第28話 ハチミツが欲しいっ!

 領地にきて約二週間が過ぎて、少しずつ状況も変わってきた。


 俺も少しだけ休む時間も増え、英気を養うことができた。


 というわけで……さて、次は何をしようかなぁ〜。


「家やお風呂を作ったでしょー、狩りに行くパーティーも組んだし、それによって食事事情も改善されてきたし、下位の冒険者達の仕事も増やしたし……高位冒険者たちの意識もマシになったし……」

「でも、まだまだ不満は残ってますよ。見張りの仕事が、いよいよ減ってきたそうです」


 ここ数日になって、奴隷商人達もやっと気づいたらしい。

 見張りは必要だけど、必要以上にはいらないってことを。

 奴隷だってきちんとした生活が送れれば、それでも良いって人は沢山いる。

 そして浮いたお金を、奴隷達の賃金の上昇に使ってくれと言っておいた。

 そうすればいずれ、解放されたい人は自分の力で成し遂げる事もできるだろう。


「そっか、それもあったね。うーん、そろそろ開拓を進めるべきかなぁ」

「そうなると、相当大掛かりになりますね。人を雇っての森を切り開き、建物を建てて拠点を構え、物資の輸送経路の確保……やることが山積みになりますね」

「もちろん、すぐには無理だろうけどね。まあ、最初の段階は俺の魔法でどうにかするよ。最近、制御にも慣れてきたしね」


 あまりのチートに振り回されそうになったけど、ようやく落ち着いてきた。

 ここ数日間に時間ができたから、その調整に時間を費やしてたし。

 まあ……興奮すると、間違えそうになるけど。


「そうですね、働いてもらいましょう」

「……言うんじゃなかった」

「ふふ、もう遅いですよ?」

「はぁ……仕方ないか。これも、俺が気兼ねなくスローライフを送るためだ」


 もう、俺一人ならグータラすることは可能だ。

 でも、俺の神経はそこまで図太くない。

 何せ、前世の記憶が蘇った今、俺の感覚は小市民だ。

 流石に死にそうになっている人たちを尻目に、一人だけダラダラすることは出来ない。


「では、何から始めましょうか?」

「ハチミツかな」

「……はっ?」

「こ、怖い顔しないでよ。コホン! これには重大な理由があるんです」

「へぇ? 聞かせてもらいましょう」

「ハチミツにはね、色々な栄養が豊富に含まれてるんだ。身体の中の調子や、肌の具合なんかも良くなるしね。女性の美容にも良いんだよ」

「へぇ、そうなんですか。す、少し気になりますね」


 ふふ、リンもやはり女の子だね。

 尻尾がフリフリしてるのを隠しきれてないよね。


「でしょ? 色々な料理にも使えるし、集めた方が良いと思うんだ。何よりハチミツを溶かした飲み物とかは、身体をよく暖めるんだよ。これから寒くなるし、絶対に必要だと思う」

「なるほど、それならば許可しましょう」


 ふふ〜何より、ハチミツがあれば色々出来るぞ〜。

 肉を柔らかく仕上げることもできるし、砂糖の代わりにもなる。

 何より、フレンチトースト……っ! それだっ!


「牛乳がないっ!」

「へっ? ……乳のことですか?」

「うん! そうだよっ!」

「えっと……どういう意味ですか? ホルスの乳ならありますが……」

「あれも不味くはないんだけどねぇ……バイスンの乳が欲しいんだ」


 前世を思い出した今、馬乳より慣れ親しんだあの味が良い。

 いや、元の味と一緒かはわからないけどね。


「バイスンからですか……至難の業ですね」

「やっぱり、そうだよねぇ〜まあ、一応考えはあるからさ」

「そうなんですか……まあ、マルス様にお任せしますよ」


 まあ、ひとまず置いといて……まずは行きます!


