ヘビ型かと思ったら竜型だった

うまうま

第1話 かち割れって言われても

〝さあ出ておいで、もう目覚めているだろう?〟


 いや、うん。目覚めて、というか意識はあるんだけれども。と私は頭に響く声に対して思う。

 只今私は白い何か固いものに包まれている。もぞもぞと手足を動かして触ってみるがどこにも出られそうな穴はないし、コンクリートみたいな固さのそれは押してもビクともしない。

 うーんと私は困った。

 そもそも目が覚めたらギッチリこの白い入れ物?に詰め込まれており、何がどうなっているのかもまだわかっていないのだ。昨日は普通にベッドで寝たと思うのだが……拐われたとか?


〝大丈夫、怖がる事はない。そなたにはきちんと力が備わっている〟


 先ほどから頭に響く声は、何故か私を励ましているようで、しかもこの白い壁から出てこいとしきりに言ってくる。拐われたにしては励まされているこの状況は意味不明だ。

 誘拐じゃないのなら逆に出してくださいよと思うのだが、どうも私自身が出る事に意味があるらしく、向こうから手を出すつもりはない様子。

 仕方がなく私は現状打破のため拳を握って壁を叩いてみた。が、やはり固くてびくともしない。なぜか若干手の感覚がいつもより遠い感じはしたが、狭くて自分の身体を確認する事も出来ない。


〝さあ割るのだ、元気よく! かち割れ!〟

 

 ファイト一発的なノリで言ってくる声に、突っ込めるなら突っ込みたかった。どうやって? と。こちらは素手で何も持っていないのだ。かち割れるものならかち割りたいが、やりようがない。


〝そなたなら出来る! 迷うな! 頑張れ!〟


 応援がちょっと暑苦しいものへとなってきた。頑張ってどうにかなる類のものなのだろうか?


〝さあ今だ!〟


 今なの? 固いままなのだが……


〝ほら今だ!〟


 あぁ、掛け声的なね……


〝やれ今だ!〟


 そんな適当な……


〝ほらほら休んでないで頑張るのだ!〟


 休んでいるつもりはないが、いい加減鬱陶しくなってきてちょっとイライラしてきた。こちらは状況理解も何もあったもんじゃないのに、言いたいこと言って! と、いらついた気持ちそのままに全身で上下に突っ張っぱった。

 その瞬間、頭上の方でパリッと思ったより軽い音がして光が差し込んで来た。白い壁の中はどうも暗かったようで、差し込む光に目が眩む。


〝おお!〟


 喜ぶ声に、しょぼしょぼと瞬きを繰り返してやっと慣れた目で辺りを見たら、なんか白いでっかいのがいた。

 ぽかんと見上げる程に大きなそれはフサフサで、白くて、そしてでかいけど細長かった。前半の情報と後半の情報で脳内バトルが始まり、目の前のそれがなんなのか理解が出来ない。

 いや、なんとなくはわかるのだ。形状的には、ヘビだと。でも質感がふさふさの毛に覆われているようで、ヘビ? という具合に疑問が残るし、ヘビか? いやヘビじゃないだろ。という具合に頭が混乱する。

 大きな胴体の先端、頭の部分はヘビというか、もっと動物的な顔立ちというか口が少し長くて……馬? それとも犬? に近いだろうか。ぴょこんと後ろ側に伸びるように生えている耳もちょっとかわいい。かなり珍しいヘビ?である。

 ぼけーっと見上げていると不思議な色合いの金色の縦に避けた瞳孔がこちらを見下ろし、ゆっくりと顔が近づいてきた。

 あ、食べられる。と思ったら、べろんとなめられた。

 うわあっと身を竦ませるが、なんか首のあたりが狭くてうまく身体が動かない。下を見て、私はなるほどと思った。

 私もヘビ?だった。卵っぽい殻から頭を突き出した状態だった。


〝よくやった! さああともう少しだ、出ておいで〟


 いろいろな疑問や困惑は脇にそっと置いといて、とりあえず殻から出る事に専念する。ぐいぐい頭を動かしてなんとか開いた穴から出ようとするが狭くて出られない。そもそもヘビの身体の動かし方がよくわからないのでジタバタと藻掻いているだけのような気もする。


〝頑張れ! そうだ! そこだ! いいぞ!〟


 全然進展していないが、掛け声は嬉しそうだった。

 ちょっとは手伝ってくれないかなとちらっと見上げるが、金色の目と視線が合っても応援だけで動きはない。やっぱり一人でやれという事なのだろう。

 少しぐらいいいじゃないかと、腹立ちまぎれにフンッと足?を踏ん張ったら、ずぼっと上半身ぐらいが出た。だがそこからがまた長かった。

 はっ、ほっ、と一生懸命身体を捻じったり振ったりするが、下半身がなかなか出ない。


〝いいぞいいぞ! いい調子だ! あと少しだぞ!〟


 応援はいいから手伝ってほしい。切実に。なんかお尻がでかくて引っかかってるみたいな状況がいたたまれない。

 手があればもう少し違うんだろうけどと思って、あれ?と思い出す。私、さっき拳を握って壁を叩いたような。

 わきわきと手を動かしてみると、ちょっと違う感触はしたが、動かせているような気がする。きょろきょろと自分の身体を見ると、胴体のところにちょこんと小さな手のようなものが見えた。あるにはあったが、これで何が出来るのだろうかというような小さな手だった。ヘビって手なんてあっただろうか?

