第30話~シルク、マルスに……~
ふふ、マルス様は喜んでくれるかしら?
お父様を急かして、少し早めに出ることができましたし。
もうすぐ、マルス様がいる辺境都市バーバラに到着しますわっ!
「お父様! まだかしら!?」
「おいおい、そんなに慌てるんじゃない。淑女たるもの、いついかなる時もお淑やかにだ」
「ご、ごめんなさい」
「まあ、オーレン殿。大目に見てあげましょうや」
「これは、ライル様。しかしですな……」
「俺だって楽しみで仕方がないんだ。婚約者のシルク嬢がはしゃぐのも無理はない」
「ふむ……シルク、ほどほどにな」
「は、はいっ。ライル様、ありがとうございます」
「いいってことよ。俺にとっても、シルク嬢は可愛い妹分だからよ。何より、ゼノスの奴にも頼まれてるしな」
ライル様も、私を妹のように可愛がってくださいます。
きっと、親友であるお兄様と仲が良いことも理由なのでしょう。
今回も、こうして護衛としてついてきてくださいましたし。
……もちろん、マルス様の視察のついでにですけど。
そして……ようやく到着します。
ライル様が馬車から降りて、兵士さんに近づきます。
「ここは、辺境都市バーバラ……王家の紋章!?」
「おう、王族のライルだ。通って良いか?」
「も、もちろんですっ! 誰が! ヨル様にお伝えしろ!」
「さて、どうすれば良い?」
「で、では、領主の館までご案内いたしますので、先導させていただきます」
「ああ、頼む。お前の名は?」
「マ、マックスと申します!」
「わかった、よろしく頼む」
マックスと名乗る方に先導され、馬車のまま街を進んでいきます。
そして馬車の中から、景色を眺めていると……。
「むっ?」
「お父様?」
「……獣人の顔つきが違う気がする」
「ほ、ほんとですわ……」
道を行く獣人は背筋が伸びて、しっかり前を向いています。
普通なら猫背で、覇気のない姿なのですけど……。
その後も……。
「ほれ、休憩時間だ。飯も用意してある」
「あ、ありがとうございます!」
「べ、別に良い。その代わり、しっかり働いてくれよ?」
「はいっ!」
それは、王都ではあり得ない光景でした。
「ほう? 奴隷の扱いが上手いな。そう、本来はそうするべきなのだ」
「お父様も、近いことをなさってますものね?」
「まあな……しかし、中々難しい。特権階級の者が、利権を手放そうとしないからな。私が侯爵とはいえ、何でもかんでも好きに出来るわけではない。それに長年にわたるモノを変えるのは困難だ」
「ええ、わかってますわ」
その後も……。
「そもそも、辺境の割には活気があるな……屋台なども出ている。食糧難なはずなのだが……」
「それに、皆の顔色も良いですわ。何より……笑顔です」
「ああ、そうだ。こんな場所にいるのに、人族も獣人族も笑顔の者が多い」
「子供達も、元気に走り回って……お、お父様!」
「こら、そんなに前に乗り出すんじゃ……なに?」
その公園では、獣人の子供と人族の子供が遊んでいました。
それも、対等に近い形で……。
さらに進んでいくと……。
「これはどっちだ!?」
「こっちに頼む! いや、一緒にやる!」
「た、助かる」
「なに、気にするな。またマルス様に怒られちまうよ」
人族と獣人族が協力しあって、荷物を運んだり、何やら作業を行っています。
何より、今……マルス様の名前が。
「……これをマルス様が?」
「そ、そうですわよっ! きっと!」
「ふむ……」
きっと、マルス様が何かをしたに違いないわっ!
