第7話 三姉妹に嫌われたい
きゃっきゃうふふな桃源郷の中、一人冷水に入っているかの如くがたがた震える瑞樹君。そう、僕です。
僕はどこで選択肢を間違えてしまったのでしょうか? 振り返ってみましょう。
ミアさんに先導される隊列で廊下を歩いていると、ラケシスさんに出会いました。
『あら? どこへ行くのかしら?』
『瑞樹様に大浴場をご案内しております』
『そうでしたの。でしたら、私も入りましょうか。せっかくですし』
ラケシスさんが仲間になりました。
『はぁっ!? なんでラケシスが瑞樹とお風呂に入るのよ!? ずるっ……じゃなく、危険に決まっているじゃない! 妹を守るため、私も一緒に行くわ!』
『来なくて構いませんわよ?』
『行 く わ』
クロトさんが仲間になりました。
『お風呂? 私も入ります』
モルタさんが仲間になりました。
『それでは、私はメイドとして、皆様のお世話をさせていただきます』
気が付けば、合計五人の大御所パーティになっていました。
あれれぇ? おかしいぞぉ? なにもしていないのに状況が見る見る悪化しているよぉ? ……妹からよく言われていました。『兄さん。なにもしないのは、他人に意思を委ねているということ。それ自体が罪なんですよ?』と。意志薄弱な兄でごめんなさい。
そんなわけで、四人の美女・美少女と混浴です。恥ずかし過ぎて目を開けられません。
「はぁい。では、泡を流しますので、目は開けないでくださいね?」
「はい」
嘘です。ミアさんに頭を洗ってもらっていたので目が開けられなかっただけです。メイドさんのご奉仕満喫中でした。逃走という選択肢が断たれた僕には、受け入れるという道しか残されていないのです。
「ふふ。綺麗になりましたね。スッキリしましたか?」
「はい。とっても」
普通に満喫していましたけども。
メイドさんを名乗るだけあり、洗い方がとても上手でついつい身を任せてしまいました。……お胸とお股を洗われる時は、声が出そうになってしまったので『んっ……』と頑張って押さえましたが、
『えっちな声を出すな!』
と、クロトさんに怒られてしまいました。えっちじゃないです。冤罪です。
身体の全てをメイドさんに洗ってもらうという羞恥プレイに耐えた僕ですが、これより真の地獄へ赴かねばなりません。
僕は頑張ってお嬢様方を見ないよう、端っこからお風呂に入りますが、
「くふ。どうしてそんな隅におりますの? 大きなお風呂ではありませんか。真ん中で、一緒に入りましょうぉ?」
「あばばばばばっ!? 近い! 近いですラケシスさん!!」
裸のラケシスさんと急接近。湯舟は透明で透けており、少し視線を下げれば、彼女の豊満な胸や白い肢体が目に入ってしまいドキドキです。
慌てて目を離すも、その反応が面白いのか、ぎゅっとくっついてきます。そのせいで、豊かに育った果実が僕の身体でぐにゅりと潰れて、お風呂の熱さとは違う理由で身体が火照ってしまいました。
「お顔が真っ赤。初心な反応で、可愛らしいですわぁ」
「そのっ、当たって……というか潰れてっ!?」
「くふふ。瑞樹様の世界ではこういうのですわよねぇ? 当たってるのではなく、あ・て・て・お・り・ま・す・の」
「うひゃいっ!?」
ぺろりと耳を舐められ、僕の意識はのぼせ上がる寸前です。女性と接する機会は多くとも、免疫が一切つかなかった僕にはあまりにも刺激が強過ぎます。
「こらぁっ! ラケシス! それ以上は怒るわよ!」
「もう怒ってるではありませんか。そんな怒りっぽくては、瑞樹様に嫌われますわよぉ?」
「嫌わっ……!? そんなことないわよね? 瑞樹はこんなことぐらいで、嫌いにならないわよね? ね?」
今にも泣きそうな豆腐メンタルクロトさんには悲しいお知らせです。今の僕には、クロトさんに適切な返答をする余裕がありません。なぜなら、クロトさんが全裸のまま立ち上がったからです。なだらかながらも女性的な曲線を描く美しい身体。胸の突起に、股の間までバッチリです。鼻血を流すという古典的な表現すら現実味を帯びてきました。
