Q11 大群と戦ったらどうする?


「おりゃっ!」


 フルスイングでバットを振り抜き、目の前のシュクシャの頭を粉砕する。その勢いのまま回し蹴りを放って二体目を吹き飛ばすと、おろしていたバットを振り上げて三体目のシュクシャの頭を顎から破壊した。

 素早い動作で一連の攻撃を成功させたのも束の間、すぐに次から次へとシュクシャ達が迫って来る。


 「流石に多いな」


 ここまでのシュクシャ達を相手に戦闘を行うのは初めてだ。

 まあ、実際には戦闘と言うより、俺の後ろにいる四人めがけて走って来るシュクシャを一方的に攻撃しているだけなんだけどな。傍から見たら、そんなこと分かりはしないだろう。

 倒しても倒しても湧いて来るシュクシャを前に、俺は思わず顔をしかめる。

 武器をバットに持ち替えておいて正解だった。リーチの短いサバイバルナイフでは、このような立ち回りは難しかっただろう。

 そんなことを頭で考えながらも、体は休めることなくひたすらに動かし続ける。なだれ込んでくるシュクシャ達をもらすことなく倒し続けるのには、想像以上の集中力を要することとなった。恐らくまだ戦い始めてから数分程度しか経っていないだろうが、既に俺の身体は久し振りの疲労感というものを感じ始めている。


 「せいっ!」


 何体目になるか分からないシュクシャを吹き飛ばした時だった。


 「うおっ」


 俺は不意に身体をよろけさせてしまった。床に転がっているシュクシャの死体に気が付かずに、足下を取られてしまったのだ。


 「ふんぐっ!」


 この並外れた身体能力を使って足一本で踏ん張り、何とか一瞬のうちに体勢を立て直す。だかそれでもそのわずかな隙を突かれて、一体のシュクシャが俺の脇を通り抜けてしまった。

 まずい。彼らところに行くのは防がなければ。

 そんな思いから踵を返そうとした俺だったが、予想外の光景を見て踏みとどまる。


 「はあぁぁ!!」


 いつの間にか起き上がってきた金髪の男が、その手に持った刺股さすまたを使って、シュクシャのことを床に押し倒していたのだ。あれは元々、細身の男が持っていたものだろう。


 「今だっ!」


 その声に応じる様に、黒髪の男がシュクシャの頭めがけて木刀を振り下ろす。


 「はあっ!やあっ!」


 数回にわたって木刀を振り下ろしたところで、シュクシャは完全に動かなくなる。

 俺は素直に関心を覚えていた。見事な連携技と言えるだろう。無意識の内に俺以外の人間はみんなシュクシャに対して無力なのだと決めつけていたが、こうして策を講じればきちんとシュクシャと戦うことができるらしい。

 

 「っ、おっと!」


 背後の二人に視界をとらわれ過ぎてしまった。

 慌てて正面へと向き直り、再び迫って来るシュクシャ達を相手どる。

 うーん、さっきまでは全部倒せばいいやとか考えてたけど、ちょっと考えなしだったか?今のところ、襲い来るシュクシャ達の数が留まる気配はまるでない。戦闘が長引けば長引くほど、その音を聞いたシュクシャ達が集まって来る悪循環となっているのだろう。正直、俺もいつまで持ちこたえることができるか分からない。

 後ろの二人も一緒に戦ってくれれば、もう少し楽に戦闘をこなすことができるだろうか?先程の動きを見る限り、俺がサポートしながら戦えばあの二人も十分にシュクシャわ仕留めることができるはずだ。


 「お前ら、悪いが一緒にっ……っ」


 助力を求めようと振り返った俺は、そこで言葉を詰まらせた。背後にいたはずの四人の姿がなくなっていたのだ。

 一体どこに?

 シュクシャとの戦闘は続けながらも、俺の頭はそんな疑問で埋め尽くされる。まさか、逃げたのか?どこから?

 この廊下の先にあるのは、さっきまで俺が寝ていたベッドルームくらいだぞ。……まさか、あのベランダから?

 俺は、自分が侵入した際にあの部屋のベランダを利用したことを思い出した。少々高さのある二階とはいえ、あそこからなら外に脱出できなくもないだろう。

 なるほど。今考えてみれば、それが一番真っ当な選択肢であったかもしれない。俺のようなイレギュラーでもなければ、シュクシャの集団と真正面から戦って打倒してしまおうなどという馬鹿な考えは浮かばないのだろう。

 きっと彼らは、俺が時間を稼いでいるうちに窓から逃げたのだ。


 「そうか……」


 シュクシャをなぎ倒しているバットを握る力が弱まっていく。

 俺は、少しだけ気落ちしていた。

 いやまあ、見ず知らずの男が頼んでもいないのに時間を稼いでいてくれるのだから、その隙に逃げてしまうのは当然のことだろう。誰だって自分の命が一番大事だ。俺だって、この特別な力チートがなければあいつらのために戦おうなんて思わなかったろうしな。

 頭ではそう分かっていても、やはり彼らの為に戦っていたのに置き去りにされてしまったというこの状況に何とも言えない感情を抱いてしまう。

 ……それなりに時間も稼いだことだし、そろそろ戦うのをやめてもいいか。

 俺がここで戦闘をやめれば、シュクシャ達は俺を素通りして逃げた四人のことを追いかけにいくのだろうが、まあもう十分遠くまで行っているはずだ。少々残念な幕切れだが、美少女ロリが生き残ったのならそれでよしとしよう。

