Q10 侵入者と対峙したらどうする?

 

 「汚ねぇ手で萌香ちゃんに触るんじゃねえ!今すぐ離れろ!」


 先程から声を上げているのはずっと同じ男で、俺に向かって突っ込んでこようとしていた、手にバッドを持っているやつだ。大分この暗さに目が慣れてきた今なら分かるが、こいつはどうやら髪を金色に染めているようである。俺と同年代くらいだろうか。風貌は全体的にチャラついた感じであり、好感の持てるような見た目ではない。俺はチャラ男にいい思い出がないのだ。

 そんなチャラ男の一歩後ろに、二人の男達が控えている。

 一人は元々萌香ちゃんと一緒にいた線の細い男で、俺より少し年下くらいだろうか。萌香ちゃんと同じ茶髪を短く切り纏めており、その顔は美青年であると言えるものだろう。男らしいというよりは、中性的な顔立ちだ。男はその手には何やら先端が二股に別れた長い棒のような物を持っている。あれは、刺又さすまたというやつだろうか?学校とかに防犯用で置いてあった記憶がある。きっと武器として使っているのだろう。

 最後の一人が、これまた正統派イケメンといった風な整った顔立ちをした黒髪の男で、その手には木刀が握られている。年の頃は俺よりも少し上くらいだろうか。チャラ男は言動からも分かる通り明らかに気が立っており、線の細い男にも少なからず動揺が見られるが、この男だけは未だに冷静さを保っているようだった。その視線からは、こちらの一挙手一投足を見逃さないように観察している様子がうかがえる。

 三人の男達から敵意丸出しの眼差しを向けられて、俺は内心でため息をついた。

 まあ、こんな小さな少女の首にナイフを近づけている時点で最低だという自覚はある。だが待ってほしい。ここまで一方的に俺が悪者みたいな扱いを受けるいわれがあるだろうか。

 俺のことを見つけた時の向こうの反応は、明らかに何か敵意が含まれているものだった。だから、俺は焦って人質を取るなんて行動に出てしまったのだ。流石に今の俺でも、複数人と真正面から戦って勝てる保証はないのである。言わば、自分の身を守るための行動だったのだ。

 とはいえ、俺の腕の中でブルブル震えている萌香ちゃんを見ていると、何だかとてもいたたまれない気持ちになってきた。どうしたものかと思案していると、黒髪の男が初めて口を開く。


 「望みは何ですか?」


 こいつ声までイケメンだな。

 くだらないことを考えている俺の心中など知るはずもなく、男は言葉を続ける。


 「食べ物は……正直少ないですが手持ちの物なら全て渡します。物資に関しても、そちらが要求するものがあるなら可能な限り用意しましょう。ですから、萌香さん、その女性には危害を加えないで下さい」


 んー?

 何だか話がおかしな方向にいっている気がするぞ。


 「あー、お前らがどう思ってるかは知らんが、俺はそっちが何もしないなら端から危害を加えるつもりはないぞ。当然、一方的に何かを要求したりする気もない。元々、俺は生存者とはなるべく仲良くしていきたいと思ってるんだ」


 俺の返答に、男は少し眉を吊り上げる。


 「では、どうしてそのような真似を?」

 「そりゃ、人が寝てる家にいきなり何人も入って来て、姿を見られた瞬間“見つけた”なんて叫ばれたら、自分の身を守るために何かしなきゃと思うだろ?この娘には悪いが、こっちも咄嗟の行動だったんだよ」

 「なるほど……しかし、僕達と友好的な関係を築きたいのであれば、そもそも勝手に入り込んで食料を食い荒らしたりするべきではないのでは?」

 「…………ん?」


 男の発言の意味が理解できずに一瞬首を傾げる。だが少し考えてみたところで、すぐに一つの結論が導き出された。


 「え、えっと、もしかしてここって、君たちの家だったりする?」

 「はい。ここは僕達の拠点としている家ですが?」


 …………あー、そういうことか。

 俺は内心で頭を抱えた。少し考えてみれば当たり前の話だったかもしれない。この家の内装が明らかに綺麗だったのは、人が定期的に管理していたからだ。そして台所に置いてあったインスタント食品も、当然彼らが手に入れてここに保管しておいたものなのだろう。

 なるほど。つまり、彼らは今日外から帰って来たところで食料が食い荒らされているのを見つけ、誰かがいるのかと思い中を調べてみれば見知らぬ男を発見。そして、見つかった男はその瞬間に小さな萌香ちゃんを人質に取ったと。……これ、俺が悪くね?


