないと、下の者が報酬を受け取り辛くなりますから」


……あぁー、なるほど。言われてみたらその通りかも。

というか、前世でも聞いたことあるような……。


「ヨルさんの給料はどうなってますか?」


「こ、今月は貰ってません。しかし今月に限っては、それでも良いと我々は納得しております。マルス様のおかげで、暖かいご飯と、温かいお風呂、温かい寝床につくことが出来るのですから」


「ダメですわ。獣人も人も、働いたなら対価が必要です。そして、役職に見合った報酬が支払われるべきなのです。何より、全員が納得しているわけではないでしょう。人によっては、不満に感じる者もいます。それは、溜まっていけば……良くないですね?」


「な、なるほど……すみません、私も平民出身の兵士でして、そういうことには疎くて」


「いえ、仕方のないことですわ。国王陛下が、文官なども引き下げたと仰ってましたし。リンはそういう教育は受けてませんし……マルス様?」


「お、俺は、ほら、サボってたし……ご、ごめんなさい!」


そうだよなぁ……全然気が回ってなかった。

前世の時、俺だってサービス残業とか給与の未払いとか嫌だったよなぁ。

すっかり、忘れてたよなぁ……反省しないと。


「まあ……色々とそれどころじゃない理由もありましたし、こちらにきてからも苦労してますから……この辺で許して差し上げますわ。それに国王陛下から、お金を預かっております。それがあれば、しばらくは平気ですわ」


「ほっ……ロイス兄さん、ありがとう」


「そうですわね……マルス様、私を文官の長に任命してくださいますか?」


「へっ?」


「私は、王族に嫁ぐ娘としての教育とは別に、お父様から領地経営を学んでおります。本職

と同じというわけにはいかないですが、ここでの私の仕事かと思いますわ」


なるほど……シルクなら真面目だから不正とは無縁だ。

お金の感覚もしっかりしてるし、何より……うん、それが一番だよね。


「じゃあ、シルクにお願いしようかな。俺はシルクを信頼してるからね」


「そ、そうですか……コホン! ではその仕事、私が承りますわ」


「うん、よろしくね」


「そ、それでですね……お、怒ってませんから」


「えっ?」


「き、厳しく言ってしまいましたが……」


 シルクは、何やらモジモジして俯いてしまった。

 すると、真横にいるリンから小突かれる。

 そして、耳元で囁く。


「マルス様、シルク様に優しい言葉を言ってあげてください」

「えっ?」

「どうやら、きついことを言ったと気にしてる様子です」


ふむ、そういうことか……リンえもんは頼りになるなぁ。


「シルク」


「は、はぃ……」


「ありがとね、俺のために厳しく言ってくれて」


「……口うるさい、嫌な女って思いませんか?」


「ううん、そんなことないよ。俺がしっかりしてない分、シルクがしっかりしてて助かるよ。これからも、よろしくね」


「し、仕方ありませんわね……えへへ、まるで……夫を支える妻のようです」


「えっ? 最後、なんて言ったの?」


なんか両手を頬に当てて、めっちゃモジモジしてるけど……。


「マルス様、シルク様は……」


「リ、リン! 言っちゃダメですわ!」


「ふふ、仕方ありませんね」


「もう! 相変わらず耳が良いんだから!」


 シルクはリンを引っ張って、奥の方に行ってしまう。


……俺には聞こえないけど、獣人であるリンには聞こえたらしい。

一体、何だったんだろう?


「まあ、二人が仲良いならいいか。ヨルさん、ごめんね。俺が色々と気付くべきだったね」


「い、いえ! 私の方こそ、申し訳ありません」


「もう一度言うけど、俺はそんなに大した人間じゃないから。だから色々間違うし、抜けてるところもあるから。なんでも、遠慮なく言ってね」


「マルス様……はい、畏まりました」


 すると、二人が戻ってくる。


「シルク」


「は、はい?」


「何かして欲しい事はある?」


「ふえっ?」


「いや、シルクばかりに負担が行っちゃうからさ。俺にできる事であれば、なんでも言ってよ」


「べ、別に私は……リン?」


 リンが何やら耳打ちをして……。


「そ、そうですか? ええと、あのぅ……」


「うん、何かな?」


「き、昨日のアレが良いです……」


「うん?」


「か、髪を乾かすやつですわ!」


「ああ、あれね。いずれ、シルク専属の人に教えるつも」


「マルス様がやってくださいっ!」


「えっ? いや、別に良いけど……」


「マルス様が良いのですわ!」


「わ、わかったよ」


「えへへ、嬉しいです」


そんなに喜ぶ事なのかな? まあ、いいか。俺もシルクの髪触るの気持ち良いし。


 さて……これで兵士の長と、文官の長が出来た。


 シルクは頼りになる子だし、これで俺も自由に動けそうだね。


 ……あれー? いつになったらのんびりできるの?


 ……でも、シルクにはカッコいいところ見せたいし。


 というか、下手こいたらオーレンさんが怖いし……。


 ぐぬぬ……おのれ——スローライフ! 待ってろよ! 必ず行くからなっ!

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