Q5 ショッピングモールに行ったらどうする?


 ハーレムを作ると決意したあの日から、早くも一週間が経過していた。この一週間の間に俺が行ってきた活動は大きく分けて三つ。

 自身の特別な力チートについての検証。

 食べ物や物資の調達。

 そして最後に、生存者の捜索だ。

 まず一つ目の特別な力チートの検証に関しては、これを通して今の俺がこの世界でいかに有用な力を手に入れたのかを改めて思い知ることになった。

 というのも、検証のためにシュクシャの身体に触ってみたり、後ろから引っ張ってみたり、明らかに敵意のある攻撃をしてみたりもしたのだが、こちらからどんな行動を仕掛けたとしても、シュクシャが俺に敵対行動をとってくることは無かったのである。

 それならば意思疎通を図れないかと話しかけてみたり、大袈裟なジェスチャーをしてみたりもしたが、結果は俺の独り相撲に終わってしまった。大きな音を立てれば近寄って来たりはするものの、やはりシュクシャ達は基本的に俺には興味がないらしい。

 そんなわけで、シュクシャへの恐怖心などどこかへと忘れ去ってしまった俺は、次にもう一つの自身への疑問を晴らすことにした。俺の身体能力がとても高くなっているのではないか、という疑問である。

 走ってみたり、ジャンプしてみたり、無抵抗のシュクシャを殴り飛ばしてみたり、思いつく限り様々な方法で検証を行ってみた結果わかったことは、今の俺は人並外れた身体能力を有しているということだった。

 いや、何ていうか、マジで半端じゃない。

 これまでに経験したことのない速さで走れるし、風を切るような鋭いパンチを連続で繰り出すこともできる。今の俺なら、少し練習すればどんなスポーツでさえも高い水準でこなすことができてしまうだろう。

 うまく説明するのは難しいが、“思い通りに身体が動く”感覚なのだ。本来、人間とは自分の頭で描いた動きと実際の動きには齟齬が発生するものであるらしいが、俺にはそれがないのである。

 例えば、こんな話を聞いたことがある。両手を地面と平行になるように上げてみろと言われた時、実際に両手を地面と平行にすることができるのは、極一部の人だけらしい。そんな単純なことでさえも、人は思い通りに身体を操ることができない生き物なのだ。

 そんな、本来多くの人が会わせ持つはずの頭と身体の齟齬を、今の俺は完全に取り払っているのである。

 シュクシャに襲われないことに加えて、超人的な身体能力。そんな力を有していることを改めて確信した俺がその後行った食料や物資の調達など、最早ただの散歩の延長の様なものであった。

 食料は缶詰やインスタントなどの長期保存が可能なものを中心に集め、物資もホームセンターなどから一通りのサバイバルセットを用意していく。ホームセンターでは、ついでにサバイバルナイフも拝借させてもらった。シュクシャに襲われることはないとはいえ、この世界では武器の一つくらい持っていた方が恰好がつくだろうと思ったからだ。

 そんなこんなで、俺は自身の力についての検証と、食料及び物資の調達の二点において非常に満足な成果を得ることができていた。だが、そんな一見順調に見える俺も一つの大きな問題を抱えている。

それが……


 「ひ、人がいねぇ」


 そう。

 あれから一週間。俺はただの一人も生存者を見つけ出すことができていなかったのである。







 「よしっ、到着っと」


 跨っていたバイクから降りて地に足を着くと、大きく身体を伸ばす。

 俺は今、少し離れた隣町のショッピングモールまで足を運んでいた。ここまで来ることができたのは、つい先程まで身体を預けていた新しい相棒のおかけだろう。

 この相棒、もといバイクは三日前に鍵付きで路上に転がっていたのを拝借させてもらったものなのだ。見た目がかなり好みだったため、衝動的に持ち帰ってしまったのである。高校生の時に興味半分で免許を取って以降結局碌に運転する機会もなかったが、この身体のおかげもあってか乗りこなすのに苦労はしなかった。


 「何か役に立ちそうなものはあるかねえ」


 今日わざわざここまで足を運んだのは、家の付近はあらかた散策し終えてしまったからというのもあるが、純粋に何か役に立ちそうな物がないかという期待もある。

 というのも、昨日ついに部屋のガス、水道、電気が機能しなくなってしまったのた。インフラがダメになってしまったのである。町中の街灯も軒並み消灯したままであったので間違いない。騒動が始まってから約二週間でインフラの崩壊。このスピードは速いと捉えるべきなのか、意外と持ちこたえたと考えるべきなのか、その辺りのことはよく分からない。

 ただ、人口の明かりが失われた夜の想像以上の暗さには驚いたものだ。当然、その時に備えて準備はしていたのだが、この先ずっとこれが続くのかと思うと少し頭が痛くなるようだった。照明や水周りなどで不便しないためには、もっと本腰をいれて準備をする必要があるだろう。

 そんなわけで、俺はこうして色々と役に立つものを手に入れることができそうなショッピングモールへとやってきたのである。

 

 「にしても、本当どこにでもいるなあお前らは」


 ショッピングモールの入り口付近にたむろしているシュクシャ達を一瞥いちべつして呟く。いつも通り奴らを無視して内部へと足を踏み入れてみると、その中に広がっている景色もやはり予想通りのものだった。並んでいる店はどこも荒らされ、あちこちにシュクシャが闊歩している。


