いつかの今日の出来事

きんちゃん

第1話

 本気で死のうと思ったのは今日で21回目だった。


 だが既に20回失敗していることを考えると、恐らく今回も成し遂げられないのではないだろうか?自分の身体が弱気に侵されていくのが藍が染まってゆくようにはっきりと見えた。

 生きるのをやめたいのではない。俺は俺を殺したいのだ。

 そんな些細にして唯一の願いすらも叶えられそうにないことを悟り、俺は声を出さず泣いた。

 他に何が出来るだろうか?他に何が出来ただろうか?

「こんなクソ配牌で良くやったよ!それでもお前は最善を尽くしたじゃないかよ!」

 そんな自己憐憫の言葉は幾らでも俺の内から聞こえてくるが、その声の大きさほど俺の心は動かされない。

 そもそも俺は俺の言葉を信用していないのだ。


「じゃあ誰の言葉なら信用しているんだよ?」

 ケタケタとヤツの意地悪い声が聞こえてくる。

「うるせえ!テメェに何が分かる!」

 反射的に怒鳴る。

 俺は俺を思いっきり殴ってやりたかった。……だが残念ながら俺は俺に対しては踏み込むことが出来ない。踏み込みのないパンチなど何の威力もない。

 威力の出ない右ストレートの代わりに俺の出来ることと言えば、せいぜい虚勢を張って怒鳴りつけることくらいだった。

 それが余計にヤツを調子付かせ、俺を苛立たせることが分かっていようともだ。


「……なあ、てめえは本当に俺を殺したいのか?本当はただ単に苛立ってなんじゃねえのか?それも一種の自己陶酔としてだろ?お前には苛立ちという単一の感情しかないんだよ。普通の人間が感じている色とりどりの感情を、お前は苛立ちという一次元の感情の多寡でしか判別出来ないんだよ……哀れな人生だな、くくく」

「うるせえ、クソ馬鹿野郎!ぶっ殺すぞ!」

「そうそう、その調子だ!それがお前の最大の怒りであり、最大の悲しみであり、最大の喜びであり、最大の楽しみなんだよ。……お前もとっくに気付いているんだろ?」

 ちがう!そうじゃない!そんなことじゃない!……だが俺には返す言葉が見つからなかった。


 本気で死のうと思ったのは今日で21回目だった。

 30年の人生の中でこれが多いのか少ないのかはよく分からない。そもそも多いか少ないかという指標が何か意味を持つことなのだろうか?


 本気で死のうと思ったのは今日で21回目だった。

 本気で殺したいと思った他人は両親を含めてもその半分に満たなかった。

「どうだ?こんな惨めな21回目を迎えるのならば、とっとと他人に踏み込んでおくべきだったんじゃないのか?」

 ヤツの声がした。

 これには何の反論の余地もない。全くもってその通りと言う他ない。

 殺したいほど憎い誰かを殺して、それで終着駅までの列車が走り出すのならば、こんなに幸せで綺麗な終わり方はなかっただろう。


「あきらめないで!」

 不意に天使のソプラノが響いた。

「あなたにはあなただけの価値が」

「黙れ!クソボケ!」

 その時、俺とヤツとは完全に一つだった。

 敵の敵は味方。人類……いや生命が生まれた時から発生した、唯一にして無二の同盟関係の構築方法だ。


 良いか?たかだか内面の声を聞いたくらいで、俺を分かった気になるんじゃねえぞ。

 テメェが俺じゃないとどうして言えるんだ?

 俺がテメェを殺さない、と思うのはいささか見通しが楽天的に過ぎないか?

 テメェが俺を殺していない、と思うのはあまりに無頓着で無責任ではないのか?

 俺は俺を決して許しはしない。お前も俺を決して許すな。






(了)

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