3.

「50年後?」

「ああ、2070年から50年ほど過去に来ているつもりじゃ。

 今は 2020年じゃろう?」

「はっ、わざわざ映画を観るために未来からやってきた?」

老人は 未来から時間を超えて『スペースウォーズ9』を観に来たというのだ。

タクミは鼻で笑うしかなかった。


「ワシが子供のころ初めて映画館に連れて行ってもらったのがこの映画じゃった。

 それはもう興奮しての。

 その後どハマりして、いろんなおもちゃやグッズを買いあさった」

老人はタクミと同じような沼にはまっていたようだ。


「ワシはカッコいいメカがドンパチやるのが好きでのう。

 ストーリーの方はまあ、どうでもよかったんじゃ」

「ふふっ、まあそういう楽しみ方もありますね」

未来から来たとかいう話の真偽はさておき、タクミは同じ『スペースウォーズ』ファンとして老人の主張に耳を傾けつつあった。


「そう言ってもらえるとありがたいのう」

老人はベンチに腰掛け、少し遠くへ目をやりながら話を続けた。


「しかしじゃ、『スペースウォーズ12』あたりで、そうも言ってられなくなったんじゃ」

「12・・・

 ちょちょちょちょ、ちょっと待ってくれ!!!

 『9』で完結じゃないのかよっ!??」

「ああ、『9』で一区切りするんじゃが、話はまだまだ続くぞ」

老人の言うことをまるごと信じているワケではなかったが、これが本当のネタバレであったなら、気を失いかねないレベルの話だ。タクミは思わず地面にヘタり込んでしまった。


「カイルの子孫とヴォーネン卿の親戚との確執。もうその辺になると話がややこしくてな」

カイルというのは『スペースウォーズ1』の主人公ニックの息子の名前だ。

カイルは『9』で殺されるというネタバレをさっき・・・

っていうかヴォーネン卿って誰だよ? その親戚??


「あれだけ楽しみじゃった『スペースウォーズ』を観るのが苦痛になってきたんじゃ」

「はぁ・・・。

 まあダラダラ話が続くとダメになるってことか?」

「いや、世間一般では超絶感動の嵐とか言ってな。全地球が泣いたとかいう話になっておった」

「感動・・・ねえ」

「ワシのように感動できない者には映画を観る資格がない。そう思っておった」

「いやいや、感じ方なんて人それぞれだろ?

 好きに楽しめばいいでしょうよ」


老人はおどろいたようにタクミの目を見つめた。

「本当にそう思うのかね?」

「いや・・・そんなの当たり前・・じゃ?」



----------



老人は目を閉じ、かすかに震えながら続けた。

「もう30年ほど前、、、2040年くらいか。

 そのくらいの時代じゃと、もう映画の感想が人それぞれなどということはなくなっておっての」

「はあ?」

「爆発的にヒットする映画があって、「感動する」と言われてな。

 みんながそれを観に行くんじゃ。いや、確認するだけと言ってもいいじゃろう」

「そりゃヒドいな」

「もちろん映画を観た人は、口を揃えて「感動した」と言っておる。

 感動する映画を観たんじゃから、当然の話じゃ」

「いや、なんかおかしいだろ、それ」

「ネットの動画と同じじゃよ。流行っているものが話題になり、話題が話題を呼ぶ。

 映画も動画も星の数ほどあるが、みんな口を開けて待ってるだけじゃ。

 話題の方から勝手に口に飛び込んでくる。あとはそれを確認して、感動するんじゃ」

「・・・・」

そう言われてみれば、タクミがいるこの 2020年もそういう傾向がないとは言えなかった。


「ただな、ワシのような一部の変わり者はついていけなくての。

 肩身のせまい思いをしておった。

 みんなが感動できるものに感動できない。それは脳の障害ではないかと」

タクミは思わず老人の方へ振り返った。

脳の障害? そんなハズがあるワケがない!

しかし、これから先の未来では そういう考え方になってしまうのか?



「子供のころ『9』を初めてみたときのあの感動を、新しい作品でも味わいたい。

 ワシが薬の開発を始めたのは『スペースウォーズ』のためと言っていいじゃろうな」

老人は上着のポケットに手を突っ込み、2粒の錠剤をとりだして手のひらにのせた。

「映画が楽しめなかったらこれを飲めばいい。

 白い薬でまちがった記憶を消し、青い薬を飲んでから、もう一度映画を観るんじゃ」

「薬・・・?」

「ああ、この青いのは感動する脳細胞に作用する成分を含んでおる。

 他にも 恐怖や笑い、怒り、基本的な感情はひと通りそろえた」

「そうやって感動することに何の意味が・・?」

「意味か・・・」

老人はしばらく腕組みをして考え込んだ。


「料理を食べて、塩味が足りなかったらどうするかね?」

「・・・! 」

感動と塩味は違う! タクミは出かかったセリフを飲み込んだ。

本当に違うのだろうか?

料理をおいしく食べるために塩をふりかける。これは2020年でもできる話だ。

映画を楽しむために感動をふりかける。遠い未来ではそれが普通にできてしまうというのか。



「ワシが子供のころはこんなものは世の中になかった。

 じゃが、それでも感動はあった」

青い錠剤をひとつつまみ上げ、老人は続けた。

「『9』を観たときの感動は、こんな薬で再現できるものではなかったがの。

 それこそ、子供の自分に戻れれば また味わうことができるのかもしれんが」

老人はゆっくりと腰を上げ、タクミの方に向き直った。


「長話に付き合わせてしまったな。

 いい時代じゃよ、ここは。

 自分の感じたままでいられる」


なんか、いい話みたいに終わる空気になっているが、タクミにしてみればたまったものではない。

その感動できる『スペースウォーズ』の壮絶なネタバレを一方的にぶち込まれてサヨナラと言われても、だ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

タクミは背中を向けて立ち去ろうとしている老人を呼び止めた。

「その白い薬・・・

 たしか 記憶を消す とか・・・」

「ん? ああ、そうじゃ」

「もしかして、それを飲めば、これまでのネタバレをごっそり忘れられるとか?」

「おお、そうじゃな。

 まあ、過去6時間くらいの記憶が全てなくなってしまうが」



「それ・・・ください!!!!!」

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