Q8 彼女に食料をとどけたらどうする?
六郷潤羽と出会った日から一日の感覚を空けて、俺は再び例のショッピングモールへと訪れていた。
昨日は六郷に渡すための食料と、彼女の怪我を治療するのに役立ちそうなものを集めることに一日を費やしており、その甲斐あって俺のリュックはパンパンに膨らんだ状態である。
ふらふらと
「この階にはシュクシャがいなさそうだな」
一昨日
例の扉の前にたどり着き、控えめにノックをする。
「俺だ、隆二だ。開けてくれるか?」
その瞬間、扉が勢いよく開かれた。
「遅い!何してたのよっ!?」
思わず身構えた俺に向かって、中から飛び出してきた六郷が詰め寄ってくる。
「ば、ばかっ!でけぇ声出すな!」
咄嗟に六郷の口を手で抑えると、未だに何事かをもごもごと言っている彼女を無理やり中に押し込めて扉を閉めた。
「何すんのよっ、痛いじゃない!」
「あ、わ、悪い。足怪我してたんだよな」
うずくまって足首を抑え込み、涙目で文句を言ってくる六郷に思わず謝罪した俺だが、考えてみればこいつの自業自得ではないだろうか。
「いや、でもいきなり大声出す方がどうかと思うぞ。シュクシャが寄ってきたらどうするんだよ」
「その時はアンタがなんとかしなさいよ」
うーん。
相変わらずの傍若無人さだ。
「それで、昨日はどうして来なかったわけ?」
「別に昨日来る約束なんてしてなかっただろ。むしろ、二日後に来たんだから早い方だと思うんだが?」
「できるだけ早く来るって言ってたじゃない!だったら翌日には来なさいよ!」
「えぇ……」
何とも横暴なことだ。
「あんたねぇ、私がここでどれだけ心細い思いしてるか分かってんの?毎日来なさいよ、毎日!」
心細いから毎日来てほしいとせびるその発言内容自体は可愛らしいもののはずだが、この態度では可愛さなど感じられるはずもない。
「まあそう言うなって。昨日はこれを集めてたんだよ」
俺は背中のリュックを下ろし、中から彼女の為に集めてきた食料と怪我の治療に使えるであろうマジックテープ式のサポーターを取り出す。
「こんだけ食料があればしばらくは腹ももつだろうし、こっちのサポーターで足首を固定すれば怪我の治りも早くなるだろ?」
俺は若干のドヤ顔で六郷にそう言ってみせた。食料は缶詰などの長持ちするものを用意したし、きちんと怪我に配慮してサポーターを見つけてきたのも良かっただろう。
危険な外の世界でわざわざ六郷のためにこれらを集めてきた、ということになっているのだ。これで彼女からの好感度は急上昇間違いなしである!
「……それだけ?」
「え?」
「だから、それだけなの?」
「いやいやいや、こんだけあればしばらく食べ物は困らな」
「そうじゃなくてっ、着替えるための服とかっ、身体を拭くためのシートとかっ、暇を潰すためのマンガとかっ、そういうのはないのって聞いてるの!」
俺は六郷の言葉に面食らった。そのような品々のことなど、全く頭になかったのだ。
「え、えっと、そういうのはないけど」
「……はぁ、気が利かないわねぇ」
六郷は深々とため息をついた。
こいつ……まじか…………。マジかっ!?
思わず心の中で二度突っ込んでしまった。俺が今コイツに対してブチ切れていないのは、俺が能力を使ってズルをしているからだ。もしこれが自分の命を危険にさらして手に入れてきた物資だったならば、彼女に対して激怒していたことだろう。
だが実際は、シュクシャに襲われないのをいいことに大した労力をかけることなくこれらの物資を手に入れてきている。その事実があるからこそ、俺は六郷に対して強気に出ることができないのだ。
しかし、六郷は俺の能力のことを知らないはずなのである。だとすれば、このような態度をとってくる彼女はやはり中々見上げた性格の持ち主であると言わざるを得ない。
「まあいいわ。とりあえずご飯にしてもいいかしら?お腹ペコペコなのよ」
「…………おう」
相変わらず厚かましい態度の六郷に返事をする。
「……そう。じゃあ、いただきます」
彼女はそう言って俺が取ってきた食料に手を伸ばすと、それをもぐもぐと咀嚼し始めた。相変わらず小さな口だ。
しかしコイツ、こんな性格でこの現状をどうやって生き残ってきたのだろうか。もしかして、ずっとここに立てこもっていたのか?
