Q9 一夜を共にしたらどうする?

「言っとくけど、変なことしたら殺すから」


 泊まって欲しいと懇願していたときのしおらしい態度はどこへやら、六郷はそう言って俺に釘を刺す。

 結局、俺は彼女のおねだりに負けて今日はこの部屋で一夜を明かすことになった。


 「言われなくても分かってるよ」


 あの後、泊まることを決めた俺と六郷はたわいもない話を続け、そろそろ夜も更けてきたということで寝ることになったのだ。六郷はソファに横になって毛布をかぶり、俺は当然の様に床に寝かされて薄っぺらいタオルケットを掛けているだけだ。


 「納得いかねぇ……」

 「うるさいわね。この私と同じ空間で寝れるんだから、光栄に思いなさい」

 「へいへい」


 もうこいつの傍若無人ぶりにも慣れたものだ。


 「……それじゃ、おやすみなさい」

 「おう」


 唯一の光源であった置き型ライトの明かりを消して、真っ暗な部屋の中で目を閉じる。ソファと床で別々に寝ているとは言っても、この部屋の狭さのせいで俺の寝ているすぐ隣に六郷のいるソファがあるため、彼女の存在はやけに近くに感じられた。


 「……ん、ぅぅん」


 それから十分もした頃、寝付けない俺とは違って六郷はもう眠りについたようだ。時折、彼女が寝返りをうつたびに聞こえてくる衣擦れの音や吐息がやけに鮮明に聞こえてくる。


 「……」


 眠れない。

 目を閉じてはいるものの、俺の頭は覚醒しきっていた。

 すぐ隣に顔だけは超一流である美少女がいて、もし俺が彼女に襲いかかったとしても邪魔するものが何もない状況なのだ。むしろ、この状況で平然としていられる方が男として異常である。

 はっきり言おう。俺は今、非常にムラムラしているのだ。全身が熱に侵されたかのように身体が熱い。

 そもそも、今夜泊まって欲しいと言ってきたのは六郷の方なのだ。こんな状況で泊まってほしいと頼んできた時点で、俺に襲われたとしても彼女に文句を言う資格など無いということではないだろうか?


 「……六郷?」


 呼び掛けに返事はない。完全に眠っていると考えていいようだ。

 俺はムクリと起き上がり、ソファの上に横たわる六郷のことを見下ろした。

 彼女は静かな寝息をたてながら、規則正しい動きでその胸を上下させている。

 シーツのシワ越しに見受けられるその身体の凹凸のラインに、思わずゴクリと息を飲んだ。

 

 「こんな世界で男を泊めたお前が悪いんだぞ」


 自然とそんな言い訳が口から漏れだす。

 頭の片隅では、自分が最低なことをしている自覚はあった。だがそれでも、身体を包み込む熱が俺を急き立てて止まらない。

 なぁに、寝ている間にちょっと触らせてもらうだけだ。それ以上ひどいことはしないから……。

 俺はその手を、ゆっくりと上下している六郷の膨らみに向かって伸ばす。恐る恐る伸ばした手がそれに触れようとした瞬間だった。


 「…………ぱぱぁ」


 手が触れる寸前、彼女の口からそんな言葉が零れる。蚊の鳴くような、か細い声。

 彼女は、六郷は泣いていた。

 眠りに落ちている六郷は、その目の端から涙をあふれさせて泣いていたのだ。


 「…………何やってんだ、俺」


 先程まで俺を侵していた熱が急激に冷めていくのを感じる。

 夢の中で家族を想い泣いている少女に、どうして手を出すことなどできるだろうか。

 俺は再び床に寝転がると、ガバリと頭までタオルケットを被った。


 「はぁ……」


 色々な感情の籠った深いため息をつき、俺は身体を丸めて目を閉じる。結局、俺はその夜中々寝付くことができないのであった。







 翌日、朝になったのだからさっさと出ていけとのたまう六郷に追い出されるようにして、俺はショッピングモールを後にした。相変わらずの身勝手振りではあったが、あの涙を見てしまったからかこいつはこれくらいの態度の方がちょうどいいのかもしれないという気持ちを覚える。

 結局彼女が何故俺を泊めたのかはよく分からないが、まあ多分普通に心細かったのだろう。

 ともあれ、ショッピングモールを出た俺はとにかく寝不足であった。とりあえず自分の部屋に戻って休もうかと考えていたが、バイクの運転中にふらついてしまったことに危機感を覚えて、道中の休めそうな場所を探すことに決定。バイクをノロノロと走行させながらどこか良さそうな場所はないかと探していると、他と比べて比較的大きく、窓なども割られていない綺麗な二階建ての一軒家が目に留まった。


 「あそこにするか」


 裏手の辺りにバイクを着けた後、正面の玄関に手を掛けてみたが当然のように鍵がかかっており入ることはできなかった。周りを回ってみて窓を確認してみるが、窓にもきちんと鍵がかけられているようである。


 「上はどうだろうな」


 水道管らしきパイプをよじ登って二階部分のベランダへと侵入する。


 「おっ」


 ダメ元でベランダの掃き出し窓に手を掛けると、それはするりと抵抗することなく横にスライドしていった。どうやら、ここには鍵が掛かっていなかった様だ。


 「お邪魔しますよっと」


 何かあってもすぐに対処できるように、一応土足のまま中へと足を踏み入れる。安全確認を兼ねてぐるりと中をまわってみたところ、誰かに荒らされたような形跡もなく家内はかなり綺麗なものだ。

 比較的新築であろうことも相まって、単純に物件として魅力的に見える。拠点をここに移してもいいくらいだ。まあ、今まで集めた物資を移動させるのも面倒だからやらないけどな。

