第6話 女体化主人公はお風呂が大好き


 夕食を食べ終え、ようやく部屋に戻ってきた僕は、倒れるようにベッドへ飛び込みました。


「づ、づがれまじた~」


 ニコニコとミアさんは笑っているのですが、優しい雰囲気に対してその指導は厳しいものでした。というか、スパルタです。


『うふふ。あるじへのご奉仕で手を抜くわけにはまいりません』


 影の差したミアさんの笑顔を思い出すだけで、ブルリと身体が震えてしまいます。

 お皿を一枚割るごとに、空気が凍っていくのを肌で感じて……ブルブル。


「……結婚、ですか」


 仰向けになって、天蓋を見上げます。当然ながら、そこに答えが書いてあるわけではありません。

 いきなり、異世界に召喚されて、チ〇コがなくなって、女の子にされて、結婚しなくちゃいけなくなって。

 まだ二日目だというのに、これまでの人生を超える濃密っぷりです。……あぁ、いえ、これまでの人生も濃密といえば濃密でした。朝は姉妹に襲われ、登校の中の電車では痴漢に合い、学校では女子生徒たちの睨み合いの渦中で冷や汗を流すばかり。僕、よくこれまで童貞を守ってこれましたね。捨てる童貞、なくなってしまいましたけど。


「でも、結婚なんて無理ですよ~」


 長女、気が強そうに見えて打たれ弱いクロトさん。

 次女、貴人のような見た目ながら執着心を感じさせるラケシスさん。

 三女、異世界人とは思えないゲーマーながらも、常識的なモルタさん。

 三人ともそれは美しい少女たちですが、結婚なんて考えられません。そもそも僕は十六歳で高校二年生。日本の法律で言えばまだ結婚できる年齢ですらありませんでした。


「だからといって、結婚しないと言っても、ご当主様が僕のムスコを返してくれるでしょうか?」


 ニッコリ笑うご当主様の顔を思い浮かべます。


『結婚はしない? つまり、君はチ〇コがいらないと、そういうわけだね?』


 言いそうです。そもそも人質と言っていました。そうなった場合、僕は一生女の子のまま……。ムキムキな男たちに求愛される未来が見えて吐き気がします。見た目のわりに純な方が多く、もじもじしているのが余計に気味が悪いと、彼らはいつになったら気が付くのでしょうか。

 おぞましい記憶が蘇り、気分が悪くなった瞬間、


「はっ!?」


 脳に電流が走ります。もしくは種が割れました。小学生探偵もビックリのひらめきです。


「僕が選ばないわけにはいきませんが、三人が断るのであれば問題ないのでは?」


 彼女たちが僕と結婚したくない。

 そう思っているのであれば、僕の意志とは関係がありません。ご当主様も、まさか娘の意志を無視して結婚を進めようとは思わないでしょう。


「彼女たちが結婚したくないというのであれば、僕はお役目御免です。男に戻れて、元の世界にも帰れるかもしれません」


 希望が見えてきました。

 ホウオウイン三姉妹の僕に対する反応は……どうでしょう。好感は悪くないような、既に行き過ぎているような、考えたくない状況ではあります。ですが、別の世界から召喚した男(性転換済み)といきなり結婚しろと言われて納得できるはずがありません。当事者である僕自身、納得ができていないのですから。


「簡単な話だったではありませんか。ではでは、ちょっとばかしお断りの言葉を頂戴してきましょうか」


 僕はルンルン気分でお嬢様方のお部屋へ向かいました。まるでお花畑をスキップして散歩するかのような心持ちです。



「は? 結婚を断る? なんでいきなりそんなこと言い出すのよぉおおおおっ!?」

「くふふ。瑞樹様は面白いご冗談を口にしますのね? いっそ、身体に私の想いを刻み込んであげましょうか?」

「……結婚? 別に、瑞樹さんとなら構いません」



 完 全 に 予 想 外


 なんという好感触。三姉妹それぞれがかなり前向きに考えていました。現代日本と異世界の常識とはこれほどまでに違うのでしょうか。ミアさんからの道徳の授業が切実に望みます。 


「どうすれば……どうすればいいのですか?」

『瑞樹様。おりますでしょうか?』


 うがーっ! と頭を抱えてベッドの上を転げ回っていると、ノックと共にミアさんが声を掛けてきました。


「います。在室中です」

「それでは失礼して……なにをしていらっしゃるのですか?」

「苦悩していました。人生に」

「若人は悩みがつきませんね。ところで、入浴についてのご案内に参ったのですが、お時間は宜しいですか?」

「お風呂!?」


 僕は慌ててベッドから飛び上がります。

 お風呂。それは甘美な響く。身も心も休まる現代社会のオアシス。時に乗り込んでくる姉や妹、幼馴染がおりますがそんなこと些細な問題。温かい湯に浸かるお風呂という文化は、人類が生み出した最高の開発といっても過言ではありません。


「あるんですか!? 広いですか!?」

「ありますよ。そして、広いですよ。……と、言いたいところですが、お嬢様方が使う大浴場を使用人が使うことはできません。使用人専用のお風呂がありますので、そちらをお使いくださいませ」

「ガーン!!」


 気分は天国から地獄です。

 知らなかったらお風呂だけでも喜んでいたのに、あると知ってしまった大浴場を思うと素直に喜べません。


「というのは冗談で、瑞樹様はお嬢様方の未来の夫となられるお方。大浴場の使用許可がおりておりますので、ご自由にお使いくださいませ」

「ミアさん! 上げて落として上げてるのは最低だと思います!」

「申し訳ございません。瑞樹様の反応が大変可愛らしく、ついイジワルしてしまいたくなります」

「正直! けど、ありがとうございます!」

「イジワルしたことに対してのお礼でございますか? 被虐趣味をお持ちなのですね」

「お風呂行きたいです!」


 瑞樹は学びました。からかってくる相手には反応をしないのが一番であると。

 僕はベッドから飛び跳ねると、ルンルン気分で部屋を飛び出します。


「おっふろ♪ おっふろ♪ 大きなおっふろ~♪」

「瑞樹様。どこへ向かわれるのですか? 大浴場は反対でございますよ?」


 ……大浴場の場所を知りませんでした。恥ずかしいぃ。


 ■■


 どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。僕はお風呂に入りたかっただけですのに。


「ちょっと! ラケシス! 瑞樹に近いわよ!?」

「あら? だからどうしたというのでしょう。私の夫となるお方なのですから、肌の触れ合いは当然のことではありませんか」

「……姉様たち。静かにしてください。ゲーム音が聞こえなくなります」


 大浴場内には、色とりどりな少女たちが肌色を隠さず湯舟に浸かっていました。全裸です。オープンです。大事な場所が隠れていません。肌色の中に桃色に色付いたさくらんぼが見えた瞬間、思わず目をぎゅっと瞑ってしまいます。

 逆にタオルで精一杯身体を隠している僕のほうが常識がないようではありませんか。


「では、お背中をお流ししますね? 瑞樹様」

「やだぁ!? お風呂ぐらいのんびり入らせてくださいよぉ!?」


 僕の唯一のオアシスは、右も左も見れない桃色桃源郷となってしまいました。唯一の救いはミアさんがメイド服を着ていること――


「あら? 濡れて透けてしまいましたね」

「もう出ていいですかねぇ!?」


 救いはありませんでした。

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