第26話 飴と鞭って大事!
翌日の朝早くから、早速鍛錬を始める。
そのために、俺たちは敷地内の広場に人を集めたのだが……。
「さ、寒いよぉ〜」
「マ、マルス様っ! どうぞ!」
「シロ、ありがとね……ふぅ、あったまる」
「では、私も……美味しいですね。シロ、よく働いているそうですね?」
「が、頑張ってますっ!」
「では、いよいよ戦いの鍛錬を始めるとしましょう」
「は、はいっ! よろしくお願いします! でも……リンさんみたいになれるかなぁ?」
「シロ、安心しなよ。リンだって、最初は俺よりも弱かったんだから。ガリガリで、戦いなんて出来るような感じじゃなかったんだよ」
本当に力を入れたら折れるかと思ったし……。
多分、本来のリンのポテンシャルはこんなものじゃない。
最強と言われた炎狐族なんだから
。ただ成長期の子供の時に奴隷だったから、それ故に最強というほどではない。
もちろん、この五年で冒険者ランクC級は考えられないらしいけど。
「そ、そうなんですか?」
「違いますと言いたいところですが、概ね間違ってないですね。貴女は、まだまだ若いですから、これからいくらでも強くなれますよ」
「は、はいっ! 頑張りますねっ!」
「リンだって、まだまだ若いから平気だよ。今からでも強くなれると思うよ」
「マルス様……ふふ、ありがとうございます。では、ご期待に添えないとですね」
すると……。
「あ、あのぅ……俺たちは、いつまでこうしていれば?」
「さ、寒い……」
「お、俺もアレ飲みてぇ……」
目の前には、集めた魔法使いたちがいる。
薄着を指定したので、実に寒そうにしているが……。
別に彼らを虐めているわけではない。
「うん、そろそろ良いかな。さて、今日から鍛錬を始めたいと思います!」
「そ、それは良いんですが……」
「はい、まず貴方は?」
「えっと……冒険者ランクD級のヤンといいます。一応、この中では一番歳もランクも上ですので、話し合いでまとめ役になりました」
四十歳くらいかな? くたびれた中年って感じだ。
でも前世の小説では、こういう人が隠れた才能があったりするし……。
ひとまず、やってみないとね。
「では、引き続き宜しくお願いします。さすがに、全員を覚えていられないので」
「は、はぁ……」
「それでは、まずは質問に答えます。何でもどうぞ」
「えっと……何で、こんな朝早くに? それに寒いのに何故屋外なのですか?」
「良い質問です! 皆さんには水魔法の一種である氷魔法を覚えてもらいます。そのためには寒い必要があったからです」
魔法をある程度使えるということは、それなりに裕福だということ。
なので、冬の時期にわざわざ外で鍛錬を積む奴なんかいない。
俺は、それが氷魔法を使えない人が多い原因と考えた。
だから、この朝早い一番寒い時間に人を集めたんだ。
暖かくなる前に、氷魔法を覚えてもらわないとだし。
「こ、氷魔法を……? 寒いといいのですか?」
「魔法とはイメージが大事です。寒い時にこそ、覚えやすいと推測しました」
「……そういえば、氷魔法を使える者は寒い地域からきた人が多かったような」
「へぇ? 良い情報だね。さあ、まずはこれを見て」
全員を一箇所に集め、紙をみせる。
そこには水と書かれた文字が大量にある。
「これは……?」
「ヤンさん、水は何で出来ていますか?」
「はい? ……どういうことですか?」
「では……水よ」
俺の手から、一滴の水が流れる。
「次に……水よ」
今度は、野球ボールほどの水が落ちる。
「どうかな?」
「どうって……あっ——水は水の集合で出来てる?」
「はい、とりあえず正解です。水は一個一個に分かれていると思ってください」
「なるほど……ええ、何となくわかりました」
「そして、水とは氷点下を下回ると、分かれているのがくっつこうとする性質があります」
