Q6 美少女に出会ったらどうする?


 「うおぉ!」


 咄嗟に横に飛び退いて、扉から出てきた美少女の攻撃を回避する。正に間一髪といったところだった。

 彼女は攻撃をかわされたことに驚いたのか、その目を大きく開いて俺を見据える。


 「ちょ、何をっ」


 抗議の声を上げようとしたのも束の間、金髪美少女は再び険しい形相で俺に襲いかかってきた。


 「っくそ!」


 ためらいなく俺に向かって突き出されたナイフを躱し、そのナイフが握られていた手を掴む。


 「っ!」


 美少女が再び驚きの表情を浮かべるのも構わず、俺は彼女の腕を引き寄せながらその足を払った。


 「きゃっ!」


 可愛らしい悲鳴と共に少女が仰向けに倒れ込むと、俺はすかさずその上に馬乗りになっった。彼女の手からナイフを取り上げて放り投げ、腕を床に押さえつける。こうしてしまえば、もう少女に成す術は残されていないだろう。

 一連の動作を華麗に決めて見せた俺だが、その内心は冷や汗ダラダラものであった。まさかいきなり刃物で襲い掛かられるとは予想していたわけもなく、命の危機であったのだ。この身体能力がなければやられていたことは間違いない。

 俺は自身の命を脅かした美少女を睨み付ける様にして見下ろしながら口を開く。


 「おい、一体どういうつもり」

 「離しなさいよこの変態っ!!」


 精一杯凄みながら口を開いたつもりの俺の言葉をあっさりと無視して、少女は逆にこちらを睨み付けてくる。


 「どうせ私に乱暴するつもりなんでしょっ!このクズっ!!」

 「なっ!俺はそんなつもりじゃ」


 そこまで言ったところで、今の自分の体勢に気が付く。今の俺は、少女の両手を拘束しながら無理矢理押し倒し、その上に馬乗りになっている状態なのだ。傍から見れば、言い訳のしようもない完全アウトな体勢である。

 そのことに気づいたことで押さえつけている少女の柔らかさを意識してしまい、俺はゴクリと唾を飲み込んできた。


 「や、やっぱりそのつもりなのね」

 「ち、ちがっ!これはっ、そっちが襲い掛かってきたから」


 軽蔑の目でこちらを見上げる少女に対して、俺は咄嗟に弁明をし始める。

 その時だった。


 ダダダダダダダダっ


 地面を蹴る複数の足音がこちらに向かって迫ってきたのだ。ギョっとして音のする方へと顔を向けると、三体のシュクシャ達が走りくる様子が目に飛び込んできた。俺達の声を聞きつけた他の階のシュクシャ達だろう。


 「おいっ、逃げるぞ!」


 俺は少女の上から飛び退き、迫り来るシュクシャ達を見て顔を青ざめている彼女に声を掛ける。シュクシャ達の狙いは、この少女であるのだ。

 少女は俺の声にハッと表情を見せると、慌てた様子で立ち上がろうとした。


 「っ、ぃたっ!」


 だがどうしたことか。少女は立ち上がることができずに足首を押さえてうずくまってしまった。見ると、彼女の足首は真っ赤に腫れ上がってしまっていたのだ。


 「その足、怪我してたのか!?」


 動きに支障をきたすことは間違いないであろう腫れ方である。つい先程まで俺のことを殺そうと元気に動き回っていたはずなのに、一体どうしてしまったというのだろうか。


 「あ、あんたがやったんでしょうが!!」


 え、俺?

 …………あ、足を払いのけた時か!

 信じられないといった顔で睨み付けてくる少女に言われて、俺は彼女の怪我の原因が自分であることを理解した。彼女をこかせる為に足を払った時、自分でも思っていた以上の力を使ってしまっていたのだろう。まあ、仮にも命の危機であったので手加減ができなかったのである。


 「ビヅゲあ゛ア゛あ゛あ゛ァ゛」

 「ひっ」


 距離を詰めてきたシュクシャのおぞましい声を聞いて、少女は短い悲鳴を上げる。


 「い、いやぁ」


 この足では逃げることができないと悟ったのだろう。少女は目尻に涙を浮かべてブルブルと震えだした。

 

 「っ、やるしかないか」


 俺は迫り来るシュクシャ達から彼女を庇う様にして前に躍り出る。


 「あ、あんた」


 少女はそんな俺を驚いたように見上げた。まさか自分が殺そうとした相手に庇ってもらえるとは思わなかったのだろう。だが俺から言わせれば、ようやく見つけた生存者、ましてや美少女をみすみす見殺しにするわけがないのだ。

 とはいえ、本当は戦うという選択肢を取りたくはなかった。何故なら、俺は全力を出して襲い来るシュクシャと戦ったことがなく、うまく対処できるか不安だったからだ。今こちらに向かって襲ってきているシュクシャ達の狙いは後ろの少女であり俺に攻撃してくることはないのだが、それでもこれまでのように突っ立ているだけの奴らに一方的に攻撃するのとはわけが違うだろう。

 

 「こりゃ、中々の迫力だな」


 口を大きく開き、よだれをまき散らしながら全力で向かってくシュクシャ達の姿は、自分は襲われることはないと分かっていてもなお恐怖心を感じさせるほどの代物であった。

 俺はそんな気持ちを振り払うように勢いよくサバイバルナイフを引き抜くと、迫り来るシュクシャ達に向かって走り出した。勢いそのままに空中へと飛び上がり、目の前まで迫っていた一体目のシュクシャの顔面めがけて膝を繰り出す。