 見上げてみると、大きなヘビ?の方にも手があった。頭から胴体の方に少しいったところに、にょきっと身体に対しては小さなものが生えている。そこも真っ白な毛で覆われていたが、先端の指の方にはなんだか硬質そうな爪のようなものが尖っているのが見えた。

 自分の手を改めてみると、桜貝のような小さな小さな爪っぽいものが見えた。とても脆弱そうなそれに役に立つのだろうかと疑問になったが、いや無いよりましかと思い直し、殻に手をつくように爪を立ててぐっと下半身を引っ張った。

 するとギギギと殻に爪が引っかかりそこを支点にうまく引っ張り出す事が出来た。


〝おお!! よくやった! さすが我が子!〟


 ひょいっといきなりでかいヘビ?に咥えられてブンブン振り回される。

 ひーー!!と声にならない叫びを出したと思ったら「ぴぃぃぃ」と思ったのと違う声が出ていた。


〝おおすまぬ。ついつい嬉しくてな〟


 私の悲鳴に気づいたのか、そっと私は下に降ろされた。下はむき出しの地面だ。そういえば上は良く晴れた空。どうもここは外らしい。吹きさらしのところに巣があるのだろうか。


〝さて、我はそなたの母だ。そなたの名は?〟


 周りを観察していたら、思わぬ事を聞かれた。

 えー……どういう事?

 百歩譲って、この目の前のでっかいヘビ?と私が親子関係であるのは何となくわかる。察していた。だが、私の名前を親が、しかも生まれて間もないと思われるこの状況で聞いてくるものなのだろうか。それともこの声は全て私の妄想の産物であったりするのだろうか。


〝戸惑うのも無理はないな。我も戸惑ったものだ。我ら精霊は満ちた魂から生まれるものなのだ。それゆえ、受け継いだ魂に刻まれた名というものが既にあるのだよ〟


 せいれい……とは、あのファンタジー御用達の不思議生物の事だろうか……

 言っている事は半分もわからないが、ひょっとして転生している事を言っているのだろうか……という事は、つまり私は死んでしまったのだろうか……?


〝あぁ恐れるな。何も怖いことはない。そなたは十分に満ちた生を終えてこの世界へと迎えられた。今は全てを思い出す事は難しいかもしれぬが、そなたは道半ばで倒れたわけではないのだ〟


 満ちた生……って、大往生という事?

 私の感覚では、そんな長く生きた覚えはないのだが……少なくとも学校に通っている筈で……


〝さあ、そなたの名は? 覚えている名を言ってごらん〟


 促され、思ったよりもその声が優しくて、私は戸惑いながら覚えている自分の名前を言った。


「ぴぃ」


〝ふむ……そういえば念を使えるようにならねばわからなかったな〟


 ……聞いといて、それって……


〝怒るな怒るな。そのうち使えるようになる〟


 声は機嫌良さそうにカラカラと笑っていた。

 細かい事は気にしなさそうなはは様だ。


〝さて、我が子が生まれた祝いだ。すこしばかり喜んだところでバチは当たらぬだろう〟


 じとーとした目で見ていると、そんな目に気づきもせず母様はシュルシュルと空へと舞い上がった。そう、空へ。なんとこのヘビ?は飛行タイプだった。いや、ヘビ型の精霊と言った方が正しいのかな? 

 精霊と言われたら飛んでいてもそんなに不思議には思わなかった。見上げていると、空に舞ったその白い身体からふわりと何かが広がった。

 ……羽?

 鳥よりももっと柔らかそうな、羽毛のようなものが魚のヒレのように左右に広がり風の中を泳いでいる。まるで大空を満喫するように悠々と泳ぐ姿は雄大でもあり、見ているだけでも気持ちよさそうなのが伝わってきて、いいなぁと思ってしまう光景だった。だが、のんびり見て居られたのもそこまでだった。

 それまで一度も開かれる事のなかった口がぱかりと開くと、そこから空気を震わせるような轟音が響いた。

 雷の音にも似たそれにびっくりして固まっていると、次にとんでもない突風が吹き荒れ、反射的に私は身体を伏せて地面に爪を立てた。もし少しでも遅かったら私は吹き飛ばされていただろう。

 母様はあれだ、天然だ。しかもやばい方の天然だ。私は確信した。

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