(流石に水の分子とか説明してもわからないだろうし、難しいけど上手く伝えるしかないよなぁ。俺だって、元々は学のある人じゃないし)
「えっと……寒い時に、私たち人間が集まって固まるような?」
「おっ、良いですね。そのイメージで良いかも」
どうやら、当たりかも。
この人は頭が柔らかそうで、俺よりよっぽど頭が良いかも。
「氷は水が寒さによって固まった物です。魔法を使う際に、冷たい水よりもっと冷たい水を……その水が固まるイメージをして、魔法を使ってみてください」
「……なるほど、ひとまず理解は出来ました。では、あちらで試してみます」
そう言い、他の人を引き連れ、端の方へ歩いていく。
「さて、リンの方は……うん、やってるね」
視線を向けると……模擬剣を持って稽古をしている。
「やぁ!」
シロが斬りかかるが……。
「遅いですね」
簡単に受け止めて、弾き飛ばす。
「わぁ!?」
「腰が引けてますよ。それでは、なにも斬れません」
「で、でも、怪我をしたら?」
「ほう? 私に当てられますか? 良いですよ、当てられるなら」
「むぅ……えいっ!」
……ふむ、懐かしい風景だ。
確か、ライル兄さんと稽古をしてたっけ。
リンとライル兄さんは歳が近く、あんな感じでやってたなぁ。
「ライル兄さん……元気かな? きっと、ロイス兄さんに怒鳴り込んでいるんだろうなぁ」
俺は次兄であるライル兄さんにも、よく可愛がってもらった。
一緒に風呂に入ってふざけたり、ベットで取っ組み合いをしたり……。
当時は何も思わなかったけど、物凄い楽しい時間だった。
兄弟というものを知らない俺からしたら、それは憧れそのものだったから……。
それから、しばらく経つと……。
「す、すみません……魔力切れです」
ヤンさんの後ろには、口も開けないほどに疲弊した者たちがいる。
まあ、そんなにすぐに上手くいくわけないよね。
「ううん、真面目にやってるのは見てたから」
「しかし、これでは……この後の仕事が」
「そこは安心して良いよ。きちんと賃金は払うからさ。あと、みんなこっちに来てもらえる?」
彼らを引き連れ……館と繋がっている、とある建物の前に案内する。
「はい、どうぞ」
「ここは……?」
「まあまあ、入ってよ」
俺が扉を開けて中に入ると……。
「う、うおおおお!」
「す、すげぇ!!」
「風呂だっ!」
そこは脱衣所に繋がっており、奥にはお風呂場がある。
俺が人を雇って増築をさせて、家の中と外からも入れる建物を作ってもらった。
と言っても、前世とは違って、あくまでも簡易的な木造の建物だけどね。
電気工事も給排水工事もいらない分、早く作れるのは良かったけど。
俺は蓋を開けて、中を熱で温める。
「さあ、自由に入って良いよ。ご飯も用意してあるから。あと、早く覚えたものにはボーナスもあるからね」
全員、ポカンとしたあと……。
「あ、ありがとうございます!」
「お、俺! 頑張ります!」
「俺もだっ!」
ふふふ、これぞ飴と鞭ってやつだ。
やっぱり、きちんと真面目に仕事したら報酬を払わないとね。
一部の人を除いて、いきなり出来る人なんていないんだから。
「そういや……前世でも、そうだったなぁ」
頭ごなしに、なんで出来ないんだ!とか怒鳴ったり、使えないから給料減らすとか……。
うん……俺は奴らみたいにはならない。
出来ない人の気持ちは、前世の俺が誰よりも知っているからだ。
そして、翌日の朝……。
「で、出来ましたっ! 出来ましたよっ!」
「お、俺も!」
僅かにだけど、ヤンさんを含む数人が氷を出すことに成功する。
「くそっ! 俺だって!」
「おう! やってやろうぜ!」
また出来てない人もいるが、これなら時間の問題かも。
ふふ〜やっぱり、お風呂と食事が効いたかな? あと、ボーナスも。
ウンウン——飴と鞭って大事だよねっ!
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