 「……はぁ」


 思わずため息をついた。

 この一週間どこに行っても大体こいつ等が目に入って来るので、いい加減にうんざりしてきたのだ。生存者は一向に見つからないというのに、こうして死者は嫌というほど溢れかえっているというのも酷な話である。


 「……生きている人間は俺だけ、なんてことないよな」


 それは、この数日で頭をよぎるようになってしまった不安だ。この世界で自分がたった一人の最後の生存者なのではないか。そんな恐怖が、ふつふつと沸き上がってくるのである。

 最初のうちは、できるだけハーレム要因になってくれそうな美少女を見つけたいなあなんて考えていたものだが、今となっては誰でもいいから生きている人間に会いたくて仕方がない。うめき声やわけの分からない言葉ではなく、きちんとした会話をすることができる人間と話がしたくて仕方ないのだ。


 「…………ははっ、誰にも会いたくなくて引きこもってた癖になぁ」


 少しおかしくなって、自嘲気味に呟く。

 頭を振って気持ちを切り替えると、俺はショッピングモールの内部を歩き出した。一階部分は洋服やブランド品が中心と並んでいる様で、今の俺には必要のないものばかりだろう。

 それらを素通りして進んで行き、止まってしまっているエスカレーターへと向かう。


 「一番上の階から順番に見てくのがいいか」


 最上階から降りてくるようにして探索していくのが一番効率が良いだろう。館内地図を見る限り、最上階は五階のようだ。俺は動かなくなってしまったエスカレーターを自分の足で昇り始める。

 二階、三階と順調に上がっていき、四階にたどり着いた時、俺はどこか違和感を覚えた。


 「何だ……?」


 違和感の正体にはすぐに気が付いた。

 この階にいるシュクシャ達が一か所に集まっていたのだ。十体ほどはいるであろうか、まるで何かを取り囲むようして皆同じ方向を向いている。

 何事かと思い近づいてみると、奴らが一つの扉を取り囲んでいるのが分かった。STAFF ONLYと書かれているのを見るに、バックヤードか何かに通じている扉だろうか。そんな扉を複数のシュクシャ達が寄ってたかって取り囲み、おまけに壊そうとしているのかドンドンと扉を叩き続けている。シュクシャ達があんな風に攻撃的になる理由など、俺は一つしか知らない。

 

 「まさかっ!」


 瞬間、俺は走り出した。

 腰からサバイバルナイフを抜き出し、無防備なシュクシャの後頭部に向かって振り下ろす。頭からナイフを抜いてシュクシャが倒れたのを確認すると、すぐさま次のシュクシャに得物を振り下ろす。

 数こそ少々多いものの、抵抗することのない奴らを後ろから倒していくなど造作もないことだ。あっという間に全てのシュクシャを倒し終えると、扉に向かって声を掛けた。


 「誰か中にいるのかっ?」


 俺の声が辺りに反響する。


 「…………おいっ!誰もいないのか!おいっ!」


 願うように叫んだ時だった。


 「いるわよっ!と、とにかく大きな声出さないで!」


 扉の中から、そんな声が聞こえてきたのだ。明らかに女性の声であった。


 「そ、そうか。良かった。ずっと生きてる人間を探してたんです。えっと、とりあえず扉を開けてくれませんか?」

 「…………」


 声が女性のものだったことに少し驚きつつも、俺はとにかく接触を試みようと呼びかける。少しの静寂の後、扉の中から声が返って来た。


 「扉の前にいた奴らはどうしたの?」

 「えっと、倒しましたよ」

 「…………」


 再びの静寂。

 恐らく、シュクシャを倒したと言う俺の返答を疑っているのだろう。正直に答えない方が賢明であっただろうか。


 「と、とにかく一度ゆっくり話をしませんか?俺はもう、生きてる人間がいないんじゃないかとっ」


 生存者と会えた喜びで俺は舞い上がっていたのだろう。声のボリュームはどんどんと大きくなっていき、扉に縋りつくような体勢になる。


 「わ、分かったわよ!今扉を開けるから、とにかく静かにしててっ!」


 その返答をもらい、俺の顔はぱあっと明るくなった。

 ようやく生きている人間と対面できるのだ。

 ガチャリという開錠の音と共に、扉が開かれる。開かれた扉の先にいたその人物を見て、俺は大きく目を見開いた。

 二つに結ばれた長い金髪、こちらをキッと見据える紺碧の瞳。高い鼻に、潤やかな赤い唇。

 美少女だ。

 これまでに見たことがないようなレベルの、一級品の美少女がそこにはいたのである。

 日本人以外の血が混じっていることを感じさせるその顔立ちには、まだどこか幼さが残っている。その幼さの理由を、彼女の身を包んでいる学校の制服が教えてくれた。きっとまだ高校生といったところであろう。短い制服のスカートからは、純白の肌をした足がすらりと伸びている。その足と同じくすらりと伸びている腕の先にはナイフが握られており、彼女はそれを大きく振りかぶっていた。


 「……え?」


 俺の目の前に立つ金髪の美少女は、その手に持っているナイフをこちらに向かって思い切り振り下ろしたのだった。

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