国王である兄から辺境に追放されたけど平穏に暮らしたい~目指せスローライフ~

幕間~シルクの気持ち

　もう！ なんで何も言わずにいくんですの！？

　うぅー……わたしがいたら迷惑ですの？

　無理矢理にでも付いていこうと準備してたのに……。

　やっぱり、行かない方が良いのかしら……？

　でも、わたしはマルス様のことが……。

　そうよっ！いつまでも、こうしてたらいけない……！

　私は婚約破棄なんかしたくないもん！

　涙を拭って、わたしはお父様の部屋に駆け込みました。

　婚約破棄の取り消しと、マルス様の元に行けるようにお願いするために……。

「お父様！」

「さて、元気になった……わけではないな」

「そ、そんなことありませんわ」

「何を言うか、そんなに目を腫らして……そんなに、マルス様が良いのか？」

「わ、わたしは……はぃ」

「まったく、お前がそんなにマルス様を好きとは知らなかったぞ」

「はぅ……」

「しかし、あんなぐうたら王子に可愛い娘はやれん。苦労するのが目に見えているからな」

「マ、マルス様は……確かに、ぐうたらしてますけど……」

ど、どうしよう！？ 何一つ否定ができないわ！

「ふむ……まあ、私とて可愛い娘を好きでもない男と結婚させたくはない」

「えっ？ それって……」

「実はな……国王陛下から婚約破棄を待ってくれと頼まれてな」

「こ、国王陛下が……？ お、お父様はなんとお答えに？」

「もし領主として、何かしらの成果を挙げることができたら……破棄しないと答えた」

「成果ですか……具体的には？」

「それは、私が見て判断する。一応、試しに二週間後に行くつもりだ。お前も付いてくるか？ もしかしたら、辛い現実を見ることになるかもしれないが」

「い、いきます！」

「即答か……うむ、ではひとまず泣くのはやめなさい。きちんと食事と睡眠を取って、きちんとした生活をしなさい。でないと、会った時に心配されてしまうぞ？」

「はいっ！」

「満面の笑顔だな……全く、現金なものだ。しかし、私とてマルス様の人柄自体は嫌いではないが……具体的に何が良かったのだ？ てっきり、私が決めた婚約者だから我慢していると思っていたが……」

　そう、この婚約はお父様がお決めになったこと。

　私は嬉しかったのに、素直になれなくて……良いですわ！とか言ってしまいました。

　マルス様にも素直になれず、小言ばかりを言って……好きなのに。

「優しいですわ！」

「うむ、それは認めよう」

「あと、偉そうにしませんの」

「なるほど、王族としては少しどうかと思うが……まあ、人としては美点であるか」

「何より……わたしにとって、マルス様は憧れなのです」

「ふむ……聞かせてくれるか？ そういえば、忙しさにかまけて、しっかりと話を聞いてあげなかったな……すまんな」

「い、いえ！ お父様は、国境を守る領主ですから」

　若くして国王になった陛下を、父上は支えてきた。

　そのせいで構ってくれなくて、少し寂しい想いはしたけれど……。

　今では、お父様のお仕事を誇りに思います。

「妻が生きていれば……いや、せんなきことを言ったな。それで、何がきっかけなのだ？」

「それは……」

　わたしは、当時のことを思い出します。

いつも通り、ソファーの上で横になってるマルス様がいて……。

「もう！ マルス様！」

「ん？ どうしたんだい？」

「どうして、稽古やお勉強をしないですの！？」

「だって、そんなことしたら——ダラダラできないじゃないか」

「偉そうに言わないでください！」

「まあ、そう怒らないでよ」

　そう……婚約者になって半年。

　わたしは、マルス様に怒鳴ってばかりの日々でしたわ。

　穀潰しとは聞いていたけれど、まさかここまでとは思ってませんでした。

　朝から晩までダラダラして……婚約破棄を申し出ようかと思いましたわ。

　しかも、そんなある日……マルス様が、奴隷を買ってきたのです。

　それも甲斐甲斐しく世話をして、身綺麗にしたり、教育を受けさせていると……。

　その話を聞いたわたしは、実家の領地から急いで王都に帰りました。

「ま、マルス様！」

「な、なんだい？」

「ど、奴隷とはどういうことですの！？ うぅー……」

　確かに、わたしの身体はまだ幼いですけど……。

　何も、奴隷を買わなくても……。

「ん？ ……ああ、そういうことか。ううん、そういうアレじゃないよ。少し目に余る奴隷商人がいてね。だから買い取ったんだ」

「では、何故身綺麗に？ 奴隷ですよね？」

　わたしは、奴隷というものを知っていました。

　それが、どんな扱いを受けていることも……。

　そして、そのことに疑問を持ったことがなかったのです。

「うん？ 彼等だって同じ人間だよ？」

「……へっ？」

　おそらく、わたしは間抜け面をしてしまったと思います。

　それくらい、衝撃を受けました。

「同じようにお腹が空くし、悲しいことがあれば泣くし、嬉しいことがあれば笑うし……まあ、僕たちとあまり変わらないよ」

　この考えは異質です……そんな人は、わたしの周りにはいませんでした。

　でも不思議と……その言葉が、心に響いたのです。

「ふむ……それは異端ではあるが、良き考え方ではある。して、それで？」

「わたしは、己を恥じましたわ。リンと出会い、接することで……彼等も当たり前に生きているのだと。そのことに、気づかせてくれましたの」

「そうか……確かに、あの辺りからお前は変わったな。領内の奴隷にも優しく接するようになり、希少な癒しの力まで施して」

「わたしなど、ただの見様見真似ですわ。本当に優しい方は、あの方のような人を言うのだと思います」

「そうか……私は、マルス様をよく見てなかったかもしれないな。わかった、ではそれを踏まえて確認してこよう」

　その後少しお話をして、お父様は部屋から出て行きました。

「こ、こうしちゃいられないわっ！」

お風呂入って、ご飯食べて、身綺麗にして、きちんと寝て……。

　きっと、マルス様なら……何かしらやってくれるはずですわ。

　それまでに、わたしはわたしに出来ることをしておかないと……！

　頭の中でプランを立てながら、わたしは行動を開始します。

　マルス様、待っててくださいね——逃がしませんわよ？