第10話 ついに始まる魔法の練習
そもそも、どうしてヨルンさんがこんな仕事量になっているのか。その原因は鎧の人の隊長、ダルトさんにあった。
最初は各部隊、この場合鎧の人の部隊とマントの人の部隊になるのだが、それぞれの隊長に決裁権があった。そして砦の管理に関するものも鎧の人の隊長、ダルトさんに裁量があり、チェックも当然そちらがするべきものだった。
ところがあの隊長さん、全く書類仕事が出来ない。出来ないというか、やらないらしい。腐れ縁という事でヨルンさんがそれを引き受けるようになり、現在に至ると。
駄目でしょ。仕事をする人が仕事を抱えて潰れるパターンだよこれ。
そもそもヨルンさんがやってもいいなら、鎧の人のとこの副隊長さん、あの人がやったっていい話だ。そう思って聞けば、あの人は無茶をするダルトさんの尻ぬぐいという仕事でいつも奔走しているらしい。ヨルンさんは書類よりもよほどそちらの方が大変だと溜息をついていた。実は私が取っ捕まっていたあのオークションの捕り物も、上に事前連絡せずの抜き打ちでやったらしい。だからこそお偉いさんが参加している場所に乗り込んで全員捕縛できたらしいのだが……逆にそれで都の方で大揉めに揉めていると。なんだか大物が捕まってしまってえらい騒ぎだとかなんとか……おかげで私が解放されるタイミングもずれ込んではいるのだが……
とりあえず、状況は理解した。
じゃあもう元の状態に戻す事は不可能と諦めて、それがダメなら下の意識改革をしなければならない。
私はヨルンさんの部屋に陣取って、書類を持ってやってくる人の前に立ち塞がって書類を浮かせ見て回り、ヘビの私が見てもダメだろというものを全て突っ返した。
え? という顔をした人もいたが、ヨルンさんが書類の不備がある場合私の審査を通らない事を告げると、さらに驚いた顔をして私を見た。私はふんすと鼻息荒く腕を組んで見せた。この行為をするために、私はヨルンさんを納得させるべくさらに文字の習得に励み、書類の不備をビシビシ指摘していって合格を貰っているのだ。引く気は一ミリとてない。そもそも私の審査で落とされているやつは、新しく配ったフォーマットを全く見ずに書いたと思われるものだ。配られたものに目を通さないなど、社会人として言語道断! ん? 社会人? ……あれ? 私、学生の筈じゃ……
いや、そんな事よりもだ、私は意識を改めない者を絶対に通してはならない。
固い決意のもと、私は一人……いや、一匹で仁王像のように立ち塞がり続けた。納得のいかない人もいたようだが、私は木の板と木炭でどこがどうダメなのか、どうしてダメなのかを説明した。ダメなものはダメと言う事も出来るが、納得いかない人というのは理由がわかっていない場合が多いので、それを解消すればすんなり聞いてくれる場合もあるのだ。
全然理解してもらえない事もあるけど。
今までこれで出来ていたのにどうして出来ないんだ、とか。魔物のくせに、とか。
前者はともかく後者はごもっともと思った。だが、こちらも引くわけにはいかない。人生というか精霊生が掛かっているのだ。早く姿を変える術をマスターしたいのだ。
不満を言うのは特に鎧の人に多かったが、途中からマントの人も協力してくれるようになって、一緒に説得してくれるようになった。このままだとヨルン隊長がぶっ倒れて早晩この砦は内部崩壊するぞと。
ちなみにこの協力してくれた人、魔導部隊の副隊長さんだった。この人もずっと心配していたけどどうしていいかわからずにいたようだ。
そうやって奮闘していると、二週間もする頃にはほとんど突っ返すものは無くなった。代わりに私は書類の整理のお手伝いをしている。
そしてヨルンさんの食生活に関してもちょっと苦言を申しました。あの茶色い塊、ずばり完全栄養食の保存食だったらしい。でもくっそまずくて誰も食べたがらないとマントの人の副隊長さんがげんなりした顔で言っていた。あんなの食べてるのヨルン隊長ぐらいだと。
確かにそれで栄養は取れているのかもしれない。でも、それでは心が休まらないのではないだろうか。温かい美味しい食事を食べると、それだけでほっとする事もあると思うのだ。だからヨルンさんに木の板に書いてお願いしました。
一緒に食堂で食べたい、と。
ちょっとあざとく上目遣いに首を傾げたら一発でしたよ。「ぐふっ」とかって変な声出して顔を背けていたのでヒットしたのは間違いない。なんか段々悪女になっていってる気分だ。
でもまぁそのおかげで三食きちんと食堂で食べるようになってくれたので良しとしよう。
夜も寝る時間が確保できるようになったのだが、最初の方はその時間帯に寝る事に慣れずヨルンさんはソワソワしていた。とてもワーカーホリックっぽいです。これまでの苦労が偲ばれます。お疲れ様です。
見ていて気の毒なのですいーっと浮いていって、そのすべすべなほっぺにすりすりして寝かせた。これぞアニマルセラピー。毎晩やってるうちにいつしか私も一緒になってそこで寝るようになってしまったが、まあ私小さいし邪魔にはならないだろう。ヨルンさんも寝相はいいし潰されないと思う。
そしてついにやってきました、魔法を教えてくれるという約束の日が。
ヨルンさん、私がどうしてこんなに頑張っているのかどうやらわかっていたようだ。苦笑しながらお待たせしてすみませんと謝られてしまった。
いえいえと私は首を横に振った。こちらこそ無理なお願いをしている自覚はあるので、きちんと相手してもらえるだけでありがたいです。
昼食を取った後、書類の無い綺麗なテーブルの上に陣取って私はヨルンさんのお話を聞いた。
「魔法というのは大きくわけて二つ種類があります。
一つは魔力を使用するもの。もう一つは、霊力を使用するもの。
一般的に魔力を使用するものは人間や魔物で、己の中に存在する力を核として魔法を発動させています。もう一つの霊力というのは、妖精や精霊が使う力の事で、自然界に存在している力を取り込んで魔法を発動していると言われています」
あ。なんか詰んだっぽい。
のっけからそもそも使用している力が違うと言われたらどうしたら?