 「はあっ!」

 「グギャウゥッ」


 飛び膝蹴りが見事に命中すると、悲鳴らしき声と共にシュクシャが吹き飛ばされていく。そのすぐ後ろから、二体目のシュクシャがあっという間に接近してきた。俺は空中から着地する勢いをそのまま利用して、サバイバルナイフを脳天めがけて振り下ろす。

 ズブリ

 肉を切り裂く独特の感触が掌に伝わり、ナイフがシュクシャが頭部に深くまで突き刺さる。攻撃を受けたシュクシャは声を上げる間もなくそのまま地面に倒れ伏した。

 順調な動きで一連の動作をきめることに成功した俺。だがその中で生まれてしまった一瞬の隙を突き、最後である三体目のシュクシャが俺の脇をすり抜けてしまった。


 「まずいっ」


 シュクシャの向かった先にいるのは、碌に身動きも取ることができない少女だ。

 彼女を助けるために走り出そうとした俺は、しかし何かに突っ掛かってしまったように一瞬動きが止まる。右手に持っているサバイバルナイフが想像以上にシュクシャの頭の奥深くまで刺さり込んでしまっていたらしく、咄嗟に引き抜くことができなかったのだ。


 「ちぃっ!」


 俺はナイフのことを諦め、その手を離して走り出す。だがその一瞬の隙は大きく、シュクシャの背中は遠くへと離れてしまっていた。このままでは、どうあがいても俺が追い付く前に少女がシュクシャの餌食になってしまうだろう。

 まずい。

 そんな焦りを覚えた俺の視線が、ふと床の上に転がるある物に吸い寄せられる。


 「っ!」


 それは、先程まで少女が持っていたナイフだった。俺が彼女の手から奪って放り投げたものが、ここまで転がっていたのだろう。


 「いやぁぁあっ!こないでぇえぇえ!!」


 シュクシャは既に、尻餅をつきながら必死に後ずさる少女のすぐ目の前まで迫っていた。

 もう時間がない。

 俺はナイフを拾い上げると、勢いそのままにそれを思い切り放り投げた。


 「とどけっ!!」


 そんな声と共に俺の手から放たれたナイフは、一切ブレることなく真っすぐな軌道を描いて飛んでゆく。

 グサリ

 

 「グギャウゥ」

 

 そしてそのままナイフは見事シュクシャの後頭部へと命中した。シュクシャは短い悲鳴を上げると、突き刺さったナイフの勢いにやられるかのように前へと倒れ込む。

 

 「……な、なんとかなったか」


 シュクシャが動かなくなったことを確認すると、俺はホッと息を吐く。後少しでも遅ければ、目の前で美少女が食い散らかされてしまうところだった。間一髪である。


 「あ゛ぁ゛があ゛ぐア゛あ゛」


 俺が汗を拭っていると、背後からそんなうめき声が聞こえてくる。振り返って確認してみると、最初に飛び膝蹴りを食らわせたシュクシャがよろよろと立ち上がっているところであった。


 「あぁ、まだ仕留めてなかったか」


 俺はゆっくりとシュクシャの下まで歩み寄ると、思い切り足を振り上げる。


 「お、りゃあっ」


 そして、全力の回し蹴りをシュクシャの頭部へとお見舞いした。凄まじい衝撃と共に吹き飛んで行ったシュクシャは頭から壁に激突すると、そのまま床に倒れ伏して今度こそ二度と動くことはなかった。


 「……ふぅ、これで全部片付いたか」


 先程咄嗟に抜くことができなかったサバイバルナイフを、しっかりと力を込めてシュクシャの頭から引き抜き、俺は一息をつく。


 「おい、大丈夫か?」

 「…………」


 俺は少女に問いかけるが、彼女からの返答がない。少女は何故かポカンとした間抜けな表情でこちらのことを見つめている。


 「お、おい、どうした?何かあっ」

 「すごいっ!」


 え?


 「すごいっ!すごいじゃないあんたっ!!」


 少女は先程までの睨み付けるような視線とは打って変わって、キラキラと目を輝かせて俺を見ている。


 「あんた一体何者?名を名乗りなさいっ!」


 たった今泣いて震えていたとは思えないテンションで問いつめてくる少女。散々俺のことをクズだの変態だの罵っていたくせに、手のひら返しもいいところだ。しかも命を助けてもらった礼も言わずに名を名乗れとは、中々に見上げた心がけである。美少女じゃなければ普通にキレていたことだろう。


 「……まずは自分から名乗ったらどうなんだ?」


 ささやかな抵抗とばかりに俺がそう言うと、少女は顎に手を当てて考えるようなしぐさを見せた。


 「まあ、それもそうね。……いいわっ!よく聞きなさい!」


 自信たっぷりと言った様子で、少女は胸に手を当てる。


 「私の名前は六郷潤羽ろくごううるは。あの六郷財閥の長である六郷定治ろくごうさだはるの一人娘よ!」


 少女、もとい六郷はピシリと人差し指をこちらに向けて、言葉を続けた。


 「私に何かしたら、パパが黙ってないんだからねっ!」


 それが、俺と六郷潤羽との出会いだった。

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