足音の先

虫十無

足音

 いつもこの時間になると足音がする。部屋の真ん中ら辺から。普通にフローリングの床を歩くような足音で、けれどそこにはカーペットが敷いてありテーブルも置いてある。そんな音がするはずがない。

 いつからこの音がするのかわからない。気付いたのは一か月ほど前だ。ただ時間が時間なのでこの家に引っ越してきて最初のころは早寝をしていたから気付かなかったのかもしれない。

 一回足音の数を数えたことがある。二十一回だった。いつも同じくらいの時間で終わるからいつも同じだけの足音がしているのだろう。それにしても中途半端な数だ。なんで二十一回なのだろう。


 今日は早く寝よう。そう思ったはずなのに、急にいつもの足音が気になってしまった。あの音はどうして二十一回なのだろう。その疑問がなぜか強くなってしまった。

 早く寝れば聞くことはない。二十四時の直前から始まるから。

 一回ベッドに入ったのに起き出す。少し寒いから上着を羽織る。

 できるだけ静かにテーブルをどける。カーペットもめくる。真ん中に立ったら足音がどういう風に動いているのかわかるかもしれないし、それで二十一回の謎が解けるかもしれない。手早く準備を済ませて立ってみる。腕時計が目に付く。そういえば大体の時間しか知らないから時計を見ながらならわかることが多いかもしれない。幸いこの腕時計は電波時計だから正確だ。

 腕時計を手に持って部屋の真ん中に立つ。そういえばカーペットを敷いたままでも音は聞こえるのだからカーペットをめくる必要はなかったかもしれない。まあ、間に何もないことで聞こえる音がクリアになるかもしれない。そういうことで自分を納得させる。

 時計を見る。二十三時五十六分。まだだろうか。大体の時間しか覚えていないから待つ時間が長くなる。待つしかできない時間だから余計に長く感じる。

 ぺた。音が聞こえる。時計を見る。二十三時五十八分を五秒ほど過ぎている。始まる時間まで中途半端なのか。ぺた。ぺた。ぺた。間は五秒ずつ。大体窓の方向から始まって時計回りに歩いている。

 十三回ほどで最初のあたりに戻る。そこまでで一分。円だ。ちょうど私の周りを一周した。かごめかごめを思い出す。なんとなくぞっとした。何かわからないものの描く陣の中にいる。これで成ってしまうのかもしれない。けれどまだ足音は続いている。それはそうだ、いつも二十一回なのだから。

 一周した後から少しずつ遅れるようになった。多分間が六秒になっている。二十一回目の足音。音が終わる。

 最後の音から六秒経つと日付が変わってしまう。日付が変わると消えるのだろうか。

 最初の音も少し気になる。何が気になったのだろうと考える。片足、それかもしれない。片足がつく音だった。零歩目、発生する地点があるのではないか、そう思った。だから二十三時五十八分を五秒過ぎていたのではないか。


 今日はずっと足音のことを考えていた。傍から見ると心ここにあらずの状態だっただろう。

 あの足音のゴールはあるのだろうか。多分一番気になったことはそこだ。なんとなく途中だと思う。一つの足音の後、かすかに聞こえていた足が離れる音。足がつく音の方が大きかったからついそちらに気を取られていたが離れる音も多分していた。最後の足音の後も。それならその足がつく先がある。まだ終わっていない。

 試したくなる。何かよくわからない衝動が沸いてくる。昨日の途中で感じた怖さのことは覚えている。けれどそれがどうでもいいくらいにやりたいと思った。その足音と同じ動きを。

 またテーブルをどける。昨日の足音が終わってからすぐ戻したのに。カーペットもどける。そうして大体十二歩目のあたりに立つ。一歩目が十三歩目と同じ場所で、発生する零歩目があるのならそこのはずだ。昨日と同じ腕時計を持つ。二十三時五十七分。あと少し。五十八分、足を上げる。五秒。下ろす。ぺた。上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。六秒。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。下ろす、ぺた、上げる。二十一回目だ。これを二十四時で下ろす。

 私の足音がする前に強い風が吹いた。目が開けていられないほどの強い風。


 風がおさまって目を開ける。暗い。

 辺りを見回す。暗い空間だ。

 上を見る。遠くに小さく明るい所が見える。いや、遠くないかもしれない。ただそこの光はここまで届かないし、周りの暗さであの場所との距離がいまいちつかめない。

 手だ。大きい手。それが明るいところに近づく。気付いたところで手が明るいところを塞ぎこの空間から見える光はなくなる。

 あの手のほくろ。見えない自分の手を見る。私の手に見えた。

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