2.

映画公開の翌日となる土曜日の早朝、映画館に向かうバスのなかでその事故は起きた。

「ニックが子供を殺しちゃうんだ」

「えっ うそっ!?」

事故を防ぐために両耳にはウォークマンのイヤホンを突っ込んでいたが、曲と曲の合間に致命的な情報が流れ込んできてしまった。タクミと同じバスに乗り合わせた小学生同士の会話だ。

昨日学校が終わった後に観に行ったのか、開校記念日かなんかだったのか知らないが、いち早く鑑賞した映画の内容を友達に自慢げに話していたのだろう。その事自体に罪はない。ただ、公共の場でのそれはテロ行為にあたるというのを知るのは、彼らの人生においてもう少し先の話であろうか。


1作目で若者だった映画の主人公ニックはやがて巨大な戦争に巻き込まれ、仲間と出会い、恋をし、父親となる。そして、7作目からはその息子が中心となって世界を変えていくのだ。

最初の主人公を演じた役者も年を重ねたままの姿で長い映画のシリーズで活躍を続けている。父親として息子とは別のやり方で敵の帝国軍と戦いを続けてきたのだ。そんな親子の間に一体何があったというのか?

この驚きはネタバレなどではなく映画のスクリーンの前でそこ味わいたいものであった。


不運。

そうとしか言いようがない。もう取り返すことはできないのである。公園のベンチでうなだれるタクミの目にはうっすら涙がにじんでいた。

1作目を目を輝かせて観ていたあの頃の自分にただただすまない気持ちでいっぱいであった。



『スペースウォーズ9』の人気はすさまじく、公開したばかりのチケットを手に入れるのは難しい。しかし長年のファンであるタクミがその程度の困難を乗り越えてないハズはなかった。

土曜の昼12時の回の指定席。映画の公開が決まった時点でタクミのスケジュールは確定していたのだ。

「上映まであと1時間か・・・」

スマホの待ち受けで時刻を確認したタクミは公園の樹木の向こうのビルを見つめていた。映画館のある複合商業ビル、いわゆるシネコンである。

予定通り 今からスクリーンへ向かうべきだろうか。

タクミは目を閉じて自分の心と向き合っていた。


「出直そう」


指定席は無駄になってしまう。

しかし、子供の頃から見守ってきたストーリーが完結を迎えるのだ。

こんな気持ちのままではネタバレしていないところまでも、素直に楽しむことができないだろう。

タクミは映画のチケットを丸めてベンチのわきのゴミ箱に放り投げた。


今の自分に出来ることは、とにかく気持ちをリセットすることだ。

いったん映画のことは忘れよう。

なにかうまいものでも食べて・・・



「すまんが、『スペースウォーズ9』はこの辺で観れるじゃろうか?」

高そうなスーツを着た老紳士がベンチから立ち去ろうとしていたタクミに声をかけた。


見ず知らずの老人の口からたった今忘れようとした映画のタイトルが出てきた。そのくらいこの映画の人気はすさまじく、世間は『スペースウォーズ9』の話題で持ち切りというワケなのだ。


「『スペースウォーズ9』、ですか・・・」

「ああ、『9』じゃから、惑星エンダースが崩壊するやつじゃ」

「崩・・・

 ちょ、、ちょちょちょ、何それっ!? 」

老人の口からこぼれ落ちたのは、想像を絶するネタバレ・・・なのか?

これから映画を観ようとしているんじゃないのか?


「いや、ちょっと待ってくれ。

 それ・・・ネタバレか?」

「ネタバレ?」

「映画の内容をしゃべっちゃダメだろ! オレまだ観てないんだよ!」

「ああ、これから観るつもりなんじゃな。『9』は感動モノじゃったぞ」

「いやいやいや、だから何も言うなって! いい歳してそれくらいわかるだろ!」

相手はどうみてもタクミより人生経験豊富なのだ。小学生とはワケが違う。


「ほう、映画を観る前に、その内容を知りたくない。

 そう言いたいのか?」

「あっっったり前だろ!?」


老人は目を丸くしてタクミに問いかけた。

「それは、この時代のみんながそう思っているのか?」

「ん? 時代???」


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