しかし、お父様は黙りこんでしまい、何やら考え事をしております。
そして、大きな館の前で馬車が停車します。
すぐに足音が聞こえて、男性の方が走ってきます。
「ゼェ、ゼェ……おまたせいたしました」
「お前が、ここの責任者か?」
「はい、私が兵士を統括しておりますヨルと申します」
「ほう? 平民上がりか?」
「ええ、そうです。この僻地には、貴族様は誰も来たがらないので」
「なるほどねぇ、マルスが来た時に変わらなかったのか? 一応、文官やら何やらを引き下げたはずなんだが……」
「マルス様は有難いことに、私を引き続き任命してくださいました」
「ほう? いやすまん、他意はないんだ。マルスが認めたなら、人柄に問題はないのだろうよ。ところで、肝心のマルスは?」
「ただいま、魔の森の中に行っていまして……」
「なに!? あんな危険なところにか!? お前は何をしている!?」
「い、いえっ! これはマルス様が……」
「えっ!? マルス様が危険な場所に!?」
いてもたってもいられず、私は馬車から飛び降ります!
「ど、どういうことですの!?」
「えっと……貴女様は?」
「こ、婚約者のシルクと申します! そ、それで、マルス様は!?」
「しょ、食材を確保するだめ、リン殿達と狩りに行ってまして……」
「なるほど、リンの奴がついてるなら心配ねえか」
「そ、それでも、怪我でもしてたら大変ですわ!」
「それもそうだな。シルク嬢、俺についてこい」
「はいっ! 私が癒しの力で治して差し上げます!」
「ちょっ!? ま、待ってください!」
その方の制止を振り切り、私とライル様は迂回して森の方へ向かいます。
すると……森の方から音が聞こえてきます。
「おっ! あれは……マルスじゃねえか!」
「マ、マルス様! よ、良かった……ご無事で」
すぐに、森からマルス様とリンの姿が見えてきました。
「あ、あれ!? ライル兄さん!? シルクまで!?」
「これは驚きましたね。予想より早かったです」
その後ろからは、大きな物を担いだ獣人達も現れますが……。
マルス様が何か言うと、先に都市の方へと歩いて行きました。
「おう、無事だったか。いや、視察ついでにシルク嬢の護衛で来たぜ」
「ちょっと!? 頭をワシワシしないで!?」
「ははっ! 可愛い弟にあったんだ、良いじゃねえか。それにしても、よくやったな! 街の様子を見てきたぜ! 全く、何をしたんだ?」
「はは……まあ、あとで話すよ」
「ライル様、相変わらずですね。そしてシルク様、お待ちしておりました」
「ああ、リンもご苦労だったな。お前がいれば、弱いマルスでも安全だな」
「……それに関しては、後ほど」
ど、どうしましょう!?
な、何か言わないと……言いたいことがいっぱいあったのに……どうしておいていったのとか……私のこと嫌いになったのとか……。
「やあ、シルク。こんな遠くまでご苦労様」
「マ、マルス様……め、迷惑でしたか?」
「へっ?」
「マルス様、その言い方は良くないですよ? 取り用によっては、拒絶の言葉になってしまいますから」
私は怖くて言葉も出ずに、コクコクと頷くことしかできません。
「あっ、そうか。シルク——」
「マルス様! 何か来ます!」
次の瞬間——森から大きなエイトビーが現れました。
「チッ! なんでこんなところに!? マルス! 俺がやる!」
「いえ、兄上——俺がやる。シルク、俺の後ろから離れないでね?」
「は、はぃ……」
(あ、あれ? マルス様の背中が大きい? それに、自分でやるって?)
「チチチチチィィ——!!」
「きゃっ!?」
「俺の大事な娘を怖がらせるなよ——フレア」
私が目をそらした一瞬、物凄い爆発音が鳴り……。
ゆっくりと振り返ると、一メートル近いエイトビーが真っ黒になっていました。
「シルク、ごめんね。怖かったよね」
「い、いえ……マルス様が守ってくださったのですか?」
「まあ……一応、君の元婚約者だしね。シルク、君に会えて嬉しいよ」
そう言って微笑むマルス様は……私の知る方と違って見えて……何だか、胸がドキドキしてしまいます……。
……どうやら、再び恋に落ちてしまったようですわ。
でも、元って……私は破棄した覚えはありませんから!
もう……今度は逃がしませんからねっ!
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