「六郷は、この騒動が起きてから今までどうやって過ごしてきたんだ?」
俺の問いかけを受けると、六郷はもぐもぐと動かしていた口の動きを一度止めてから、少し考えるような仕草を見せる。少しの間が空いた後、頬張っていた物をゴクリと飲み込んでから口を開いた。
「別に、何か特別なことをして今日まで生き残ったわけじゃないわ。あの日私は何人かの友達と一緒にこのショッピングモールに買い物に来ててね、そんな時にこの騒動が始まったの。夢中になって逃げてる最中に友達とは離れ離れになっちゃって、私は何とかこの建物の屋上まで逃げ込んだわ」
こいつちゃんと友達なんていたのか。
話の本筋とは全く関係ないところで驚きを覚えるが、口に出すと怒るだろうからやめておこう。それに、一年近く人間関係を断ち切って引きこもっていた俺が偉そうに言えることでもないしな。
「屋上は安全だったのか?」
「ええ。屋上はエスカレーターでもエレベーターでも行けない場所なの。唯一の通り道である階段の防火扉さえ閉めちゃえば、奴らの侵入を防ぐことができたのよ。もっとも、私はそこまで考えて屋上に行ったわけじゃないけどね。ただ夢中で走ってたらいつの間にか屋上にいたってだけ。私と同じように逃げてきた人たちが他にもたくさんいて、その中の誰かが機転を効かせて防火扉を閉めてくれたから助かったってわけ」
彼女の話を聞いて、俺はふむふむと相槌を打つ。
「なるほど。多分、下の階から追いやられるようにして逃げたから、必然的に屋上にたどり着いたんだろうな。そこにいた他の人達も同じような状況だったんだろう。数は何人くらいいたんだ?」
「多分、20人くらいはいたかな、若めの女の人が多かったわ。夕方のショッピングモールだってことを考慮すれば当然よね。でも、何人か若い男の人もいた。最初のうちはみんなで協力し合いながらいつか助けがくるだろうって過ごしてたんだけど……」
六郷の表情に陰りが見える。
「何か問題が起きたのか?」
「ある時、男性陣が物資と食料の調達のために下の階に行くことになったのよ。それまでの
六郷の話を聞きながら、俺は内心で首をひねった。てっきり、彼らはそれ以降帰ってくることはなかった……みたいな流れだと思っていたから、なんだか拍子抜けである。
「彼らは出発してからすぐに遭遇した一体のシュクシャに苦戦して、結局何とか逃げ帰って来たって話だった。たった一体のシュクシャにこの様だから、
男複数人でシュクシャ一体がやっとか。本来であれば、シュクシャを相手にするというのはそれほどに大変なことなのだろう。
「そんな彼らに対して、女性陣から不満の声が上がったの。食べ物もなしに、この先どうやって生きていけばいいのかってね。まあ、みんなこのおかしな状況と空腹で気が立っていたのよ。たった今命のやりとりをしてきて興奮していた男達は女性陣に激怒して、それで……」
「……それで?」
「……女性を襲い始めたの」
あぁ、なるほど。そういう展開なわけか。
「自分たちは命を懸けているんだから、せめて身体を使って協力しろってね。男達はそんなことを口走りながらみんなに襲いかかったわ。私も一人の男に捕まって、押し倒されて、無理やり服をはぎ取られそうになった。だけどその時、男の人の悲鳴が聞こえたの。襲われている女性のじゃなくてね。声のした方を見てみたら、男が別の男に噛みつかれているところだった。一瞬何が起きてるのか分からなかったんだけど、すぐにさっき下に行っていた男の1人が噛まれてたんだって気づいた。そこからはもう大混乱よ。一気に屋上で混乱が広がっていって、私は男を押しのけて屋上から逃げ出したわ。たくさんのシュクシャ達に追われながら必死でモールの中を走って、運よく開いていたこの部屋に飛び込んだ。私を追っていたシュクシャ達はしつこくて、それから半日くらいずっと扉を叩きつけていたわ。いつかこの扉が壊されるかもしれないと気が気じゃなかったんだけど」
「そこで俺が来たってことか」
六郷は俺の言葉にコクリと頷いた。
「屋上の奴らはどうなったんだろうな」
「分からないわ。もしかしたら私みたいに運良く生きている人もいるかもしれないけど、多分その可能性は低いと思う。でもアンタが最初来たときには、屋上の男の生き残りだと思ったのよ。私のことを襲いに来たんだってね。今こうして見てみれば、アンタみたいなやつ屋上にはいなかったって分かるけど」
「なるほど。それでいきなり俺に襲いかかってきたりしたんだな」
「そうよ」
六郷は悪びれもなく答える。
出会い頭に襲ってきた彼女行動の理由はについては納得したが、それはそれとして謝罪くらいはしてほしいもんだ。まあ、今更こいつには何も求めまい。
「それで、あんたはどうなのよ?」
「俺?」
「そうよ。私が話したんだから、次は隆二の番でしょ。っていうかあんた何者なのよ?どうしてあんなに強いわけ?」
「えっと、俺は……」
その後、俺と六郷はしばらく話をして過ごした。
俺がこの騒動の中でどの様に過ごしてきたかについては、シュクシャに噛まれたことをボカシて適当に話しておいた。この強さについてもそうだ。自分でもびっくりしてるとか、まさかこんな才能があったとは思わなかったとか色々言って乗り気ることに成功した。
世界がこうなってしまう以前の話にもなったが、その際も引きこもりだったことは言わずにただの大学生だったと話した。純粋に体面を気にした結果である。
「……もうこんな時間か」
二人で話し込んでしばらくした頃、俺は腕の時計に目をやってそう呟く。
「か、帰っちゃうの?」
「ああ。暗くなる前に移動したいからな。また近いうちに来るよ」
そう言って腰を上げた俺が扉に向かって歩き出そうとしたとき、左手の裾がギュッと引っ張られる。何事かと見てみると、座ったままの六郷が服の袖を掴み、上目遣いで俺のことを見上げていたのだ。
「ろ、六郷?」
「帰んなくていいじゃない」
「え?」
「だから、泊まっていけばいいじゃない」
六郷は、先程までとは違う弱弱しい声でそう言うのだった。
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