 





 というわけで……。


「ベア〜!!」

「むっ?」

「ボス?」


 庭で組手をしているベアとレオの元に行く。


「さあ! 行こう! 今すぐ行こう!」

「マルス様、落ち着いてください。二人が戸惑ってますから」

「おっと……ベア、君の出番だよ。早速、ハチミツを探しに行こう」

「へっ? ……ああ! もちろんだっ!」

「おお……ベアが声を荒げるところなんか初めて見たぞ」






 ベアとレオ、ラビとリンを連れて、森の探索に出かける。

 シロは、俺たちの昼飯を作って待ってるそうだ。


「では、行くとしますか」


 レオとベアの間に、ラビが挟まれる。

 その姿は、どう見ても捕食される未来しか見えないが……。

 実際には……。


「よ、よろしくお願いしましゅ!」

「おう! 任せとけ! お前は匂いや音に専念しな!」

「ああ、守りは任せると良い。ハチミツだけは、俺が探っておこう」

「は、はいっ!」


 といった感じで、なんとも微笑ましい光景である。


「ふふ、これでマルス様の守りに専念できますね」


 リンは余裕もあって、何やら嬉しそうな様子だ。

 そっか……二人前衛ができたことで、リンの負担が減ったのか。


「リン、頼りにしてるからね?」

「ええ、お任せを。貴方を守るのは、本来私の仕事です」





 ……うん、本当に楽だね。


 ゴブリンやオーク程度では、相手にならないね。


「オラァ!」

「ふんっ!」


 それぞれ徒手空拳のみで、敵を一撃で仕留めていく。


「これが、本来の姿か……獅子族や熊族の」

「ええ、単純な力では最強の一角ですね。もちろん、一対一の戦いなら、私が負けることはありませんが」



 そして、ある程度進んでいくと……。


「主人よ、近いぞ」

「えっ? まさか……」

「ああ、こっちだ」




 大人しくベアの後をついていくが……。


「マルス様、止まってください……!」

「どうしたの……うげぇ、気持ち悪い」

「数が多いな……」

「姐さん、どうしやす?」

「アントの大群ですか……」


 まさしく、アリの大群って感じだな……一匹の大きさは桁違いだけど。

 大体三十センチくらいある上に、一列に並んで行軍している。

 あの数に襲われたら……考えたくもないなぁ。


「マルス様、迂回します。強さはそれほどでもないですが、一匹を殺すと全員で襲いかかってきます。何より、食材にはならないですし」

「ねえねえ、奴らは食材になる魔獣を食べちゃうのかな?」

「ええ、そうです。小さい魔獣やブルズ程度なら」


 前世でもアリは害虫ってわけじゃないけど、場合によっては駆除対象だ。

 何より貴重な食材を食べてしまうなら……。


「ベア、この先にあるんだね?」

「ああ、間違いない」

「みんな、少し離れて」

「私は離れません」

「強情だなぁ……わかった。じゃあ、三人は下がって」


 三人が下がったのを確認して……。


「ギギギ!」

「キギ!」

「キキキ!」


 草むらから、アントが俺の目の前を通るのを待ち……。


俺はハチミツが欲しいんだァァァ!アースニードル


 ズガガガガと地面から槍が飛び出し、アントを串刺しにしていく!


「……恐ろしい威力ですね」

「ふふふ、俺のスローライフを邪魔するものは排除します」

「なんと……」

「ハハッ! ボスは凄いぜっ!」

「うわぁ……あんなにいたのに、一匹もいなくなっちゃった」

「さあ、ベア。ハチミツはどこだい?」

「あ、ああ……頼り甲斐のある主人だな」




 その後、さらに進んでいくと……。


「あれだ……」

「なんか、でっかい蜂がいるけど? ていうか……でかい」


 視線の先には、どでかい蜂の巣があり……。


 その周りを、手のひらサイズの蜂が飛び回っている。


 どうやら、簡単には手に入らなそうだね……。

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