第2話 銀髪のメイドさんはえっちっち
夢ではありませんでした。
「夢であってほしかったです……」
顔を覆い、シクシクと静かに泣きます。
手をどければ、広がるのは天蓋付きのベッドに、静かな寝息を立てて眠る銀髪のメイドさん。
アンティークなのでしょうか、古風ながらもシックなデザインの調度品の数々。なにより、一人ではあまりにも広い部屋は、どれだけ頑張ってみても僕の私室ではありませんでした。
あの後、頭を打ちつけた僕は見事に気を失ってしまい、今に至ります。眠ってから知らない場所に連れていかれることが増えました、どうも瑞樹です。
異世界というには、日本でも映像やネットの中でなら見たことのある部屋です。まだ誘拐されたと言われたほうが信じられます。
とはいえ、胸に触れ、股に触れ。
「柔らかいし……ない」
僕はとても悲しくなりました。
もともと『女に生まれていれば幸せが確約されている美少女だよね』と心ない言葉のナイフで刺されてきた僕ですが、女性になりたいと思ったことは一度もありません。
男の身で痴漢にあい、厳つい体育会系の男性に告白されるという地獄を経験しているのです。男らしくなりたいならともかく、より女らしくなりたいなどと思うわけもありませんでした。
性転換。心なしか、声も高くなった気がしますが、元の声も高かったのでよくわかりません。……音楽の先生に『あなた声が高いわね。女子側でソプラノ担当なさい』と宣告された時は、嗚咽が止まらずクラスメートの女子に慰められ、男子にからかわれました。『ちょっと男子止めなよ! 瑞樹君が可哀想でしょう!?』と庇われたほうが傷付きました。
現代でも、男性の象徴を取ることはできるでしょうが、取った後帰ってくる可能性は限りなく低いです。ムスコが帰ってくるという可能性を考えるのであれば、ここが異世界であると思っていたほうが気が楽です。なにより希望があります。
「……起きましょうか」
ベッドに手を付くと、柔らかいなにかが手に触れます。
「あんっ……」
と、嬌声が上がります。
僕の声ではありません。こんな色っぽい悲鳴を上げるとか、新しいトラウマが刻まれてしまいます。
ふにふにとなにやらマシュマロのように柔らかい感触。
「んっ……そんな…………激し過ぎます……」
スイッチでも押すかのように、女性の声も激しくなります。
そういえば、さきほど部屋を見渡した時、おかしなものがあったような……?
天蓋付きのベッド。頬を染めた銀髪のメイドさん。アンティークの椅子や机といった調度品の数々。……銀髪のメイドさん?
視線を下げると、なんということでしょう。銀髪のメイドさんが横で眠っているではありませんか。しかも、僕は彼女の大きな胸を鷲掴みにして揉んでいました。本当に、なんということでしょうか。
「っ!?!???」
「あんっ……ふふ、ご主人様は激しいのがお好みですか?」
慌てて手を離すと、メイドさんが身体を起こして微笑んできました。
日本人離れしたプロポーションの銀髪メイドさん。はだけた胸元から深い谷間が覗き、さきほどまで柔肌に触れていたと気付き、僕のほうが恥ずかしくなってしまいます。
胸を触られていたはずのメイドさんは特に気にすることなく、ベッドの脇に降りると、乱れた衣服を整えます。……その姿は目にの毒で、顔を背けましたが衣擦れの音でなにをやっているのか想像してしまい、顔が熱くなってしまいました。
一切の緩みなく、メイド服を整えた銀髪メイドさんは、スカートを摘まむと小さく頭を下げました。カーテシーという挨拶です。
「おはようございます、ご主人様。わたくし、こちらの屋敷に仕えておりますメイドのアメリアと申します。どうぞ、お気軽に愛称でミアとお呼び下さいませ」
「そ、そうですか。ミアさん」
「はい、なんでしょうか?」
「どうして一緒のベッドで眠っていたのですか?」
「ここが私の部屋だからでございます」
「なんで僕はここで寝ていたんですか!?」