 戦闘を終えるべく構えていたバットを下ろそうとした、その時だった。


 バアァァァァァン


 何かを破壊するような大きな音が俺の背後から響き渡る。

 ギョッとして振り返ると、そこにはドア枠を破壊しながらキングサイズのベッドを全員で協力して部屋の外まで持ち出している四人の姿があったのだ。

 彼らはそのまま、廊下の幅いっぱいの大きさのベッドを突き出すようにしてこちらに突進してくる。


 「伏せてくださぁぁい!」


 黒髪の男の声で、俺は慌ててその身を低くする。その次の瞬間、俺の頭上すれすれのところを四人の抱えるベッドがすごい速度で通過した。彼らはそのままベッドの突進によって廊下に連なっているシュクシャ達を引き倒しながら止まることなく進んでいき、あっという間に突き当りの階段までたどり着く。


 「このまま脱出しますっ!着いて来てください!」

 「お、おう!」


 突然のことに驚き固まっていた俺だが、黒髪の一声で我に返り動き始める。


 「行くぞおらぁぁぁぁ」


 俺が彼らに追いつくと同時に金髪の男が叫ぶと、ベッドを階段の下めがけて押し出した。

 重力の力も加わって勢いの増したベッドは階段に群がっていたシュクシャ達をなぎ倒してゆき、その流れに遅れないようにして俺達五人も後に続く。勢いそのままに、俺たちは一階までたどり着くことに成功した。

 だが、まだ危機を脱したわけではない。一階にも多くのシュクシャが待ち構えていたのだ。先程までの狭かった廊下や階段とは違い、ここではこのベッドを碌に活かすこともできないだろう。ここから先は、自分達の力で道を切り開くしかない。

 気がつけば俺は前に躍り出ていた。


 「俺が道を作る!走れっ!!」


 全力でバットを振り回して、目の前のシュクシャ達を吹き飛ばしていく。

 俺は今、この特別な力チートを手に入れてから初めて必死になって戦っているかもしれない。俺がここで踏ん張らなければ、後ろにいる彼らはみんな喰い殺されてしまうことになってしまうからだ。

 

 「窓から抜けましょうっ!」


 そう言った黒髪の言葉に従い、シュクシャによってシャッターごと突き破られている窓ガラスの扉からの脱出を図る。


 「おりゃぁあ!」


 額から汗がこぼれ落ちるのを感じながら、懸命に道を切り拓いていく。シュクシャを一体一体仕留めると言うよりは、最早力で無理やり弾き飛ばしているような形だ。俺の後ろに続く彼らも、黒髪と金髪が中心となってシュクシャを避けながら何とかくらいついて来てくれている。


 「着いたぞ!速く行けっ!」


 何とかガラス扉の前までたどり着き、後ろの四人を誘導して先に外へと出す。すぐ後ろに追従していたシュクシャを蹴り飛ばすと、俺も外に飛び出した。


 「こっちですっ」


 黒髪の先導に従って暗闇の中を走る。外にもシュクシャ達の姿が見えるが、家の中程密集はしていないため何とか避けながら進んで行くことが可能そうだ。

 先を行く彼らは家の玄関口にまでたどり着くと、そこに停めてあった自転車へと跨っていく。俺がこの家に来た時にはなかったはずの、四台の自転車が並べられていたのだ。どうやら、彼らはこの世界で自転車を移動手段としているらしい。なるほど、それなりにスピードを保てて音も出ないのだから、確かにぴったりの乗り物だといえるだろう。

 

 「僕と萌香さんが二人で乗るので、あなたはこれに乗っ」


 黒髪の男がそこまで言ったところで、突然家の玄関が内側から吹き飛ばされた。そしてそこから、大量のシュクシャ達が溢れ出してきたのだ。


 「きゃあっ」


 運悪く飛んできた扉が自転車に当たり、萌香ちゃんが悲鳴と共に吹き飛ばされてしまう。そんな恰好の得物をシュクシャ達が見逃すはずもなく、あっという間に彼女の方へとシュクシャ達が群がって来る。


 「いやあぁぁぁ!」

 「まずいっ」


 俺はシュクシャの波をかき分けて咄嗟に悲鳴をあげる萌香ちゃんを掴むと、全力で後方へと飛んでシュクシャ達から距離を取る。

 シュクシャの集団の向こう側から、三人が必死でこちら側の安否を確認する声が聞こえてくる。完全に分断されてしまった形となった。


 「こっちは大丈夫だっ!」


 できるだけ大声で叫ぶが、向こうに伝わっただろうか。お互いに、シュクシャの集団を目の前にして危機的状況にあるわけだが、この状況では流石に向こう側のことを気にしている余裕はない。


 「しーちゃん!みんなっ!」


 俺の腕に抱えられている萌香ちゃんが叫ぶが、やはり向こうからの反応はなかった。


 「悪い、少しの間しっかり捕まってろ」

 「ふえっ?」


 腕の中の彼女を狙って迫り来るシュクシャ達から逃れるため、俺は走り出した。他の三人とは離れ離れになってしまったが、今は彼らの無事を祈るしかないだろう。

 一っ跳びで家を囲んでいる塀の上へと飛び乗り、家の裏手まで回っていく。裏手には、俺のバイクを停めてあるのだ。

 塀を飛び降りながらバイクの側にいたシュクシャを蹴り飛ばし、急いで跨ってエンジンを掛ける。

 

 「出すぞっ!」


 萌香ちゃんを前で抱え込むような姿勢のままで、俺はバイクを急発進させるのだった。

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