第5話 異世界に現代日本の物品があるとそれはそれで驚きます
僕は断固として宣言しました。
「会いたくありません! 絶対嫌ですぅ!! 絶対次も変な人ですもんっ!」
「もんっと、可愛く言っても駄目です。これから最後のお嬢様に会っていただきます」
「いーやーだ~!!」
我儘でした。駄々っ子でした。
けど、仕方ないじゃありませんか。長女は情緒不安定なツンデレさん。次女は闇を感じさせる肉食系ゴスロリ少女。
この姉妹の末っ子です。きっと頭のネジが一本どこから何十本と抜け落ちた奇人変人異世界人に決まっているのですから。
「安心してくださいませ。三女のお嬢様は至って普通の女の子です」
「嘘ですよー! 絶対嘘! ミアさんは私を騙そうとしています!」
「……そうですね、変、といえば変かもしれません」
「ほらー!」
「ですが、普通の女の子であることは間違いございません。特に、瑞樹様はそう感じられるでしょう」
「どういう意味ですか?」
「お会いすればわかります」
ぐずる僕を慰めながら、ミアさんは最後のお嬢様の部屋へ案内してくれます。
これまでと変わらない扉。けれど、不思議な圧力を感じてしまいます。
「やっぱり帰りたいです」
「お嬢様。瑞樹様をお連れしました」
「あぁっ!? せめて心の準備を!?」
隙すら与えてくれず、ミアさんが扉を開けてしまいます。ひどいです。あんまりです。せめて返答ぐらい待ってほしいです。その間に逃げるので。
「瑞樹様、許可がおりましたので、お部屋中へ」
「……許可なんて一生おりなくよかったです」
覚悟を決めて室内へ踏み込みます。心持ちは、魔王城を前にした勇者そのものです。装備はメイド服。こんな装備で大丈夫なわけがありません。
慎重に慎重に、抜け足差し足忍び足。部屋の主を刺激しないようゆっくりと入室して、広がっていた光景に愕然としました。
「少々待っていてください。今、魔王を倒すところですので」
「ま……おう? え、ゲーム?」
ソファーに腰掛け、コントローラーを握って、液晶画面とにらめっこ。
ドシュッ、バシュッ、ザシュッ、と聞き慣れた効果音が室内に響きます。まごうことなき、日本製のゲームを遊んでいました。
青空のように澄んだ髪の少女は、来訪者である僕に目を向けることなく、画面に向かいあったままです。
「どういう、ことですか?」
「只今、ゲームに集中しておられる方が、ホウオウイン家の三女にして末っ子、モルタお嬢様でございます」
「あの……明らかに日本製のゲームなんですけど」
僕もやったことのある有名なRPGです。
「あれらはホウホウイン家が技術のすいを集めて作り上げた異世界の遊戯となります」
「完全にテレビゲームなんですけど」
「開発部からも苦労したというお話はいただいております。けれど、全てはお嬢様のため。ご当主様がお金を湯水のように投資し作り上げたのです」
「何回聞いたかわかりませんが、本当にここは異世界ですか?」
ゲームだけではありません。これまで訪れたお嬢様たちの部屋は洋館の一室そのものでしたが、モルタさんのお部屋は日本のマンションのようです。フローリングに、丸型の蛍光灯。テレビにデジタル時計まであります。とてもではありませんが、異世界の部屋に見えません。
疑念を抱いていると、軽快な音楽と重厚な断末魔が響きます。どうやらゲームをクリアしたようです。
ようやくこちらへ向いたモラタさんは、一切表情筋を動かさずに言います。
「モルタです。とりあえず、スリッパに履き替えてください。土足厳禁」
「やっぱりここ日本ですよねぇ!?」
■■
モルタさんと拳程の隙間を開けて、同じソファーに座った僕。まさか横並んでソファーに座るとは思っていませんでした。
「挨拶をしろと言われましたのでしましたが、もう宜しいでしょうか?」
「えぇ……」
西洋の
逃げ出したいと思っていた僕ですら、躊躇してしまうぐらいの簡素な対応です。これまでの扱いとのギャップに心がついていきません。
「モルタお嬢様。そう仰らず、少しお話してみてはいかがでしょうか?」
「話…………なにかありますか?」
「僕に聞かれても……」
とても困ります。
「では、ゲームでもしましょうか。対戦ゲームです。姉様たちは相手をしてくれないので、丁度いいかもしれません。……できますよね?」
「あ、はい。多分」
コントローラーをポンッと渡されました。
まさか、異世界に召喚されてやることがテレビゲームだとは思っていませんでした。世界は違ってもやることは変わらず。
「それでは、こちらの格闘ゲームで」
「あ、これ知っています。ストーリーが好きでやっていました」
「そうですか。それなら話は早いですね。アケコンは使いますか?」
「あ、はい。あるのなら……というか、そこまであるんですね」
「お嬢様の嗜みです」
絶対違います。
そんなこんなでゲームスタートです。僕はメインヒロインの二丁拳銃使いを選び、モルタさんは鬼のように大きな身体キャラクターを選びました。
「……上手いですね」
「そうですか? 友達に誘われて、ゲームセンターでやったりしていたぐらいなんですけど」
「ゲームセンター……聞いたことがあります。大きな筐体がある、色々なゲームが集まった異世界の遊戯場ですね。こちらの世界にはないものです」
「あ、そこまではないんですね」
この規模で再現できているのであれば、もしかしたらと思っていました。逆にほっとします。僕の中の異世界の常識がこれ以上崩れないでよかったです。
「行ってみたいとは思います。私は、ずっとコンピューターとしか戦えませんので、羨ましいです」
「あー、異世界ではネットもありませんものね」
「繋いでもらうように頼んでいます」
繋がってほしいような、繋がってほしくないような、不思議な気持ちを抱きました。
「……勝ちました」
「負けました。モルタさん、強いですね」
「そこまでではありません。……次はレースゲームをやりましょう」
「あの、もしかして、楽しいですか?」
「誰かと対戦するのは久々です」
心なしかウキウキしています。相変わらず無表情なのですが、瞳の奥がキラキラと輝いているように見えます。小柄で、見た目中学生ぐらいのモルタさん。小動物のようで、愛らしさすら感じてしまいます。
「それで、次はなにを?」
「社長になって、サイコロで日本一を目指すゲーム。とりあえず、百年でいいですか?」
「友情破壊ゲーム……っ!?」
本当に、この子は僕と仲良くなりたいのでしょうか?