 台所に一つだけインスタントラーメンが置いてあるのを見つけ、これ幸いと拝借して食べさせてもらった後、二階のベッドルームへと向かった。ベッドルームは先程入ってきたベランダに面しており、キングサイズの大きなベッドが置かれている。広いベッドの上で大の字になると、すぐに眠気が襲い掛かってきた。


 「少し休むか……」


 ふかふかな白いベッドの上で、俺は真昼間から眠りにつくのだった。







 「ん、んぅ……」


 目が覚める。

 心地よいベッドの上で少しの間モソモソとしてから、俺はムクリと上体を起こして伸びをした。眠気眼をこすりながら辺りを見渡してみるが、部屋を照らしているのは月明りだけでかなり暗い状況だ。どうやら夜に目が覚めてしまったらしい。まあ、昼間から眠り始めたから当たり前なんだが。

 ベッドから抜け出してもう一度大きく伸びをした時、俺は顔をしかめる。


 「……なんだ?」


 何か音が聞こえるのだ。

 よく耳を澄ましてみると段々と音の輪郭がくっきりと聞こえ始める。それは、複数の人間の話声と足音であった。そのことに気づいた瞬間、全身に緊張がはしる。俺以外の誰かが、この家に侵入してきたのだ。

 脱いでいた靴をいそいそと履きなおし、サバイバルナイフを構える。扉も窓も鍵がかかっていたはずだが、どのようにして入ってきたのだろうか。そんな疑問が浮かび上がるが、今は考えても仕方がないと振り払う。

 音をたてないようにゆっくりとした動きでベッドルームの外へと抜け出す。侵入者たちは、まだ下の階にいるようだ。

 本来であれば、生存者を見つけることができたというのは喜ばしいことでもある。だが同時に、俺にとってこの世界で怖いのはシュクシャではなく生きている人間でもあるのだ。

 彼らはシュクシャとは違ってこちらに襲いかかってくる可能性があるのだということを、六郷との対面を経て身を以て経験しているのである。あの時は久し振りに人を見つけられたことで浮かれていたが、考えてみれば当たり前のことであろう。今この家に来ている生存者達も同じ様に、問答無用で襲い掛かって来る可能性があるのだ。


 「どうしたもんかねぇ」


 この状況にどう対処しようかと頭を悩ませていると、タッタッタと階段を駆け上がって来る音が聞こえてくる。

 改めてナイフをしっかりと構えたところで、二人の人影が前方へと姿を現した。暗闇のせいではっきりと姿を捉えることはできないが、片方はかなり背が低く、もう片方は身長こそ中背だがかなり細身に見える。男と女の二人組だろうか?

 対話が可能そうであればそれに越したことはないと口を開こうとした瞬間、突然眩しい光が俺の顔を照らす。思わず顔をしかめると同時に、向こうが俺のことをライトで照らしているのだと気が付いた。


 「っ、見つけた!」


 対面している生存者のうち、中背の方がそう叫ぶ。するとすぐさま、再び複数の人数がドタドタと階段を駆け上がって来る音が聞こえてきた。

 これはまずい。

 俺は直感的にそう感じ取っていた。ここで手をこまねいていては、何かまずい状況になるに違いない。

 俺は咄嗟に、対面している二人に向かって駆けだす。


 「っ!?」


 二人の内、先程声を上げた方は突然近づいて来た俺に驚いたのか、反射的に俺から距離を取るようにして後ろへと飛び退く。だが、もう一人の背の低い方がその場に佇んでいるままだった。明らかに反応速度が鈍い。

 俺はそいつを強引に左腕で抱き寄せると、バックステップを踏んで再び距離を取る。


 「ふぇっ?」


 腕の中からそんな間抜けな女性らしき声が聞こえてくるのと同時に、階段を上がって来た者達が姿を見せる。暗闇に慣れてきた目を凝らして見てみるに、今昇ってきたのは二人組の男らしい。先程の奴と合わせて、三人の男達が俺と対峙する。

 

 「っ、てめぇ!」


 今登ってきた男達のうちの一人、その手に野球バッドらしき長物を持った男が俺の方へ距離を詰めようと一歩踏み出した。


 「動くな」


 その瞬間、俺はサバイバルナイフを腕の中の女の首へと突き付けた。


 「っ!」


 女が息を飲む音が聞こえる。


 「くそっ」


 俺に近づこうとした男は、悪態をつきながらその場に踏みとどまった。


 「汚ねぇぞ!萌香もかちゃんを放しやがれ!」


 男が続けて叫ぶ。

 もかちゃん?

 一瞬疑問に思うが、すぐにそれが腕の中にいる女のことだと気がつき、俺は初めてその姿をしっかりと見下ろす。そして、俺は驚きから大きく目を見開いた。

 俺のみぞうちくらいまでしかない背丈、所々にハネがある茶色の髪の毛。クリクリとした大きな瞳は、その幼い顔立ちを大いに際立たせている。そして、その幼さとはかけ離れた大人顔負けの大きな双丘が胸から飛び出しており、彼女を拘束している俺の腕によって押し上げられ、その膨らみはより存在感を増していた。

 美少女だ。六郷とはまたタイプが違うが、まごうことなき美少女である。ただ問題なのは、その姿がまだ小学生くらいにしか見えない子供のものであるということだ。

 つまり、俺は今美少女ロリを人質として取り、その首にナイフを突きつけているのである。


 「うぅ」


 目に涙を浮かべる萌香ちゃん。


 「くっ……」


 俺に対峙する三人の男達。

 ……あれ、何か俺、すげぇ悪者みたいになってる?

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