 「えっと、その……すいませんした」


 俺は力ない声で謝罪を述べ、軽く頭を下げた。その反応が予想外だったようで、男達は目を丸くしている。


 「いや、実は誰かが住んでいる家だって分からなかったんだ。ただ運よく綺麗で食べ物も置いてある空き家を見つけられたんだと思って、それで、君たちのことも突然現れた侵入者みたいに思っちゃって」


 弁明をする俺の言葉尻は段々と窄んでいく。自分で話ながら、何だか情けなくなってきた。


 「そ、そうでしたか。それなら、お互い誤解が解けて何よりです」


 そう言ったイケメンの笑顔も、少し引きつっているように見える。内心では、“コイツマジか”とか思っているんだろうか。


 「お互い敵意がないことも分かったわけですし、そちらの女性を解放していただいてもよろしいですか?」

 「あ、ああ。勿論」


 こうなってしまえば、もう俺がこの萌香ちゃんを人質に取っている必要もない。彼女を拘束していた腕を解いて、男達の方へと促す。


 「怖かったろ?悪かったな」


 彼女は拘束が解かれるや否や仲間達の下へと駆けて行った。俺の謝罪の言葉は届いたのだろうか、届いているといいんだが。

 しかし、俺がそんな心配をしていられるのも一瞬のことだった。

 萌香ちゃんと入れ違いになるようなタイミングで、金髪の男がその手に持ったバッドを振り上げながらこちらに走ってきたのだ。


 「っ、止せっ!啓悟けいごっ!!」


 黒髪の男の制止も聞かず、金髪の男はこちらへと一目散に駆けてくる。この男、俺が人質を手放したのをいいことに、俺を始末する腹積もりらしい。上等だ。

 あっという間に俺の目の前までたどり着いた男は、容赦なく俺に向かってバッドを振り下ろしてきた。だが、それをみすみす受ける俺ではない。身体を軽く横に逸らしただけの動きで、男の攻撃を回避する。


 「ちぃ!」


 男は苛立ちの混じった声をあげ、バッドを斜めに振り上げるような動きで再び俺に攻撃を仕掛けようと試みる。しかし、その時既に俺は男の下へと一歩踏み出していた。男の得物を左手で掴んで制すと、そのまま身体をくねらせて回し蹴りを顔面めがけて繰り出す。俺の右足は見事に男の頭部へと命中し、男は後方へと吹き飛んで行く。


 「ぐわぁ!」

 「啓悟っ!」


 黒髪の男が吹き飛んできた男を受け止めるが、勢いを殺すことができずにそのまま二人共々床へドタドタと転げまわることになった。

 一応、殺すことのないように手加減したつもりだが、少しやりすぎただろうか?いや、今はまだ相手の心配をしている場面ではないか。警戒を解かないまま、残り二人の方へと向き直す。


 「し、しーちゃん」


 萌香ちゃんはそう言いながら怯えた様子でこちらを見ており、彼女に寄り添うようにして細身の男が同じくやや怯えの混じった表情でこちらを見ていた。この男が萌香ちゃんの言うところの"しーちゃん"なのだろうか?まあ何にせよ、この二人が俺に危害を加えてくることはなさそうだ。


 「く、うぅ」


 俺に蹴られた金髪の男が苦しそうなうめき声をあげている。

 さて、こいつはどうしてくれようか。


 「ま、待ってください」


 金髪と並んで倒れていた黒髪の男が顔をしかめながらも立ち上がり、俺に静止の声を掛ける。


 「ど、どうか許してはもらえませんか。こいつも、頭に血が昇ってしまっていただけで」


 どうやら必死に金髪のことをかばっているようだ。俺と戦っても勝ち目がないと踏んだのだろう。うーん、どうしたものかな……。



 その瞬間だった。 

 バリーンッ、とガラスが勢いよく割られる音が響き渡る。下の階からだ。


 「何だっ?」


 黒髪の男が驚いた声を上げるのと同時に、いくつもの足音と不気味な声が俺達のいる二階に向かって迫って来た。


 「「「あ゛ぁ゛あ゛ア゛あ゛ア゛ぁ゛」」」


 その場にいる誰もが息を呑んだ。シュクシャ達が家の中に侵入してきたのだと、全員が理解したのである。大きな音を立てすぎたのだろう、それにつられて集まって来てしまったようだ。


 「萌香さんっ、詩音しおんっ、下がって!!」


 黒髪の男が叫ぶ。

 階段の側にいた二人がその言葉を受けて慌ててこちら側へと走り寄り、黒髪の男がまだうまく起き上がることの出来ない金髪の男を強引に引きずるようにして同じくこちら側へと後退する。それとほぼ同時に、階段を駆け上がって来た複数のシュクシャ達が姿を現した。二、三体どころではない。少なくとも十体以上はいるであろうシュクシャの集団が、我先にと競うようにしてこちらに駆けてきている。

 出口がある下の階に繋がる唯一の道である階段はシュクシャ達によって埋め尽くされ、まさに袋小路と言った状況だ。涎をまき散らしながら大量のシュクシャが迫りる迫力満点の光景を前に、俺以外の面々の顔が絶望に染まる。

 そして、俺はそんな彼らを背に庇うようにして前へと躍り出た。


 「これ、借りるぞ」


 足下に落ちていたバットを拾い上げる。先程金髪の男が持っていたものだ。


 「な、何を」


 俺の突然の行動に驚いたのか、黒髪の男が声を漏らす。


 「何をするかって?」


 正直に言って、俺は彼らがどうなろうと知ったことではないし、興味もない。俺に襲いかかってきた男とその仲間のことを助ける義理はないだろう。

 だが……。

 ちらりと萌香ちゃんのことを一瞥する。

 彼女はシュクシャの大群を前にして絶望をその表情浮かべており、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 「戦うんだよぉ!」


 目の前で美少女ロリが喰われるのは、流石に後味が悪すぎる。

 後ろで震える萌香ちゃんと、ついでにその他の三人を守るため、俺はバッドを振りかぶって走り出すのだった。 

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