女性の部屋で男(性転換済み)が寝ているのは、犯罪でしかありません。日本なら逮捕案件です。異世界にお巡りさんがいるかはわかりませんが、重罪でないことを祈ります。
「ふふ。冗談です。ここは、これから瑞樹様にお使いいただくお部屋となっております」
「そうですか……。それはよか――ったわけがありません! どうして同じベッドで眠っていたのですか!?」
危うく流されてしまうところでした。
このメイドさん、とてもやり手です。世が世なら二束三文の壺を幸せの壺と称して高値で売っていたかもしれません。
「ふふ。面白い方ですね。私が眠っていた理由ですが、瑞樹様を起こしに参ったところ、可愛らしい寝息を立てて幸せそうに眠っていらっしゃったので――私も一緒に眠りました」
「間! なにがどうして眠るに至ったかの説明がありませんでした!」
「とても幸せでした」
「聞いてください!」
本当に幸せそうに微笑むミアさん。
やはり、異世界の人だからなのでしょうか。感性が全く違います。幸せそうに眠っていたから一緒に眠るなど、あるはずもありません。……修学旅行の時『お前は男子部屋も女子部屋も危険だ』と言われ、一人部屋を宛がった先生に感謝しつつも、僕は許すことができないでいます。
「朝一のメイドジョークはさておきまして」
実際に行ってはジョークではないのですが。
「朝食の準備が間もなく整います。そのため、朝の支度をお手伝いさせていただきます」
「支度、と言っても身一つで召喚されたので着替えもなにも――きゃぁっ!?」
「あら? 可愛らしい悲鳴ですね」
なんの前触れもなく胸を触ってきました。女性のような悲鳴を上げてしまい、トラウマがまた一つ増えてしまいます。
なんなのでしょうかこの方は。ついさきほど、事故とはいえミアさんの胸を揉んでしまった報復というのであれば、甘んじて受ける所存ですが、どうにもそうった雰囲気ではありません。
「ち、痴女なのですか?」
「うふふ。まさか。ただ、女性になられたということでしたので、下着の着用も必要となります。サイズを図らねばなりませんので、その確認をいたしました」
「し、下着……サイズ…………」
腕で胸を庇いながら思い浮かべるのは、女性が身に付けるブラジャーとショーツ。
あれを自分が身に付ける姿を想像すると、羞恥がピークです。そろそろ、涙腺が限界に達しそうです。
「き、着なくてはならないのですか?」
「当然です。たとえ、小さくとも下着を身に付けるのは大切なことでございます。将来、形が崩れて胸が垂れる、なんてことになってからでは遅いのです」
「そこまで女性のままいるつもりはないのですが……」
「それはどうでしょうか?」
不敵な笑みに、不安が過ります。もしかすると、僕はずっと女性のままなのでしょうか?
恐ろしい想像に身震いしてしまいます。
「そもそも、胸のサイズって触れただけでわかるものなのですか?」
「並のメイドでは不可能でしょう。けれど、私ほどになると見ただけでアンダーからトップまで把握できてしまいます」
「なるほ……ど? あの、見ただけでわかるなら触る必要はなかったのでは……?」
「さて、お着替えをしましょうか。服はこちらでございます」
「ちょっと脱がそうとしないでくれませんか身の危険を感じます!?」
いつの間にか隣で寝ていたのも合わさって、ミアさんへの警戒レベルが跳ね上がります。現在の警戒レベルは、通りすがりにお尻を触ってくる飲み屋のおじさんです。
「安心してくださいませ。私に男性を襲う趣味はございません」
「そうですか」
とても安心する情報を頂きました。警戒レベルが隣の席からずっと見てくる女子のクラスメートまで下がります。彼女はとても安全です。なぜなら襲ってこないから。
「はい。私はレズですから」
警戒レベルマックスです。一緒に遊ぼうと言ってラブホテルに連れて行こうとした風紀委員長です。『風紀委員長が、風紀を乱しては……いけませんか?』とゴムを加えて迫ってきた時は、
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