第9話 狩りの時間

 とりあえずお腹が空いたので……。


「うーん、味は悪くないけど……」


「すみません、マルス様……」


 店の女将さんが、俺に謝ってくる。


「い、いえ! 美味しいですよ! ただ、やっぱり肉が少ないですか」


 幸いなことに、調味料の類や、醤油味噌などはある。

 前も言ったけど、野菜なども育ているからある。

 しかし、肉だけがない。

 倒すのも大変だし、飼育するのが困難だからだ。

 ブルズは気性が激しい上に、人が襲われたり、最悪共食いまでしてしまう。

 飼育するなら、草食系の魔獣のみだろう。


「これはホーンラビットの肉ですね」


 リンの言う通り、これはウサギのような魔獣の肉だ。

 草食で弱いので、飼育に成功した魔獣だ。

 しかし小さいので、取れる部位は少ない。


「やっぱり、大きい草食系の魔獣が欲しいかなぁ」


「しかし、そうなると中々手強いですね」


 鹿に似た魔獣であるオロバンや、牛に似た魔獣であるバイスンなどがいるけど……。

 どれも仲間意識が強く、集団や番で生活している。

 故に一匹を捕まえたら……一斉に襲ってくるだろう。


「それも考えていかないとなぁ〜」


 はぁ……スローライフの道のりは遠いね。






 その後ギルドを見たり、街の様子を見て……。


 最後に、奥にある獣人達がいるエリアに行く。


 そこは後ろの壁が森に面していて、もし破壊されたら……。


 真っ先にやられてしまう……つまりは、そういうことだ。


 さらには、そこは人が住んでいる場所とは隔離されている。


 そして中は……良い状態とは思えなかった。


「こ、これは……」


「匂いますね……」


 ボロボロになった古屋に、獣人達が寄り添うように座ったり……。

 生気のない目で、俺たちを見たりしている。

 中には、リンに羨望の視線を向ける者も……。


「い、いえ、私達も決して彼らを虐げているわけでは……」


「でも、みんな死んだ目をしてる……」


「そ、それは……」


 ……ここで、この人を責めても仕方ない。

 人間も自分たちの生活に余裕がない。

 それがいつからこうなったのかはわからないけど……。

 この世界にはエルフとかはいなく、獣人と人間だけだ。

 せっかく二種類しかいないなら、出来るなら仲良く共存した方がいいよね。


「そもそも、どういうことだ?」


 天使が言っていたのは……この世界の人々だった。

 獣人も、その人々のはずだし……割と、この世界まずくない?

 その救世主とやらが来る前に、餓死者が続出するんじゃ?


「マルス様?」


「ううん、何でもない」


「このあとはどう致しますか?」


「うーん……一度戻るとします」





 ひとまず、部屋に行き机に座る。


「状況は大体わかったかも」


 食料がない→栄養が足りない→元気が出ない→力が入らず魔物や魔獣に勝てない→魔物や魔獣に勝つには食料が必要……ということだ。


「食料を調達するのが一番ですね」


「うん、まずはそうだね。後のことは、それからかな」


「では、如何致しますか?」


「まずは、俺が行きます。リン、守りは任せても良いかな?」


「もちろんです」


「じゃあ、早速行動するかな。ヨルさん、少し森の方に行ってくるね」


「き、危険ではないですか?」


「大丈夫、リンは優秀だから。俺も魔法が使えるしね」


「そ、そうですか……では、お気をつけてください」


「うん、ありがとう」





 すぐに行動を開始して、森の方に入っていくと……。


「ゴブリンですか」


「こいつらは邪魔だよね。物凄く沢山いるし」


「トロールやオークもいると思います。気をつけてくださいね?」


 そいつらは特に駆逐しないといけない。

 貴重な食料を殺して食べてしまうからだ


「うん、あとは死霊系の魔物だね。スカルナイトやスカルメイジなんかも」


「ええ、マルス様は肉体は強くないんですから、私がお守りします。その代わり、私は魔法が使えないので、骸兵士やメイジをお願いしますね」


「うん役割分担だね」


 ……そっか、そういうことなのかも。

 これは、あとで色々と考察してみようかな。






 そして、リンの耳がピクッと動き……。


「いました! ゴブリンが三! オークが一!」


「俺がやる! リンは守ってくれ!」


「はいっ!」


「グキャー!」


「ブホォ!」


 ち、近づいてくる! いや、落ち着け……!