「はあ……。姉様たち、静かにしていただけませんか? お風呂はゆっくり浸かるものです」
「あんたはあんたでお風呂までゲームを持ち込むんじゃないわよ!」
「安心してください。耐水性です」
「そういう意味じゃない!」
怒れる姉をうっとうしく感じたのか、浴槽の
「もうぉおおっ!! いい加減にしてください! 皆さんには羞恥心はないのですか!? 僕は男ですよ!? なのに、こんな平然と一緒にお風呂に入って、恥ずかしくはないのですか!?」
「恥ずかしいわよ! けど、ラケシスたちだけに抜け駆けさせるわけにはいかないし」
「恥ずかしくありませんわぁ。むしろ、望むところです」
「私の裸を見てなにか楽しいのですか?」
羞恥心が欠片もありません。普通、こういうのは女の子がいうセリフだと思うのですけど、間違っているのは僕? それとも世界でしょうか。
「あらあら。それでは、私も脱いだほうが宜しいでしょうか?」
「どういった思考回路でその答えに行き着いたんですか!?」
宜しいわけがありません。ミアさんはしばらく黙っていてください。
「そもそも! 異世界から召喚とかわけわかんないですし! いきなり結婚って言われても困ります! だっていうのに、皆さんは平然と受け止めるし! 僕がおかしいのかと思ってしまいますよ!」
「安心してくださいませ。瑞樹様の反応は正常でございますよ?」
「でしょうとも! そうでなかったら僕は異世界の常識を疑います!」
心が振り切ってしまいました。その勢いで、僕は願いを口にします。
「僕は! 男に戻って元の世界に帰りたいです! けど、大事なムスコを人質に取られて帰してくださいとも言えません! だから、これから僕は、あなたたち三人から『この人とは結婚したくない』と思わせるぐらい嫌われます! これは宣戦布告です! 受けて立ちますか!?」
言いました。言い切りました。頭の中はぐちゃぐちゃで、思考なんてしていません。ただただ言いたいことを言った、子供の染みた叫びです。
嫌われる、なんてバカみたいな宣言に、ラケシスさんがクスリと笑って応えます。
「構いませんわぁ。くふふ。宣戦布告、というのであれば、これは戦いですわねぇ。もし、瑞樹様が私たち三人全員から嫌われ『結婚したくない』という言葉を引き出したのであれば、男性に戻したうえで元の世界に帰れるよう、お父様に取り計らいますわぁ」
「ちょっと、ラケシス」
なにかを言いかけたクロトさんを、ラケシスさんが流し目で止めます。
そして、ニコリと僕へ笑顔を向けます。
「どうぞ、瑞樹様の望むがままになさってくださいませ。けれど、もし私たちが瑞樹様を好きでいられた時は、覚悟してくださいましねぇ?」
「望むところです!」
ちなみに、この言葉、翌日の朝には後悔していました。望んでしまった僕は愚か者です。
「言質をいただきましたわぁ。瑞樹様、お気を付けてくださいましね? もし、約束を破った場合は、一生、女の子のままの呪いがかかりますわぁ」
「……へ?」
「くふふ。ここは瑞樹様から見て、異世界ですわぁ。契約を守らせる魔法程度あって当然ですわよねぇ?」
不敵な笑み。その顔には、まるでしてやったりといった感情が見え隠れしています。
「それではお先に失礼いたしますわ」
「私もそろそろ上がるわ」
「私もあがります」
そうして、ホウオウイン家の三姉妹は魅惑的な身体から水滴を滴らせながら、浴場を後にします。
残された僕は真っ白になった頭で、呆然と湯に沈んでいくしかありませんでした。
「瑞樹様もそろそろ上がったほうが……瑞樹様?」
ブクブクと、僕は湯舟に沈み、ブラックアウトする視界の中で考えました。僕はなにか間違ったのでしょうか、と。
けれど、その答えは出ないまま、意識は完全に途切れ、次に目覚めた時はベッドの上でした。スケッスケのネグリジュにお着替えさせられていた僕は、枕を涙で濡らしました。
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