二章 マルス、領地改革を始める

第13話 まずは、何から始める?

 俺が領地に来てから、二日経ち……。


 いよいよ、正式な領主着任の日を迎える。


 と言っても、特に何もしないけど。


 普通なら市民を集めて、演説とかするんだけど……。


 税金の無駄だし、そんなのめんどくさいし。




「ううっ!? さむっ!」


「どうしましたか?」


「い、いや、今……寒気がした」


誰かが噂でもしてるのかな?

この世界では通用しない言葉だけど。


「まあ、冷え込みますからね。木をたしましょう」


 暖炉に木を入れると、パチパチと心地よい音がする。

 うーん、こういうのってスローライフっぽくて良いよね。

 この二階建ての領主の館は、ペンションみたいな作りになってるし。


「あぁー動きたくない……けど、そういうわけにもいかないね。さて、まずは何からしようかなぁ」


「昨日はダラダラしてましたもんね?」


「うっ……仕方ないじゃんか。滅多に働かないから疲れたんだよ」


 初日の反動か、昨日は一日中寝てた……全身が筋肉痛だったし。

 森に入ったり、立ち仕事したり……足が痛い。


「ふふ、一緒にトレーニングでもしますか?」


「うーん……やだなぁ。こんな時、シルクがいたらなぁ」


「シルク様は、貴重な癒し手ですからね」


 そう、シルクは癒しの力が使える。

 これは四大属性とは別の力で、どちらかというと異能に近い。

 生まれ持った感覚の持ち主でないと使えない。

 つまり……いくらチートでも、俺には使えない。

 あれ? チートをくれるって言ってなかったっけ? ……まあ、魔法じゃないからか。


「でも、あの子を縛るわけにもいかないし」


「きっと、呼べば来てくれますよ?」


「だから一緒に来てって言わなかったんだよ。きっと、付いてきちゃうからさ」


「ふふ、そうですね」


 すると……ノックの音がする。


「マルス様、よろしいですか?」


「うん、いいよー」


「失礼します……おはようございます」


「ヨルさん、おはよ」


「マルス様、改めてよろしくお願いします」


「うん、こちらこそ。ところで、文官とか秘書とかいないの?」


 ここに来てから、見張りの兵士と、掃除のおばさんと、料理人くらいしか見てない。


「えっ? ……マルス様がお決めになるから、一度引き下げるという通達が来ましたが……」


「えっ? そ、そうなの?」


「え、ええ、なので、今のところいませんね。そもそも、僻地なので文官などは来たくもありませんし」


「はぁ……そうなんだ。そういえば兄上は、厳しい目にあえって言ってたなぁ」


 なるほど、そういうのも含めてってことか。

 こりゃー道のりが遠のいたなぁ。


「一応、兵士達のまとめ役は、引き続き私が勤めようと思うのですが……」


「うん、お願いします。ヨルさんなら安心だよ」


「あ、ありがとうございます!」


「じゃあ、次は秘書は……ひとまずはリン、お願い出来る?」


「私でいいのですか? 人族から反感を買いませんか? 私は、マルス様の側にいれるなら、肩書きには何でもいいですが……」


「ヨルさん、どう思う?」


「そうですな……正直言って、よく思わない人もいるでしょう。しかし、昨日今日の活躍により、少し緩和されたような気はします」


 俺はダラダラしてたけど、リンは昨日も働いていた。

 オロバンの残りの部位を使って、炊き出しを行っていた。


「まあ、そのために昨日もリンを働かせたんだからね。俺は、そのためにダラダラしてたってわけさ」


「へぇ? そうなんですね?」


「ゴメンナサイ、謝るから怖い顔しないでください」


「ははっ! 良き関係ですな……そうですな、我々は当たり前のことを忘れていたのかもしれないですね」


「うん、彼等も同じように生きている」


「ええ、私も余裕をなくしていたようです」


「というわけで、リンを秘書にするね。獣人であっても能力があったり、やる気があるなら、俺が仕事につかせることを理解してもらうために」


 まずは、獣人の立場を上げることから始めないとね。

 俺の代では無理でも、少しずつやっていけば良い。

 そうすれば、救世主さんが来る頃には良くなってるかも。