 チートを持ってるけど、それ以外は俺は普通の人間だ。

 魔法や戦闘の鍛錬だってしてこなかった。

 だからテンパるし、怖い……でも、俺はリンを信頼してる。


「よし……」


 魔力を練り上げ、両手を前に突き出す。

 そして身体から土の槍を飛ばすイメージ!


「アースランス!」


「グキャー!?」


「グヘェ!?」


「もう一発!」


 魔法が迫ってくる魔物を貫き……魔石となる。


「お見事です」


「あ、ありがとう……いやー、怖いね」


 前は馬の上からだったし、距離もあった。


「ふふ、わかってくださって何よりです」


「ちょっと、調子に乗るところだったよ」


 そうだ、いくらチートだろうが、一人で何でもできるわけじゃない。

 どんどん頼っていかないと……というか、本来の俺はそうだったな。






 その後果物や薬草を採取しつつ……奥へ進むと。


「マルス様……静かに」


 俺は黙って頷く。


「こっちへ」


 そのまま手を引かれ、木の陰に隠れる。


 ……二、三分くらい待っていると……。


「フルル……」


「フル……」


 あれは……オロバンだ! 鹿に似た魔獣だ!

 雄と雌の番で、辺りを警戒しながら草を食べている。


「……魔法でいけますか?」


 ……鹿に似ているといっても、二メートルを超える大きさだ。

 身体も太く大きく、体当たりでも食らえば粉々に骨が折れるだろう。


「加減が難しいかも……」


 殺すのは問題ない、ただ消し飛んでは意味がない。


「片方ならいけますか?」


「うん、それなら何とか」


「では、私がオスをやります。マルス様は、メスをお願いします」


 なるべく、一斉に殺すのには訳がある。

 片方が殺されれば、もう片方は怒り狂うからだ。

 自分の番が殺されたなら当然の感情だろう。


「わかった」


 可哀想という偽善的な部分が出てくる……前の世界でも同じだったのに。

 でも食べないと、俺達も生きてはいけない。


「……いきます」


 獣のような姿勢で、リンが木の陰から飛び出した!


「フルル!?」


「ブルー!」


 オスがメスを守ろうと、前に出てくる!

 その姿に一瞬目を奪われるが……。


「セァ!」


「フルル!?」


「チッ! 防がれたか!」


 剣はツノに当たり、甲高い音が響き渡る。

 しかし、相手も横に吹っ飛んだ……なら!


「ウインドスラッシュ!」


 イメージは鋭利な刃物、それを首めがけて飛ばす!

 それは狙い違わず……メスのオロバンの首を切断する。


「フルルァ——!!」


 怒り狂ったオスが、リンに襲いかかる!


「舐めるなっ!」


 リンは突進をサイドステップで躱し……首を切断した。


「ふぅ……すみません、マルス様」


「ううん、こっちこそ。一瞬、躊躇っちゃったかも」


「では、お互い様ですね。これから研鑽を積んでいきましょう」


「うん、そうだね」


 そうだよなぁ……実戦は勝手が違うよね。


 それに、今まで当たり前に食べてだけど……。


 俺が王都の部屋でグータラしている間にも、こうして戦ってる人がいて……。


 おかげで俺は暖かいご飯や、布団なんかに包まれて……。


 はぁ……色々と反省しなきゃね。


 もちろん、自分のスローライフを諦めたわけじゃない。


 そう、みんなでスローライフを目指せばいいんだ。

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