■■
「モルタお嬢様、瑞樹様。そろそろ夕食のお時間となります」
気が付けば外は暗く、陽が暮れていました。朝から長女、次女、三女と挨拶してきましたが、モラタさんとの挨拶がここまで長くなるとは思っていませんでした。昼食のミアさん特製サンドイッチをモルタさんの部屋で頂いたほどです。
「そう、ですか。今日はここまでにしましょうか」
モルタさんがコントローラーを置きます。残念そうに見えるのは、勘違いではないはずです。
「また、ゲームしにきます」
「約束してください」
小指を突き出してきました。古風な子です。そして、異世界被れです。こんな風習までこちらにきているんですね。
「指切りげんまん嘘ついたら――罪人用の一週間苦しみ続けて死に絶える毒を飲んでもらいます」
「なんで罰だけ異世界風で現実的なんですか!?」
「約束を守れば飲む必要はありません」
「冗談ではないんですか!?」
「……? 嘘をつく必要がありません」
本気である。きょとんと透明な瞳が僕を見つめます。抑揚のない話し方と合わさり、彼女の言葉には真実味が帯びています。
「ミアさん……異世界の道徳を教えていただけますか?」
「そうですね……とりあえず、しばらくは外出を控えるのが賢明であるとアドバイスさせていただきます」
異世界はとても怖い場所でした。スライムの僕は、いつどこで死んでもおかしくなさそうです。……まあ、元の世界でも良く睡眠薬やら媚薬やら飲まされていましたけれど。死の恐怖はなくとも、貞操の危機は毎日でした。あちらはあちらで恐ろしい世界だったこと思い出して戦慄しています。僕の理想郷は一体どこにあるのでしょうか?
「瑞樹さん……また」
「あ、はい。また」
小さく手を振られ、僕は無意識で返事をすると、同じように小さく手を振り返して部屋を後にしました。
扉が閉まり、廊下に立った僕は遠くを見つめます。
「普通の子でした……」
「そう言ったではありませんか」
呆れたようにミアさんが言いますが、仕方ないではありませんか。
これまでがこれまでだったのです。次のお嬢様も頭がおかしいと思うのは正常な思考でしょう。
異世界の住人でゲーム好きというのはおかしいのでしょうが、それを抜きすれば至って普通の女の子でした。
「これで、三人のお嬢様とお会いしましたが、いかがだったでしょうか? 結婚するお相手は決まりましたか?」
「そんな簡単に決まるわけないじゃないですか……」
明日の夕食を決めるぐらいのテンションで聞かないでほしいです。
「そうですか。では、記憶に残ったお嬢様はおりますか?」
「全員、色々な意味で衝撃的でしたので、忘れられませんよ……」
「ふふ。お嬢様方は個性が強いですから」
そういって笑うミアさんも、十分個性が強いと思います。
「それでは、これより夕食の準備に取りかかりましょうか」
「わかりました。僕は何時頃食堂に向かえばいいんですか?」
「なにを仰っているのですか? 瑞樹様も手伝うんですよ?」
「……へ?」
手伝うというのはどういうことでしょうか? お皿を出したり、味見をしたりとかそういうお手伝い?
「ご当主様より『瑞樹君は屋敷の使用人として働かせるので、ビシバシ鍛えてやってくれ』と申し付けられております。ですので、瑞樹様には使用人として一から鍛えさせていただきます」
「なぜ!?」
無理矢理異世界に召喚した挙句、使用人として働かせるというのはどうなのでしょうか。メイド服を着させられたのは、働かせるためだったのかもしれません。用意周到とは正にこのことでしょう。
「瑞樹様の世界には『働かざる者、食うべからず』という格言があると伺っております。ご当主様は『なにもせず、結婚相手を選ぶというのも落ち着かないだろう』と仰っておりました」
「厚意のように言ってますけど、あのご当主様は意地が悪いだけですよね!?」
「ちなみに、メイド服は私の趣味でございます♪」
「もう誰も信じられません!」
こうして僕は、ホウオウイン家にメイドとして働きながら、三人のお嬢様の中からお嫁さんを選ばなくてはならなくなりました。
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