Q7 六郷潤羽と話したらどうする?


 「ふーん、葉木芝隆二っていうんだ」


 金髪美少女改め、六郷潤羽ろくごううるははそう言ってこちらの顔をしげしげと眺めてくる。

 俺達は今、元々彼女が立てこもっていた“STAFF ONLY”と書かれた扉の内側へと場所を移していた。あのまま外で話を続けていては、いつ再びシュクシャに見つかってしまうか分からないからだ。満足に動くことの出来ない六郷に、俺が肩を貸してここまで運び込んだのである。

 扉の内側は清掃員用の掃除用具入れ兼休憩室になっており、背の低いソファーに机、更には小さめの冷蔵庫などが設置されていた。最も、電化製品はもう使い物にならないので意味はないが。ちなみに、奥にトイレも完備されているようだ。

 

 「じゃあ隆二、あんた私のボディガードになりなさい」


 えぇ……。

 対面のソファーで踏ん反りかえっている六郷の言葉に思わず顔をしかめる。

 さっきからなんでこんなに強気なんだコイツ。彼女は出会い頭に殺そうとした俺に返り討ちにされたにもかかわらず、その後俺に命を救われているのだ。更に言えば、六郷は現状怪我のせいで思うように動くことができない状況であり、この先生き延びるためには何としても俺の協力を得たいはずであろう。


 「ちょっと、黙ってないで何とか言いなさいよ」


 うん。やっぱりこの態度はおかしい。何もへつらえとまでは言うつもりもないが、最低でも命を助けてもらったお礼くらはするべきではないだろうか。彼女からは未だに感謝の言葉も、いきなり襲いかかってきたことに対する謝罪の言葉も聞いてないのである。


 「えっと、嫌だけど」


 俺が否定の言葉を返すと、彼女は一瞬キョトンとした顔をした後すぐにムッとした表情になった。


 「どうして嫌なのよっ!?」

 「俺にメリットがないというか……」


 まあ正直に言えば、俺とて六郷との関係をここで終わりにしたいわけではない。性格は少々アレみたいだが、せっかくこんな世界で知り合うことができた美少女なのだ。ハーレムを目標に掲げる俺としては、是非とも彼女と仲良くしておきたいのが本音ではある。とは言え、このまま六郷の理不尽な要求を飲み込んでしまうのもおもしろくないだろう。


 「何よそんのなのっ、この私の側にいられるだけでも光栄に思いなさいっ!」


 ……こいつ、怒った俺に襲われるかもとか考えないのだろうか?

 事実、俺がその気になれば今すぐこの強気な娘を無理やり押し倒して肉欲をぶちまけてしまうことだってできるのである。……そうしちゃおうかな?

 こんな世界になって法律も何もないのだ。命の恩人に対して舐め腐っている態度を取っている彼女に、少々罰を与えたところで誰もとがめはしないだろう。

 心の中で悪魔が俺に囁き始めると、何かを感じ取ったのか六郷は自身の身体をかき抱くようにしてこちらを睨み付けてきた。

 