「ただ例外もあって、人であっても霊力を使用出来る者もいますし、妖精であっても魔力を使用する事が出来る例もあります。妖精との接触はあまり報告されていないので彼らの魔力使用について実情はわからないのが本当のところではありますけどね」
セーフだった。ギリセーフ。
「我々が日常的に使用しているのは魔力ですから、そちらをお教えしますね」
了解です! と、手をピッと敬礼の形にする。残念ながら全く額のところには届かないのだけれど。気分だ気分。
ヨルンさんは私の手を見て小さく笑い、話を進めた。
「魔力を使用するためには、まず魔力を知覚するところから始まります。
人の場合はここ、臍の少し下の辺りに魔力が溜まるポイントがありそこに意識を集中させて感じとります。魔物の場合は身体のいずれかに魔石があり、そこに魔力が溜まっているはずです。フェザースネークの場合は……ちょっとわかりませんが」
そうなのか……どうなんだろう? 薄々そのフェザースネークっていうのは魔物であって、精霊である私とは違うものなんだろうなと感じている。だからフェザースネークの魔石とやらの位置がわかったとしても私に通用するかは別だろう。
とりあえず、疑問に思った事を木の板に書く。
「どうやって感じ取るのか、ですか。私の場合はそもそも魔力が身体から溢れる程だったのでそもそも知覚も何も無かったんですよね……一般的には瞑想をして感じるそうですが……」
うーん。そうなのか……参考にならないなぁ。
困って私はもう一度木の板にヒントはないだろうかと質問を書いた。
「どんな感じがするのか? ……そうですねぇ。人それぞれですが、私の場合はドロドロに溶けた鉄みたいな感じでしょうか」
……それ、危なくない? 溶けた鉄とかって、めちゃくちゃ熱いって事じゃないの?
思わず、痛くないの? と書いたら、笑って慣れましたと言われた。えぇ……痛いって事じゃないか……笑ってるけど笑いごとじゃない気がする……
ちなみに他の人は? と聞くと、温かいお湯が巡っているような感じだと。全然違いますがな。ますます大丈夫だろうかと心配になる。
見上げていると、本当に大丈夫ですよと頭を撫でられた。うーん、こんなに優しい人なのに痛いのは嫌だなぁと思ってすりっと頭をこすりつけると、何故かヨルンさんはパッと手を離した。
ん? 何かしただろうか? 最近はすりすりも慣れていたので、こういう反応をされる事は無かったのだが。顔を上げると、ちょっとびっくりした顔のヨルンさんがいた。
「今、何をしたんです?」
今? というと、すりすり? と、思ってもう一度その手にすりすりしてみる。
ヨルンさんは、あれ? という顔をして首を傾げた。
「気のせい……?」
何が? どうしたの? と、書いて見せると首を横に振られた。
「いえ、気のせいだったようです。なんでもありませんよ。さ、魔力を感じ取れるかやってみましょう」
うーん。自信はないが……いや、後ろ向きは良くないな。せっかく教えてもらっているのだ。とにかくやってみなければ。
そう思って両手をぎゅっと握って目を閉じ、じーっとして自分の身体に集中してみる。
頭の先から尻尾の先まで、何かあるだろうかと探してみるが……そんな簡単にわかったら苦労しないよなぁ……
それでも早々に諦めるのは時期尚早だと頑張って集中を続けてみる。
むーと眉間に皺を寄せて頑張っていると、ふいに額のあたりを撫でられた。目を開けると、苦笑しているヨルンさんの顔。
「力み過ぎですよ。瞑想は力を抜いてやるものです」
そうなのか。じゃもう一度。今度は身体の力を抜いて集中してみる。
身体の力をぬいて寝そべり、だらけた姿勢になってみたがこれって瞑想としてありなのだろうか? どうなんだろうと思ってちらっと目を開けてヨルンさんをうかがって見ると、なんか日向ぼっこをしている猫を微笑ましく見ているような感じの目をしていた。
まぁいいや、止められないならやってみよう。
だらーんとしたまま目を閉じていると、だんだんと眠たくなってきた。窓が開いているから、丁度いい風も入ってきて気持ちもいい。やっぱり精霊だからか、自然の風に包まれているとほっとするというか身体が楽になるようなそんな感じもする。
と、そこまで意識はあったのだが、その後私は寝落ちしてしまったようだ。気が付いたらすっかり夜になっていて、ショック。そんな子供みたいな……
部屋にはヨルンさんもいなくて、多分ヨルンさんが移動させてくれたのだと思うが、暗い中大きなベッドの上に一人でいるとちょっと気持ちが沈んだ。私、このまま姿が変えられなかったらどうしよう……
怖い考えが頭を過って、ちょっと目がぼやける。あ、私涙が出るようだ。と、誤魔化そうとしても一度沈んだ気持ちはなかなか浮上せず、じわじわと不安が広がっていった。
窓の外では私の気持ちと同じように、シトシトとした雨が降り始めていた。それは私がこの世界に生まれて初めての雨だった。
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