「わかりました。では、早速何から始めるのでしょうか?」


「うーん、やることいっぱいだけど……労働改革かな」


 この世界は、一日に数回鐘を鳴らすことで時間を知らせる。

 六時、九時、十二時、十五時、十八時、二十一時の六回だ。

 専門の鐘撞かねつきが和時計や香盤時計を使って、交代で鳴らしている。

 そして基本的に一日二食のところが多いし、奴隷なんかは休憩も少ない。

 これでは色々な意味で効率が悪い。


「具体的にはどうなさるのですか?」


「まずは、通達を出します。領主の権限で、朝の労働時間を遅らせてください」


「えっ? ですが、そうすると色々と支障が出ます。水汲みや、人がいない早朝に掃除をする方もいますし」


「ムムム……」


「そもそも、遅らせてどうするのです?」


「聞くところによると、平民の方や奴隷は朝ごはんを食べないと聞いたので。朝ごはんを食べないと、その一日の働き具合が悪くなります。だから遅らせれば、食べる時間あるかなぁと」


「なるほど……確かに、その面はあります。しかし、時間をずらせば全てをずらさないといけなくなります。それに、仕事によって時間が違いますし。何より、食料がないのです」


「結局、食料かぁ〜。じゃあ、先に……それぞれの責任者に、奴隷であっても休憩を取らせるように言おうかな」


「それは構いませんが……彼等の稼ぎが減りますので、反発の恐れがあるかと」


「まあ、そこは説明するよ。じゃあ、明日の午前中に集まるように知らせといてくれるかな?」


「わかりました。では、そのように」






 その後、畑があるエリアに行き……。


 責任者と共に、土を調べてみると……。


「作土が浅いし、土が硬いなぁ」


 これじゃあ、穀物類……もとい、美味しいお米は出来ない。

米自体はあるけど、やせ細っていて美味しくない。

この世界の人間は気にしないけど、記憶が蘇った俺には辛い。


「排水、浸透性も悪いし……」


「す、すみません! この中だと限界がありまして……それにしても、よくご存知ですね」


 壁に囲まれた都市では、色々と限界があるだろうな。


「いえ、専門的なことはわからないですよー。それで、どうしたら良いですか?」


「栄養たっぷりの水と、土の入れ替えが必要かと思います」


「なるほど……両方、魔の森にありますか?」


「ええ、おそらく。昔は、そこから土を持ってきたと曾祖父さんが言っていました」


「ひとまず、土と水だけでも俺がやりますね」


「はっ?」


「どこか、自由に使っていい場所はあります?」


「こ、ここで平気ですよ。今は、空の状態なので」


「わかりました——アースランス」


「へっ?」


 中級魔法である土の槍を地面に突き刺し、そのまま進んでいく。

 ズガガガガッ!!という音と共に、土が掘り返されていく。

 そのまま往復を繰り返したら……。


「次は——水よ」


 ホースから水が降り注ぐイメージで、シャワーのように撒いていく。


「は、はは……」


 責任者の人が放心してるけど、めんどくさいので無視する。


「はい、これでひとまず平気ですかね?」


「は、はい! 貴重な魔法を使っていただき、ありがとうございます!」


「あくまでも応急処置ですから。森に行って持ってきますね」





 次は、リンが先に向かっている獣人達が暮らすエリアに行く。


「あっ! お兄ちゃんだっ!」

「わぁー! この前はありがとう!」

「あのね! お母さん動けるようになったの!」


「そうか、なら良かったよ。きちんとお手伝いしたら、また美味しいご飯を食べさせてあげるからね」


 現金なもので、たったあれだけのことで、俺に対する態度が変わった。

 リンのおかげでもあり、それだけ待遇が良くなかったということだろう。




 そのまま挨拶を受けつつ、先へ進むと……。


「マルス様」


「どうかな?」


「ひとまず、三人を見繕いました」


「ありがとう……ふむ」


 リンには、比較的健康そうで、使えそうな獣人を選出してもらっていた。


 ……それは良いけど。


 彼等は、何故土下座をしているのだろうか?

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