第20話 身も心もあったまる

 ふふふ〜これで、鶏肉が食えるぞ〜。


 揚げて良し、煮て良し、焼いて良し、蒸してよし、と素晴らしい素材だ。


 何より、前世の俺はブラック企業に勤める三十五歳のおっさん。


 給料に優しいお値段、そのバリエーションの豊富さに、俺がどれだけ救われたか……。


 さらに十代や二十代と違って、三十を過ぎてから、その旨さに気づいた。


 個人的には食べやすく、飽きがこない食材だと思っている。


 さて……どんな風にして食べてやろうかな〜。





「……さま! マルス様!」

「うん? どうしたの?」


 隣にリンがいて、俺を揺さぶっている。


「どうしたの?じゃないですよ。よだれ出てますよ?」

「はっ! いけない! ゲルバは無事!?」

「ええ、平気ですよ。いきなり放った時は驚きましたが、素晴らしいコントロールでしたからね」


 視線の先には、きちんと無傷のゲルバがいる。


「ほっ、加減を間違えなくて良かったぁ」


 つい興奮して、上級魔法を放ってしまったし……気をつけないとね。





 その後は、一度帰還することにする。

 食材も手に入ったし、木材も手に入った。

 何より、早く帰らないとお昼ご飯に間に合わない。


「レオ! 君だけでブルズを二頭担いで先に行ってて!」

「しかし、オレがいないと獣人達が……」

「レオ、安心してくれ。俺が代わりを勤めよう」

「ベア、お前なら安心だが……良いのか?」

「ああ、お前の言う通りだった。彼は信頼たる人物のようだ。我々すら恐れるあのトロールを前にして、恐れもせずに立ち向かい、犠牲が出ないように自らの手で倒した。その強さではなく、その心意気を気に入った」


 ……どうしよう? ただ鳥だァァァ!って思って、魔法をぶっ放しただけなんだけど?


「そうかっ! お前もわかってくれたかっ! ハハッ! 良かったぜっ! お前とは仲良くしたかったからな!」

「うむ。すまなかった。お前を一瞬でも裏切り者と思ったことを許してくれ」

「もちろんだっ! マルス様!」

「は、はい?」


 ど、どうしよう!? 熱くてついていけない!


「こいつを、オレの代わりの指揮官にお願いします。その強さと実直さは保証します」

「マルス様、私からも推薦します。実は彼、一度スカウトしたんですけど……断られてしまいまして」


 なるほど、それでレオとの会話に繋がるのか。


「うん、わかった。二人が言うなら間違いないね。ベアだっけ? よろしくね」

「うむ、よろしく頼む」






 そして先にレオを帰し、ゆっくりと帰ることにする。


 そのついでに、彼と話をすることにした。


「ベアは名前があるんだね?」

「うむ、俺は捕まる前に母に名付けられた。しかし、母と共に捕まってしまった。母は死に、俺は人族を憎んだ……故に、そこにいる炎狐族の女に誘われた時も断った」

「ベアさんはですね、レオさんと一緒の扱いを受けてまして……仲が良かったそうです」

「なるほどね。ところで、リンは何故敬語?」

「一応、歳上ですからね。それに彼は熊族です……その強さは折り紙つきで、本来なら人族に捕まるような存在ではありません」

「そうなんだ……でも、獣人ってイマイチ年齢がわからないよね」

「人族は分かりやすいですよね。我々は奴隷なので、わかり辛いですが……それぞれの感覚では私が二十歳、彼が二十三歳、レオが十八歳、シロは十三歳、ラビは十歳です」

「ふむふむ……うん、覚えたよ」


 熊族かぁ……王都にはいなかったし、珍しいんだろうな。

 元々の個体数が少ないのかも。

 それより気になるのは……アレだよね。


「ねえねえ、ハチミツは好き?」

「……何故、それを? 人族には、教えていないのに」

「ベアさん、マルス様は変わり者で、昔の文献とかも読んでましたから」

「そうそう。それで、場所とかわかったりする?」

「近くにあれば、身体が反応するはずだ」


 よしっ! さすがくまさんだっ! これで、手に入るかも!

 どこの世界でも、ハチミツは高級食材だ。

 そして、とても栄養価も高い。

 何より、様々な素材の味を引き出すことが出来る。


「じゃあ、今度一緒に探索に出てくれる?」

「……俺にもくれるのか?」

「うん、もちろん」

「わかった……楽しみにしてる」


 ふふふ、良いこと続きだ! 鶏肉に続いてハチミツも手に入るかもしれない!





 そして、木を運搬しつつ……無事に都市へと帰還する。


 館の方に行くと……。


「おっ、始まってるね」


 女性の方々が忙しなく動いて、鍋をよそったり、皿に料理を盛っている。


「皆さん! 順番に並んで!」

「安心しろ! マルス様は我々にもくださる! だから落ちついて食べろ!」


 押し寄せる人々を、ヨルさんが……獣人達をレオが抑えている。


「……これが、お主のやり方か?」

「うん? まあね、お腹が空いて辛いのは人も獣人も同じだから」

「俺は人族が憎い」

「うん、そうだと思う」

「だが、この先の同胞を巻き込むつもりもない」

「そう……」

「故に、ひとまずは我慢する。そして、俺もお主の力になる。それが、同胞を助けることになるのなら」

「そっか、ありがとね。うん、そのつもりだよ。じゃあ、よろしくね」

「ああ、こちらこそ頼む」

「テレレレッテッテレー!」

「……なんだ?」

「ベアさん、無視して良いです。マルス様は頭のおかしい方ですから」

「そうか、何とかは紙一重というやつか」


 誰がバカだよ! まあ、良いけどさ。


 その後は、俺たちも一緒になって食事を取り……。


 リンと並んで、人族と獣人族達が食べるのを眺める。


「うめぇ! うめぇよぉ!」

「おいおい! 泣くなよっ!」

「お前だって!」

「な、泣いてねえし!」


 とあるところでは、獣人達が泣きながら食べ……。


「母ちゃん! 僕、お腹いっぱい!」

「そうかい……よ、良かった……!」

「これで、俺達も生きていける……!」


 貧しい格好をした人族が、身を寄せ合って食べている。


「なんか……いいね」

「ええ……寒いはずなのに、暖かいです」


 この冬の寒空の中、俺とリンも肩を寄せ合い、心も体も温まるのだった。

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