 「ま、まさかっ、見返りとして私のこの身体を要求するつもりじゃないでしょうね!このクズ!変態!」

 「…………はぁ」


 思わず深いため息をつく。

 何か、ここまでくると逆にかわいそうな奴に見えてきた。沸き上がっていたドス黒い感情は消えていき、代わりにあわれみがこみ上げてくる。

 彼女に無理矢理手を出すのはやめておいてあげよう。考えてみれば、そんな行為は俺が理想とするハーレム像とはかけ離れているしな。


 「とにかく、こっちに何のメリットもないのにそのお願いをはいそうですかと聞くわけにはいかないな」

 「むうぅー」


 六郷は口を尖らせて不満を表情に出す。


 「……そうだっ!足っ、この足よっ!アンタのせいで怪我したんだから、せめてこの怪我が治るまでは私の言うことを聞きなさいっ!」


 彼女はいいことを思いついたとばかりにそう提案してくる。


 「却下だ。そもそも、そっちがいきなり襲いかかって来なければ怪我をさせることもなかったんだから、自業自得だ」

 「そんなの仕方ないじゃない!知り合いでもない男が執拗に迫って来たら、私の身体目当ての変態だって思っちゃうわよっ!」

 「えぇ……」


 彼女のトンデモ理論に俺が絶句していると、部屋の中に突然ぐぅーという低い音が響いた。お腹が鳴った音だ。


 「……腹減ってるのか?」

 「そうよっ!何っ!文句あるわけっ!?」


 お腹を鳴らした張本人である六郷は恥ずかしさからか頬を赤くしてまくし立てる。


 「誰も文句なんて言ってないだろ。ちょっと待ってろ」


 彼女をなだめつつリュックサックを漁り、中から菓子パンと水を取り出す。


 「ほらっ」


 俺がそれらを六郷に差し出すと、彼女は意外にも戸惑ったような顔を見せた。


 「い、いいの?」

 「何だお前、遠慮なんてできたのか」

 「う、うるさいわねっ!もらうわよ!」


 ひったくるように俺の手から菓子パンと水を奪い、六郷はそれをいそいそと口の中に運び始めた。


 「隆二、その」

 「ん?」

 「あ、ありがと」

 「……おう」


 シュクシャから助けてもらったお礼は無いのに、食べ物のお礼はしてくれるようである。何ともよく分からない女だ。

 小さな口ではむはむとパンを頬張っている彼女を横目に、俺は自分の腕につけている腕時計にちらりと目をむける。そろそろ日が傾いてくる時間だ。


 「さて、俺はそろそろ行くかな」


 シュクシャ達に襲われる心配はないとはいえ、街頭もない真っ暗な夜道をバイクで走るのは危険なのである。そんな考えから俺が腰を上げると、六郷は慌てた様子でパンを喉に詰まらせた。


 「ちょ、ちょっと、何勝手に行こうとしてんのよっ」


 焦った表情で口を開く彼女に、俺は言葉を返す。


 「安心しろ。付きっきりでボディーガードってのは無理だけど、またここに食料を届けにきてやるから。ここに閉じ籠ってれば、お前も安全だろ?」


 せっかく見つけた美少女の生存者から目を離すのは気が引けるが、かといってずっとここにいたとしてもどうしようもない。ここで籠城していれば六郷もある程度は安全だろうし、ならば俺は外に出て食料や物資を調達し、定期的にそれらを届けに訪れるという形をとるのがよいだろう。


 「そんなことしなくても、私も一緒に連れてってくれたらいいじゃない!」

 「駄目だ。俺もさすがに怪我してるお前を守りながら移動する自信はない。足が治るまでは、大人しくここにいるんだ」


 俺の話を聞いても、六郷は納得がいかない様子で唇を尖らせている。


 「……どうしても一人じゃ不安か?」


 その問いかけに対し、彼女はふるふると首をふる。


 「そうじゃなくて、早くおうちに帰りたいのよ」

 「家に?」


 家に帰りたい、か。

 考えてみれば、まだ十代の女の子がこんな状況下にさらされれば真っ先にそう思うのが普通なのだろう。しかし、この世界ではもう彼女の家や家族が無事である保証などどこにもない。


 「あんたの言いたいことは分かるわ」


 そんな考えが顔に出てしまっていたのだろう。六郷は俺の心情を察したうえでそう切り出す。


 「でも、お家は大丈夫よ。絶対にね」

 「……その根拠は?」

 「だって、パパがいるんだもの」


 そう告げた彼女の瞳には、一切の迷いがなかった。強がりや希望的観測で言っているわけではない。本当に心の底から、父親がいるから大丈夫だと考えているようである。

 

 「確か、父親は財閥の当主だって言ってたか?」

 「そうよっ、パパはすごいんだからっ!一時は壊滅寸前だった六郷グループの企業を軒並み再建させて、たった一代で六郷財閥の地位を再び確固たるものにしてみせたスーパーマンなんだからっ!パパならきっと、この事態にも的確に対応してるに違いないわっ!」


 スーパーマンかどうかは分からないが、様は一際優れた経営者であるということか。

 しかし俺から言わせてみれば、それはこの事態の中でも無事である根拠にはなっていない。どんなに優秀な人でも、流石にゾンビパンデミックなんてものに対してもそれまでと同じような能力を発揮できるとは限らないだろう。

 だが、わざわざそんな考えを六郷に伝えて不興を買う必要もないか。


 「……そうか。すごい人なんだな。じゃあ、その足が治ったら六郷が何とか家に帰れないか考えてみるよ。きっとお父さんも心配してる」

 「うん、ありがとうっ」


 素直にお礼を述べた六郷の言葉を聞いてから、俺は扉に向かって歩き出した。。

 

 「ねぇ、次はいつ来るのよ?」

 「分からん。まあ、あんまり間を空けないようにするさ」

 「……死んじゃったりしないわよね?」

 「……あぁ。大丈夫だ」


 六郷に背を向けたままの俺は、自身の顔に安堵の表情が浮かんでいることに気づいた。心配してくれているのを見るに、どうやら彼女はシュクシャに襲われないという俺の特別な力チートに気がついてないらしいことが分かったからだ。まあそもそも、もしこの能力に気づいていたなら真っ先に言及があるはずか。

 俺は、もし生き残りを見つけたとしてもできる限りこの能力を秘匿していこうと決めていた。能力がバレれば、余計なトラブルに巻き込まれることが目に見えているからだ。面倒な頼みごとを頼まれるかもしれないし、最悪の場合いらぬ懐疑心を持たれて攻撃されるかもしれない。関係が深まってくれば隠し通すのは難しくなっていくのかもしれないが、出来る限り能力のことは秘密にしていよう。


 「じゃあ、近いうちにまた来るから。大人しくしてるんだぞ?」

 「うん……」


 やはりまだどこか不安そうな顔をしている六郷を残して、俺は部屋を後にするのだった。

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