第5話 自重しないで異世界飯
さて……異世界飯だ!
……何からすれば良いんだ?
「マルス様、まずは解体しましょう」
「うん……いや! 待ってくれ!」
「マルス様?」
……切り分けた肉を食うのも良いが、異世界飯ならアレだろう。
いや、たとえ前の世界だとしても、食うならアレだろう。
それが全男子憧れの……丸焼きだ!
「リン、俺は丸焼きが食べたい」
「はい? ……いや、良いですけど……時間かかりますよ? 全体に火が通らないとお腹を壊しますし……そもそも、どうやって?」
……当たり前だけど、この世界でもそれは一緒らしい。
「大丈夫、考えがあるからさ。まずは枯れ木や草を集めよう」
「まあ、それでしたら……そうですね、そうしましょう」
その後、解体作業をすませ、木を集め終え……。
イメージはそんなに難しくない……何も釜焼きにする必要はない。
「ストーンウォール」
高さ一メートル、幅50センチサイズの石の壁を左右に立てる。
「はっ?」
「リン、その真ん中辺りに草と枯れ木を置いて」
「え、ええ……」
「これで次は……ストーンニードル」
ブルズの両足の前足から後ろ足まで、細い石の針が貫通する。
「なんて無駄使い……」
「まあ、そう言わないでくれ。これは、憧れって奴なのさ」
「はぁ……まあ、良いですけど」
「そしたら……おもっ! ぐぬぬ……持ち上がらない」
一メートル近いブルズと石の針が重たすぎる。
どうやら、本当に魔法チートだけで、あとは普通の人間らしい。
「はぁ……仕方ありませんね、やりますよ」
「ご、ごめんね」
「良いんですよ、マルス様のしたいことをしましょう」
「リン……!ありがとう!」
「な、なんですか……やっぱり、頭でも打ちました?」
「うん、しこたま打ったかも」
「ハイハイ、重症なのはわかりましたよ……でも、嬉しいですね」
どうやら、今までの俺は礼を言ってなかったようだ。
なんということだ! これからはきちんと言わないと!
円滑なコミュニケーションを取るには必須だよね。
リンは軽々とブルズごと持ち上げて……左右にある石の壁に置く。
それに調味料を練り込む。
この辺りは、前世と変わらないから助かるなぁ。
「おおっ! できたっ!」
これで、ブルズが逆さ吊りになった状態だ。
「まあ、これくらいなら」
獣人の特徴は、その身体能力の高さにある。
耳も目も鼻も良いし、このように力もある。
ただ一つの欠点は、魔力がほとんどないことだ。
故に、人族に奴隷扱いを受けている……魔力の首輪によって。
これで、下準備ができた。
「リンなら、何かがきてもすぐにわかるよね?」
「ええ、おまかせください」
「じゃあ、お願いね。さて……火よ」
小さい火の玉をイメージして手を出すと……出てきた。
やっぱり、長ったらしい名前は言わなくても良いんだ。
あくまでもイメージしやすいってことだろう。
「うん……いい」
パチパチと音を立てて、火が燃え上がる。
それがブルズを焼き、油がしたたる。
「まあ……悪くないですね」
「ふふ、わかるかね? これが異世界飯だ」
「はい?」
「な、何でもない」
下手なことは言わない方がいいかも。
……いや、言った方が楽なのか?
……うん、とりあえず保留だ。
「でも、これじゃ火の通りがバラけますよ?」
「そうだよなぁ……うし、やるか」
ブルズを囲むように石の壁を出現させる。
「上は少しだけ空けておいて……これで、蒸し焼きみたいになるだろう」
待っている間に、即席の椅子を作る。
「リン、遠慮なく使ってね」
「あ、ありがとうございます……魔力は平気ですか?」
「うん? 全然余裕だよ?」
「はは……隠しておいて正解でしたね」
「まあ……うん」
「そういえば、二人きりなのも久しぶりですね」
「そうだね……いつも、シルクとライラ姉さんと一緒だったね」
末っ子である俺は、兄や姉から可愛がられた。
もちろん、俺が両親の記憶がほとんどないことも一因だろう。
「ふふ、よく遊んでいましたね。シルク様は良かったので?」
「だって、仕方ないよ……俺にはもったいない子だし」
「まあ……それもそうですね」
「酷くない!? 俺、一応主人ね?」
「ええ、わかってますよ」
「……リン、今なら逃げられるよ?」
奴隷の首輪もなく、今は俺以外誰もいない。
ここで逃げたとしても……。
「マルス様……流石に怒りますよ?」
「ご、ごめん」
「私は邪魔ですか?」
「いや! いてくれると嬉しいかな……」
「ふふ、そうですか。なら、良いんです」
ハァ……前世の記憶が蘇ったのも良いことばかりではないなぁ。
どうしても、倫理観というか……自分の境遇に置き換えてしまう。
それから二十分くらい経って……。
「よし、良いかな……解除」
維持していた魔力を解き、壁と火がなくなる。
「おおっ! うまそう!」
そこにはこんがり焼けたブルズがあった。
壁をなくした際に、香りが漂って……思わず唾液を飲みそうになる。
「ゴクリ……」
と思ったら、隣から聞こえてきた。
「あれ?」
「はっ! ……あぅぅ」
はい、クール美人さんの照れ顔を頂きました!
「まあ、仕方ないよね。じゃあ、食べようか」
「はいっ!」
そして、ぶら下がっているブルズに——齧り付く!
グチュグチュ!と脂が流れこんでくる!
そして次に野生的な肉の旨味が口の中で弾ける!
「うまっ!」
「行儀が悪いですね……もぐもぐ」
「いや、説得力ないからね?」
どうやら、同じように齧り付ついたらしい。
「まあ、やりたくなる気持ちはわかります。あとは、切っても良いですよね?」
「うん、一度やって満足したよ」
その後は、リンが切り分けた肉を夢中で食べる。
ふふふ……異世界飯最高!
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